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壊れた盾と、執念の再会
心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。
ロシュフォール様から告げられた「兄様が焦がれていた姿そのまま」という言葉。それが引き金となり、私の脳裏にあの入学式の光景が鮮明に蘇る。
壇上の王太子が、私の方を向いて僅かに表情を揺らした、あの瞬間。
ずっと、ヒロインへの視線だと思い込もうとしてきた。私がモブとして生き残るために、必死に作り上げてきた「気のせい」という名の盾。それが今、ロシュフォール様という一点の曇りもない証言者の前で、粉々に砕け散る音を聞いた。
あの視線は、やはり、間違いなく私に向けられていたのだ。
あの日、殿下は「探し物を見つけた」ような目をしていた。その探し物が、まさか「私」だったなんて。
「兄様、この学園で貴女を見つけてからというもの、本当に上機嫌でしたの。……ねえ、一体どこでお会いになったの? 兄様ったら、肝心なところは『内緒だ』なんてはぐらかして教えてくれませんのよ」
ロシュフォール様は、純粋に「運命の出会い」の続きを知りたがっている無邪気な瞳で私に詰め寄ってくる。
どこでって、私が聞きたい……!
必死に記憶を掘り返すが、思い当たる節など一ミリもない。
私は前世の記憶を思い出して以来、とにかく「生き延びること」に必死だった。放っておけばすぐに死んでしまいそうなこの脆弱な体を、どうにか人並みの体力まで引き上げるために。
領地の隅で、泥にまみれて薬草を育て、効能を研究し、前世の知恵を総動員して滋養のある料理を自炊する日々。華やかな社交界とも、王都の噂話とも無縁な場所で、文字通り必死に「延命」に励んでいたはずなのに。
いつ。どこで。私はあの「獲物を見定めるような王太子」の視界に入ってしまったというのか。
我がアルトレイン伯爵領は、港を持ち、交易の要所として古くから潤っている。最近では私の知識を詰め込んだ新薬や、工夫を凝らした料理、さらには農業改革まで功を奏し、領地はかつてないほどの発展を遂げていた。
視察に来る貴族や商人は後を絶たない。けれど、私は常に「病弱な引きこもり令嬢」として裏方に徹し、表に出るのは父や兄に任せていたはずなのだ。
まさか、あの多忙な王太子が、身分を隠して地方の一領地の、それも畑仕事や煮炊きに没頭しているような女を見つけていたとでも……!?
事態は、私が思っていたよりもずっと前から詰んでいたのかもしれない。
「あの、ロシュフォール様……私は、殿下とはこの学園で初めてお会いしたはずで……」
「まあ、アルトレイン様ったら。まだそんな風に仰るなんて、本当に秘密主義ですのね」
ダメだ。何を言っても「愛の隠し事」に変換される。
ロシュフォール様は、私の必死の否定を「照れ」と受け取ったのか、より一層うっとりとした表情を浮かべた。
「でも、安心してくださいな。これからは私がついておりますわ。兄様に無理をさせないよう、私が見張っておきますから」
「あ、ありがとうございます……?」
「そうだわ。ご本人を呼んでお聞きするのが一番ですわね。今朝あんなに強引に連れ去ったのですもの、兄様も貴女の側を離れたくないはずですわ」
「待っ、ロシュフォール様! 呼ばないで、今は、今だけはダメです……っ!」
私が必死にその袖を掴もうとした、その時。
ガラン、と。
特別保健室の重厚な扉が、ノックもなしに勢いよく開け放たれた。
「……カトリーヌ。許可なく彼女を連れ出すとは、感心しないな」
冷ややかな、けれど底知れぬ熱を孕んだ低い声。
そこには、呼吸を僅かに乱し、冷徹な仮面が僅かに剥がれ落ちたような顔をした――レオナルト殿下が立っていた。
最悪だ。
一番来てほしくないタイミングで、一番聞かれたくない誤解の震源地が現れてしまった。
ロシュフォール様から告げられた「兄様が焦がれていた姿そのまま」という言葉。それが引き金となり、私の脳裏にあの入学式の光景が鮮明に蘇る。
壇上の王太子が、私の方を向いて僅かに表情を揺らした、あの瞬間。
ずっと、ヒロインへの視線だと思い込もうとしてきた。私がモブとして生き残るために、必死に作り上げてきた「気のせい」という名の盾。それが今、ロシュフォール様という一点の曇りもない証言者の前で、粉々に砕け散る音を聞いた。
あの視線は、やはり、間違いなく私に向けられていたのだ。
あの日、殿下は「探し物を見つけた」ような目をしていた。その探し物が、まさか「私」だったなんて。
「兄様、この学園で貴女を見つけてからというもの、本当に上機嫌でしたの。……ねえ、一体どこでお会いになったの? 兄様ったら、肝心なところは『内緒だ』なんてはぐらかして教えてくれませんのよ」
ロシュフォール様は、純粋に「運命の出会い」の続きを知りたがっている無邪気な瞳で私に詰め寄ってくる。
どこでって、私が聞きたい……!
必死に記憶を掘り返すが、思い当たる節など一ミリもない。
私は前世の記憶を思い出して以来、とにかく「生き延びること」に必死だった。放っておけばすぐに死んでしまいそうなこの脆弱な体を、どうにか人並みの体力まで引き上げるために。
領地の隅で、泥にまみれて薬草を育て、効能を研究し、前世の知恵を総動員して滋養のある料理を自炊する日々。華やかな社交界とも、王都の噂話とも無縁な場所で、文字通り必死に「延命」に励んでいたはずなのに。
いつ。どこで。私はあの「獲物を見定めるような王太子」の視界に入ってしまったというのか。
我がアルトレイン伯爵領は、港を持ち、交易の要所として古くから潤っている。最近では私の知識を詰め込んだ新薬や、工夫を凝らした料理、さらには農業改革まで功を奏し、領地はかつてないほどの発展を遂げていた。
視察に来る貴族や商人は後を絶たない。けれど、私は常に「病弱な引きこもり令嬢」として裏方に徹し、表に出るのは父や兄に任せていたはずなのだ。
まさか、あの多忙な王太子が、身分を隠して地方の一領地の、それも畑仕事や煮炊きに没頭しているような女を見つけていたとでも……!?
事態は、私が思っていたよりもずっと前から詰んでいたのかもしれない。
「あの、ロシュフォール様……私は、殿下とはこの学園で初めてお会いしたはずで……」
「まあ、アルトレイン様ったら。まだそんな風に仰るなんて、本当に秘密主義ですのね」
ダメだ。何を言っても「愛の隠し事」に変換される。
ロシュフォール様は、私の必死の否定を「照れ」と受け取ったのか、より一層うっとりとした表情を浮かべた。
「でも、安心してくださいな。これからは私がついておりますわ。兄様に無理をさせないよう、私が見張っておきますから」
「あ、ありがとうございます……?」
「そうだわ。ご本人を呼んでお聞きするのが一番ですわね。今朝あんなに強引に連れ去ったのですもの、兄様も貴女の側を離れたくないはずですわ」
「待っ、ロシュフォール様! 呼ばないで、今は、今だけはダメです……っ!」
私が必死にその袖を掴もうとした、その時。
ガラン、と。
特別保健室の重厚な扉が、ノックもなしに勢いよく開け放たれた。
「……カトリーヌ。許可なく彼女を連れ出すとは、感心しないな」
冷ややかな、けれど底知れぬ熱を孕んだ低い声。
そこには、呼吸を僅かに乱し、冷徹な仮面が僅かに剥がれ落ちたような顔をした――レオナルト殿下が立っていた。
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