不運な花嫁は強運な砂漠の王に愛される

shio

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四十四、草原からの使者【Ⅴ】 《過去篇》

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 四年目の春、イシュタルの容態が急激に悪化した。

 元々肺を病んでいたせいだが、根本の原因については、もっと違うところにあった。

 ――イシュタルが、子を為したのだ。
 それは殆ど事件とでも、謀反むほんとでもいうべき事態だった。

 *  *  *

「ユフィ。何だか凄く眠くて……。身体も怠いんだ。今日は早めに下がるよ」
 執務の供をしていたとき、イシュタルが異変を訴えた。
 イシュタルはよく体調を崩したため、それと同列に考えてしまった。
 今思えば、あまりに浅はかだった。

「そうか。季節の変わり目で疲れているのかもしれんな。切り上げて、よく眠るといい」
 それがすべての始まりだった。
 歯車は、確実にきしみはじめた。

「念のため医者を呼ぶか?」
「んーん、多分大丈夫。一緒に寝る? ユフィ」
 他の者には見せなくなったが、甘えたがりなところは、昔と何ら変わりない。

「何を言っておる。ワシが傍に居たらゆっくり寝られんじゃろう」
 いつもは何だかんだと言って、就寝前までイシュタルに付き従う。
 だが、イシュタルは次期王とあって、難解な案件をいくつも抱えていた。目のくまが酷い。

 イシュタルは身体の弱い子らを思い、病院事業を特に意欲的に押し進めた。
 他、イシュタルの働きかけによって、国の特産や、技術が数歩も進んだと言われる。

 いわゆる賢王であった。

 性格が多少内向きであること、身体が弱いことを除けば、イシュタルはあまりに理想的な君主だった。

「ユフィ、前話していたこと……。どう思う?」
「……どうなるか。反対はされるじゃろうな」
 イシュタルはかねてより、その王位継承権を返上したいという決意を固めていた。
 そののちは「ユーフォルビアと共に、草原に暮らすのだ」と願っていた。

 過酷な政治稼業せいじかぎょうは、身体の弱いイシュタルには向かないことがまず第一にある。

 そして、王位に生涯を捧げるほどの体力も既に尽きていること。
 能力が申し分ないだけに、この決定にはユーフォルビア自身にも衝撃を受けた。
 イシュタルの父母であれば尚更だろう。

 神話の女神も嫉妬する、咲き誇った可憐な薔薇ばらのような花のかんばせは、出逢ってから数年経った今も変わらない。

 最近の無理がたたったのか、青白い顔に浮かぶくまを、すり、と親指で撫でた。
 イシュタルは気持ちよさそうに目を閉じている。

「ワシも今日は早めに下がろう。その方が気も休まるじゃろう」
 その日は、イシュタルにゆっくりと休んで欲しいと思ったがゆえの提案だった。

 すべてが仕組まれたことだと、気付かずに。

 イシュタルからほんの一晩、離れた。
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