53 / 225
五十三、天に通じる道
しおりを挟むアルに切り出された話は、僕の想像を遥かに超えるものだった。
「柚。明日、お前の本来の婚約相手、アスアド・アズィーズをこの別荘に招く。そうすれば、お前の念願も叶うが――如何する?」
「――本当に……?」
もしかしたら、アスアドとは一生このまま逢えないのではないかと思っていた。
アルも、きっと僕とアスアドが逢うのは反対に違いないと思っていたので、青天の霹靂とはこのことだ。
しかし、アルはどこか渋い顔をしている。
きっと本意ではないのだろう。
「もうお前に黙って出て行かれるのは御免だからな。アスアドと逢いたいというのなら、逢ってみると良い」
(そっか、僕、アルに凄く迷惑を掛けてるんだよね……)
アスアドに逢わねばならないからと、アルから受けた温情も、すべて捨てて、何も言わずに出て来てしまった。
「良いの……? それで……アルは本当に?」
あれだけ愛してくれた。
この腕の中に閉じ込めたい、と言ってくれた。
それなのに、別の男に――結婚予定の相手の男に引き合わせるなど、ありえないと思っていた。
――アルは、もう僕のことを愛していないのだろうか。
それとも、愛することを、止めたのだろうか。
そんなことを思う資格はないはずなのに、思わず胸が痛んだ。
「こうなってしまえば仕方なかろう。何もアスアド・アズィーズに逢ったからと言って、すぐに嫁がねばならぬ理由もない。アスアド・アズィーズという男が、どのような男か、その目で見定めて来ると良い」
ソファから立ち上がったアルが、僕の髪に優しく手を触れた。
「明日は俺のことは気にするな。何かあれば、屋敷の使用人に伝えるといい。明日のことは言い含めておく」
アルの優しさに、漸く気付く。
僕が勝手に出て行ったりと無茶をするから、アルはアスアドと僕を逢わせないわけにはいかなくなったのだ。
アスアドの館などではなく、アルの別荘で逢わせようとしているのも、アルの気遣いの一つに違いなかった。
「――ありがとう。……アル様」
僕が慌ててそう言うも、アルは既に部屋を退出しており、何も気にするなと言わんばかりに、廊下で後ろ姿のまま右手をひらひらと振った。
「柚様。明日は私が御傍に控えております。表だった行動は出来ないかもしれませんが、なるだけお力になれるよう努めますので」
「ありがとう。イスハークが居てくれるのなら、安心だよ。百人力だね」
「勿体ないお言葉にございます。――嗚呼。柚様が、アル様の婚約者でいらしてくだされば……と思わずには居られません」
――僕も、そう思うよ。
そう言いたい気持ちをぐっと堪えて、僕はイスハークに笑い掛けた。
「――そう言ってくれて嬉しいよ。ありがとう、イスハーク。明日、アスアド様に、逢うね」
アルとは、いよいよお別れのときなのだろう。
遠い空を、窓越しに見上げた。
白く煙って、空と地面の境目がわからない。
それはどこか、天に通じている道のような気さえした。
――神様、アルに逢わせて下さって、ありがとうございます。
僕のついていないこの人生で、アルだけが、僕の唯一の光でした。
きっと、神にも届かないこの祈りだけは、僕の偽りない、本心だ。
109
あなたにおすすめの小説
こわがりオメガは溺愛アルファ様と毎日おいかけっこ♡
なお
BL
政略結婚(?)したアルファの旦那様をこわがってるオメガ。
あまり近付かないようにしようと逃げ回っている。発情期も結婚してから来ないし、番になってない。このままじゃ離婚になるかもしれない…。
♡♡♡
恐いけど、きっと旦那様のことは好いてるのかな?なオメガ受けちゃん。ちゃんとアルファ旦那攻め様に甘々どろどろに溺愛されて、たまに垣間見えるアルファの執着も楽しめるように書きたいところだけ書くみたいになるかもしれないのでストーリーは面白くないかもです!!!ごめんなさい!!!
鳥籠の中の幸福
岩永みやび
BL
フィリは森の中で静かに暮らしていた。
戦争の最中である。外は危険で死がたくさん溢れている。十八歳になるフィリにそう教えてくれたのは、戦争孤児であったフィリを拾ってここまで育ててくれたジェイクであった。
騎士として戦場に赴くジェイクは、いつ死んでもおかしくはない。
平和とは程遠い世の中において、フィリの暮らす森だけは平穏だった。贅沢はできないが、フィリは日々の暮らしに満足していた。のんびり過ごして、たまに訪れるジェイクとの時間を楽しむ。
しかしそんなある日、ジェイクがフィリの前に両膝をついた。
「私は、この命をもってさえ償いきれないほどの罪を犯してしまった」
ジェイクによるこの告白を機に、フィリの人生は一変する。
※全体的に暗い感じのお話です。無理と思ったら引き返してください。明るいハッピーエンドにはなりません。攻めの受けに対する愛がかなり歪んでいます。
年の差。攻め40歳×受け18歳。
不定期更新
【Amazonベストセラー入りしました】僕の処刑はいつですか?欲しがり義弟に王位を追われ身代わりの花嫁になったら溺愛王が待っていました。
美咲アリス
BL
「国王陛下!僕は偽者の花嫁です!どうぞ、どうぞ僕を、処刑してください!!」「とりあえず、落ち着こうか?(笑)」意地悪な義母の策略で義弟の代わりに辺境国へ嫁いだオメガ王子のフウル。正直な性格のせいで嘘をつくことができずに命を捨てる覚悟で夫となる国王に真実を告げる。だが美貌の国王リオ・ナバはなぜかにっこりと微笑んだ。そしてフウルを甘々にもてなしてくれる。「きっとこれは処刑前の罠?」不幸生活が身についたフウルはビクビクしながら城で暮らすが、実は国王にはある考えがあって⋯⋯?(Amazonベストセラー入りしました。1位。1/24,2024)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる