不運な花嫁は強運な砂漠の王に愛される

shio

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五十二、真贋の瞳


「何だって? アスアドから連絡が来たと言ったのか」

 声の主は、柔和な瞳を丸く見開いた。
「明日は雪でも降るんじゃないかな」
「レストハウスから、お電話が繋がってございます。如何いかがなさいますか」
 スマホは面倒だからと普段は信用のおける使用人に預けてある。

 形の良いあごに手を添え、一寸の後に男は微笑した。
「わかった。出よう」

「――折り入って頼みがある」
 出ると、既に半年は逢っていないアスアドの声が、耳を柔らかく貫いた。

 更にそれが、救援要請だとわかり、更に口角が上がった。

 どうやら、真に己を必要としているのだとわかって、はっきり言ってよくわからないうちに快諾してしまった。

「主様。恐れながら、既にハレムはいっぱいでございますゆえ――」

 男は、己の領地に以前より三百人もの男女を住まわせている。
 すべて、男の妻であったり、妾であったり、はたまた小姓から愛人となった者など多種多様だ。

 それだけの数から慕われるとあって、男は血筋のせいか、役者のような顔立ちをしている。

 どうやら、父親には似なかったらしい。
 しかし、母親譲りの柔らかな赤銅しゃくどうの髪は、白磁の肌に酷く映えた。

 後ろで軽く結った髪型から、はらりと僅かな髪が頬に落ちる。
 その姿はまるで絵画のようで、今しがた男に忠告をした使用人でさえ、見惚れるほどだった。

 男は元々笑っているような顔立ちだ。
 それを一層柔らかくして、執事へと微笑んだ。

「わかっている。――しかし、本家アスアドからの直接の頼み事だ。聞かぬわけにもいかないだろう?」
「左様でございますな――」

 口髭くちひげの生えた使用人は、渋面じゅうめんを作る。

 男は軽やかに言ってのける。
「なに、今更一人や二人、ハレムに人が増えたところで何も変わらんさ。どうやら気立ての良い純粋な男らしい。新しく入れたところで不和は起きないと思うが、どうかな。アスアドの頼みを逆手にとって、ハレムの増築を強請ねだっても、恐らく条件を飲むだろう。どう思う?」

 執事は頭を垂れた。
神の思し召しのままにインシャアッラー

 うん、とうたうように、軽やかな口調で男は頷く。

「何たって、ナースィフ・イル=アズィーズは、王家の種馬なのだからね」

 決して、そのようなことは! と言い募る執事を片手で制して、男は告げた。

「明日、別荘におもむく。すべての準備は、君に任せる」

 男は、何事もなかったかのように、夕日の沈んでいくさまを、窓から如何にも楽しげに見送った。


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