不運な花嫁は強運な砂漠の王に愛される

shio

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五十三、天に通じる道

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 アルに切り出された話は、僕の想像を遥かに超えるものだった。

「柚。明日、お前の本来の婚約相手、アスアド・アズィーズをこの別荘に招く。そうすれば、お前の念願も叶うが――如何どうする?」

「――本当に……?」
 もしかしたら、アスアドとは一生このまま逢えないのではないかと思っていた。

 アルも、きっと僕とアスアドが逢うのは反対に違いないと思っていたので、青天の霹靂へきれきとはこのことだ。

 しかし、アルはどこか渋い顔をしている。
 きっと本意ではないのだろう。

「もうお前に黙って出て行かれるのは御免だからな。アスアドと逢いたいというのなら、逢ってみると良い」

(そっか、僕、アルに凄く迷惑を掛けてるんだよね……)
 アスアドに逢わねばならないからと、アルから受けた温情も、すべて捨てて、何も言わずに出て来てしまった。

「良いの……? それで……アルは本当に?」

 あれだけ愛してくれた。
 この腕の中に閉じ込めたい、と言ってくれた。
 それなのに、別の男に――結婚予定の相手の男に引き合わせるなど、ありえないと思っていた。

 ――アルは、もう僕のことを愛していないのだろうか。

 それとも、愛することを、止めたのだろうか。

 そんなことを思う資格はないはずなのに、思わず胸が痛んだ。

「こうなってしまえば仕方なかろう。何もアスアド・アズィーズに逢ったからと言って、すぐに嫁がねばならぬ理由もない。アスアド・アズィーズという男が、どのような男か、その目で見定めて来ると良い」

 ソファから立ち上がったアルが、僕の髪に優しく手を触れた。

「明日は俺のことは気にするな。何かあれば、屋敷の使用人に伝えるといい。明日のことは言い含めておく」

 アルの優しさに、ようやく気付く。
 僕が勝手に出て行ったりと無茶をするから、アルはアスアドと僕を逢わせないわけにはいかなくなったのだ。

 アスアドの館などではなく、アルの別荘で逢わせようとしているのも、アルの気遣いの一つに違いなかった。

「――ありがとう。……アル様」
 僕が慌ててそう言うも、アルは既に部屋を退出しており、何も気にするなと言わんばかりに、廊下で後ろ姿のまま右手をひらひらと振った。

「柚様。明日は私が御傍おそばに控えております。表だった行動は出来ないかもしれませんが、なるだけお力になれるよう努めますので」
「ありがとう。イスハークが居てくれるのなら、安心だよ。百人力だね」

「勿体ないお言葉にございます。――嗚呼。柚様が、アル様の婚約者でいらしてくだされば……と思わずには居られません」

 ――僕も、そう思うよ。

 そう言いたい気持ちをぐっと堪えて、僕はイスハークに笑い掛けた。

「――そう言ってくれて嬉しいよ。ありがとう、イスハーク。明日、アスアド様に、逢うね」

 アルとは、いよいよお別れのときなのだろう。

 遠い空を、窓越しに見上げた。
 白く煙って、空と地面の境目がわからない。
 それはどこか、天に通じている道のような気さえした。

 ――神様、アルに逢わせて下さって、ありがとうございます。
 僕のついていないこの人生で、アルだけが、僕の唯一の光でした。


 きっと、神にも届かないこの祈りだけは、僕の偽りない、本心だ。
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