52 / 225
五十二、真贋の瞳
しおりを挟む「何だって? アスアドから連絡が来たと言ったのか」
声の主は、柔和な瞳を丸く見開いた。
「明日は雪でも降るんじゃないかな」
「レストハウスから、お電話が繋がってございます。如何なさいますか」
スマホは面倒だからと普段は信用のおける使用人に預けてある。
形の良い顎に手を添え、一寸の後に男は微笑した。
「わかった。出よう」
「――折り入って頼みがある」
出ると、既に半年は逢っていないアスアドの声が、耳を柔らかく貫いた。
更にそれが、救援要請だとわかり、更に口角が上がった。
どうやら、真に己を必要としているのだとわかって、はっきり言ってよくわからないうちに快諾してしまった。
「主様。恐れながら、既にハレムはいっぱいでございますゆえ――」
男は、己の領地に以前より三百人もの男女を住まわせている。
すべて、男の妻であったり、妾であったり、はたまた小姓から愛人となった者など多種多様だ。
それだけの数から慕われるとあって、男は血筋のせいか、役者のような顔立ちをしている。
どうやら、父親には似なかったらしい。
しかし、母親譲りの柔らかな赤銅の髪は、白磁の肌に酷く映えた。
後ろで軽く結った髪型から、はらりと僅かな髪が頬に落ちる。
その姿はまるで絵画のようで、今しがた男に忠告をした使用人でさえ、見惚れるほどだった。
男は元々笑っているような顔立ちだ。
それを一層柔らかくして、執事へと微笑んだ。
「わかっている。――しかし、本家アスアドからの直接の頼み事だ。聞かぬわけにもいかないだろう?」
「左様でございますな――」
口髭の生えた使用人は、渋面を作る。
男は軽やかに言ってのける。
「なに、今更一人や二人、ハレムに人が増えたところで何も変わらんさ。どうやら気立ての良い純粋な男らしい。新しく入れたところで不和は起きないと思うが、どうかな。アスアドの頼みを逆手にとって、ハレムの増築を強請っても、恐らく条件を飲むだろう。どう思う?」
執事は頭を垂れた。
「神の思し召しのままに」
うん、と謳うように、軽やかな口調で男は頷く。
「何たって、ナースィフ・イル=アズィーズは、王家の種馬なのだからね」
決して、そのようなことは! と言い募る執事を片手で制して、男は告げた。
「明日、別荘に赴く。すべての準備は、君に任せる」
男は、何事もなかったかのように、夕日の沈んでいくさまを、窓から如何にも楽しげに見送った。
79
あなたにおすすめの小説
こわがりオメガは溺愛アルファ様と毎日おいかけっこ♡
なお
BL
政略結婚(?)したアルファの旦那様をこわがってるオメガ。
あまり近付かないようにしようと逃げ回っている。発情期も結婚してから来ないし、番になってない。このままじゃ離婚になるかもしれない…。
♡♡♡
恐いけど、きっと旦那様のことは好いてるのかな?なオメガ受けちゃん。ちゃんとアルファ旦那攻め様に甘々どろどろに溺愛されて、たまに垣間見えるアルファの執着も楽しめるように書きたいところだけ書くみたいになるかもしれないのでストーリーは面白くないかもです!!!ごめんなさい!!!
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
僕と教授の秘密の遊び (終)
325号室の住人
BL
10年前、魔法学園の卒業式でやらかした元第二王子は、父親の魔法で二度と女遊びができない身体にされてしまった。
学生達が校内にいる時間帯には加齢魔法で老人姿の教授に、終業時間から翌朝の始業時間までは本来の容姿で居られるけれど陰茎は短く子種は出せない。
そんな教授の元に通うのは、教授がそんな魔法を掛けられる原因となった《過去のやらかし》である…
婚約破棄→王位継承権剥奪→新しい婚約発表と破局→王立学園(共学)に勤めて生徒の保護者である未亡人と致したのがバレて子種の出せない体にされる→美人局に引っかかって破産→加齢魔法で生徒を相手にしている時間帯のみ老人になり、貴族向けの魔法学院(全寮制男子校)に教授として勤める←今ここ を、全て見てきたと豪語する男爵子息。
卒業後も彼は自分が仕える伯爵家子息に付き添っては教授の元を訪れていた。
そんな彼と教授とのとある午後の話。
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
