不運な花嫁は強運な砂漠の王に愛される

二、螢華国

二百二十三、歌を忘れた金糸雀（５）

（そして、ごめんなさい。サディク。貴方に操立てしておきながら――私は、衒宗に……）

　現実は実に残酷だ。

　サディクのことなど忘れてしまえば良いというのに、目の前の男はサディクに瓜二つ。どうしたって、忘れられるはずもない。

　造形的にサディクと衒宗は、間違いなく血縁であると断定出来るほどに似ている。酷似こくじしていると言っても良い。

　だが、イスハークは閨ねやで対峙した衒宗を観察して、認識を改めた。
（よく見ると、全然似ていませんね……）

　纏う雰囲気が、表情がまったく違うのだ。

　サディクは、一見して不愛想で冷酷なようでも、実際は人懐こい大型犬のようなところがある。

　だが、衒宗は笑みを浮かべていてもどこか酷薄で、人を嘲るような、利己的な性格が伺い知れた。

　今なら、衒宗とサディクを見間違う、などということは、決してないだろう。

「どうした。遠慮していないでこちらに来ると良い。わざわざ夜伽をしに来たのだろう？」
　嘲笑するような衒宗の台詞に、イスハークの顔に朱が走る。

　無理やりに手を引かれ、衒宗の寝台に引っ張り込まれた。
「やめ……っ！　お待ちくださ……っ！」

　いずれ身体を開かねばならないこともあるかもしれないが、それは最後の手段だ。切り札を序盤に使うつもりはない。

　最も効果的な場面で、最も国益となるような場所でなくてはならない。
　それだけが、唯一イスハークに残った最後の矜持きょうじだった。