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六、三日月
しおりを挟む男の携えた剣は、さながら夜空に浮かぶ三日月のようだった。
雲間に隠された月は、今は男の手で剣となり、光り輝いている。
「命が惜しい奴は引け! 怪我をしたくない者もだ!!」
端正な顔立ちの男は、よく通る声で獅子のように吠えた。
「や、やべえだろ……」
ごろつきの男たちは、怯え後退る。
しかし、頭領と思しき数人の男たちは怒り心頭だ。
唾を飛ばし怒鳴りつける。
「怯むな!! あいつはたったの一人、こっちは大人数だ!!」
「このまま引き下がれるか!!」
確かに、助けに入ろうとしている青年は一人。
僕の周囲を取り囲むむさ苦しい男たちは、十人以上もいる。
「嬲り殺してやる!!」
中でも、ひときわ体格の良い、身長が二メートルもあろうかと思われる大男が、片刃刀に舌なめずりをしたときに僕は顔面蒼白になった。
双方とも、死人は出すべきじゃない。
幸い僕はまだ服を破られたぐらいのものだ。
これまでの経緯を考えると、嘘みたいに運がいい。
それに、なぜか確信があった。
初めは他人だからと心配したが、近くで見るとよくわかる。
――あの人は、強い。
遠くから矢を男の腕に命中させる腕前。
シャムシェールを構えたその体躯は、昨日今日武器を扱いはじめた人間のそれではなかった。
構えに一切の隙がない。
まるで、幼少の頃から、武芸を教え込まれた人間のような――
対して、僕を捕らえた男たちは、大きな武器を持っているが、皆どこかに死角がある。師に習ったことなどないのだろう。どこか我流の持ち方にも見えた。
「お願いします! この人たちを殺さないでください!」
獰猛な獅子の目をした青年にこいねがうと、男はぎらぎらとした殺気を孕んだ瞳を瞬かせた。
「ほう。助けてやろうというのに。この俺に指図するか。面白い」
男が僕に向かって叫ぶ。
「ついでに訊くが、和姦か?」
合意の上の性行為かと問われ、ぶんぶんと首を横に振った。
「ままっままさか!! 襲われているんです!!」
「ならいい。すぐそちらに行く。着物を直しておけ。まったく、変わったプレイをしているところを邪魔したのかと肝が冷えた」
「くそっ、かかれ!!」
「死ねやああああ!!」
塊のようになって、ごろつきたちが一斉に青年へと打ち掛かって行く。
二人同時、ときには三人同時の男たちを、ラクダに乗った青年はいともたやすくいなした。
「ヌルいな!! ちょっとした腹ごなしにもならんぞ!!」
刃を返して峰打ちし、その打撃だけでごろつきたちは次々と砂漠に倒れ込む。
「肩! 今度は脇ががら空きだ! ほらもっと討って来い!」
青年はまるで、大人が子どもをあやすように、的確に弱点に打撃を加えていく。
剣に吸い込まれていくかのようだ。
男が刀を操っているのではなく、ごろつきたちが自ら突進して行くかのような、錯覚すら起きる。
その様子は、さながら剣舞のようですらあった。
「すご……い」
微動だにせず見入ってしまう。
それぐらい男の所作は――美しかったのだ。
青年の手に光る銀のシャムシェールは、夜空に浮かぶ三日月。
三日月を手にして戦える者など、神以外に存在しない。
神話の武神が、目の前に存在する。
矮小な者を蹴散らす圧倒的な力は、ギリシア神話のアポロンのようだ。
ものの数分もしないうちに、あたりは死屍累々のありさまとなった。
しかし、息絶えている者はいない。
起き上がれないようだが、命に別状はないだろう。
「身なりを整えておけと言わなかったか?」
はっと気づくと、男たちに襲われたときのまま、胸元が完全に露出してしまっていた。
「す、すすすみません!」
慌てて着物を搔き合わせる。しかし引きちぎられた布は、元の形に戻ることはなかった。
「俺に襲って欲しいのかと思ったぞ」
「違います!」
声を上げると、男は目を細めた。
「男娼ではないことはわかった。まだそちらの方がわかりやすかったのだがな。東洋人か」
男はシャムシェールの刃を、僕に向かって突きつけた。
「――お前、何者だ?」
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