不運な花嫁は強運な砂漠の王に愛される

shio

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二十七、妃の資質

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「どういうことだイスハーク! 祭事の神官を務める代わりに、当日の昼だけは好きにしていいという話だったはずだが」
 アルは呆然と声を上げる。

「申し訳ございません。私からも再三、御父君おちちぎみに打診致しましたが、本日の午前を代わりに休みにしてある、と告げられてしまい――」
「なっ……あのクソ親父! それとこれとは別のはずだ! 抗議して来る」

 立ち上がったアルを、イスハークが止めた。

「アル様、残念ですが、それは難しいでしょう。どうやら明日の午前中、各国の賓客ひんきゃくを招いての挨拶回りが予定されていたようです。私も存じておりませんでした。顔ぶれを見るに、我が国と国交も深い様子。恐れながら欠席は……致しかねます」

 アルは大きく息を吐いてどっかりとソファに座り直した。
 イライラを押さえるように、長い髪を荒々しく掻き上げる。

「クソッ! あのたぬき親父め……」

 そばで見ていてハラハラしてしまう。
 アルが今これほど怒っているのは、僕との自由時間を邪魔されたから、で良いんだろうか。

「アル様、僕のことを気にしてくれているなら、大丈夫だよ。一緒に過ごせないのは残念だけれど……。どうか仕事を優先して欲しい」
「柚……。だが」

 出立のことはいつ告げようか迷っていた。
 けれど、今のアルの忙しさは想像を絶する。
 僕ごときの、些末さまつな出来事でわずらわせたくない。

 イスハークも同様だ。
 連日の忙しさで寝不足なのだろう。薄っすらと目の下にクマが浮かんでいる。

「二人とも、僕なら本当に大丈夫だから! 時間のあるときにランタン師匠のところで、店番をすることになっているんだ。ほら、もうすぐお昼が来ちゃう。せめてもう少しゆっくり休んで来て。くれぐれも体調だけは大事にしてね。イスハークも少し仮眠を取った方がいいよ。――ね?」

 イスハークを僕のベッドに無理やり寝かせる。
「柚様! そんなお心遣いは無用です。私なら、従者ですのでお気になさらず……」
「何言ってるの。そんな青い顔して。明日のお祭りの前に二人とも倒れちゃうよ。それはまずいんでしょ」

 アルとイスハークに、ショウガの入ったジンジャーティーを用意する。
 ぽかぽかと身体が温まるお茶だ。

「じゃ、僕はこれから露店の店番に行って来るから! ゆっくり休んでから仕事に行ってね。二人とも! 夕方には戻るから!」

 僕がしょぼくれた顔を見せていては、二人の仕事にさわる。
 なら、僕だけでも、楽しそうにしているところを覚えていて欲しい。

(本当は、僕もアルと一緒に露店を見てはしゃぎたかったけれど)

 珍しい果物くだものをアルと一緒に食べるのも、見慣れない動物たちも、当日にアルと一緒に楽しみたくて、あまり見ないようにしていた。

 しかし、何と言ってもアルは祭典の主役なのだ。

(仕方ないよね……)
 真実、仕方がなかった。
 国を上げてのお祭りだ。僕に発言権などない。

 けれど、空元気からげんきはすぐにエネルギー切れしてしまったみたいだ。
 とぼとぼとランタン師匠のもとに向かった。

  * * *

 ぽつんと、柚にあてがっている私室に、アスアドとイスハークは二人取り残された。

「アル様」
「何だ。苦情なら聞かんぞ。むしろ俺が苦情を言いたいぐらいなのだからな」

 イスハークは仰向けになり、じっと天井を見据みすえている。
「いえ、違います。柚様のこと――一体如何いかがおぼしなのですか」
「どうって。好きだが」

「申し上げたいのはそうではありません。仮に柚様を花嫁になさるとして、今後どのように扱われるおつもりかということです。側室として蝶よ花よと愛でるだけなのか、ただ後宮ハレムの一員になさるおつもりか。それとも――妃として、共に外交に並び立つか。アル様は、柚様をどのように愛されるおつもりですか」

「そ――れは」
 アスアドは言いよどむ。

「良い機会なので、私の所感しょかんを申し上げます。柚様には、妃の資質があります。アル様と過ごされるという、ご自身の希望が叶わなかったとき――私どもを責めることが出来たはずです。最初からアル様がした約束ですから。しかし、柚様はそれをしなかった。

それどころか、私たちが疲れ果てているのを見て、元気づける為にお茶をれ、休む時間を用意してくださった。貴方だけではない、従者の私にもです。柚様は、きっと悲しく思われているはずです。柚様はその気になれば、何処どこにも行かず、何も見ずこの部屋に閉じこもっていたって構わないのです」

アスアドは、柚のれた茶を飲みながら、イスハークの言葉に耳を傾けた。

「しかし、柚様はそうなさらなかった。見聞を広めるため、ご自身でこの国のことを勉強され、今は露店の店主と交流を持たれているご様子。どこで何をするべきか、アル様に頼らず、ご自分で判断されています」

「イスハーク。それで、お前はどう思うんだ」

「柚様を手に入れるおつもりなら、早く決断されるべきです。あの方は妃の資質を持つ、ダイヤモンドの原石のようなもの。貴方が手を伸ばさないのなら、目利きの力を持った誰かが易々やすやすと横から柚様を手に入れてしまうでしょう。

もしくは、柚様はこのどっちつかずの状況を受け入れられず、早晩私たちの元から姿を消す可能性すらあります。くれぐれも、ご決断は迅速じんそくになさいますよう」

 アスアドは腕を組んでソファにもたれかかる。
「――お前の言いたいことはわかった。考えておく」
「いつも決断の早い貴方様が、どうして今回ばかり、そうなるのです」

 イスハークはれったそうに、歯噛はがみする。
 アスアドは虚空こくうを見つめて、目を閉じた。

「――大切なものほど……そう簡単に決められぬだけだ」

 二度と手に入らぬ宝石を渡されたなら、わかるだろう、とアスアドは吐息で告げる。

 その瞳の奥は伺い知れず、深い息にかき消されていった。

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