不運な花嫁は強運な砂漠の王に愛される

shio

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六十四、紫禁城

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 アスアドは、銀の文官であるイスハークに選ばれなかった――?

 銀の文官?
 イスハークが?

 この国に来て間もない僕には、銀の文官がどういうものなのかもわからない。

 鳩が豆鉄砲まめでっぽうでも食らった顔つきをしていたのだろう。

 アスアドは、その様子にくすりと笑って、人差し指で、涙に濡れた己のまなじりぬぐった。

「なに、つまらない昔話だよ。さあ、ようやく我が家に到着した。身体を清めて、寝る支度が出来たら寝物語ねものがたりに教えてあげる。

今夜から婚姻の支度をするから、一週間は外へ出られない。勿論、必要なものは外界から物資として届けさせる。それでも構わないかな」

「え? 到着?」
 慌てて外をのぞく。

 確かに、気付けば目の前には、目をみはるほど大きな宮殿が鎮座していた。
 騾馬らばは役目を終えたと知っているのか静かに屈みこんでいる。

紫禁城しきんじょうみたいだ……」
 整備された巨大な中国風の建築物は、月明かりの中で静かにたたずんでいた。
 いつの間にか、紫禁城であれば午門ごもんと呼ばれる門を越えてしまっていたようだ。

「到着しましてございます。宮殿の方に横づけ致しましょうか」
 馭者ぎょしゃ席より降りた、アスアドの執事が顔をのぞかせた。

「いや、騾馬らばも疲れているようだ。柚を案内しながら宮殿に向かう。その間に婚儀の準備を頼みたい」
かしこまりまして」

 執事の用意したステップを降りる。
 実際に降り立ってみると、萎縮してしまうほどの途方もない広さが僕たちを包んだ。

「驚いたかい。正面は中国風、裏はアラビアン風の宮殿となっている。私の血筋を表すかのようにね。此処ここには、大陸からの訪問客も多い。彼らが少しでも取っつきやすいように、という配慮もあるらしい。私がこちらの監督責任を担っているのは――そうだね。言うならば、縁というものなのかもしれないな」

 広さに圧倒されて押し黙ってしまった僕に、アスアドは笑い掛けた。

「少し歩こうか」
 白魚しらうおのような手を差し出され、その手を取った。

 女人のような、中性的な美貌を持つアスアドは、あまりに紫禁城の主として似合いだった。

 しかし、僕が求めているのは、どこまでいってもアルの姿だ。

 僕を力強く抱き留める厚い胸板、心地よい低音の声。

(アルには……もう、逢えないのだろうか)

 僕が、自らアスアドを選んだというのに、虫の良い話だ。
 まぶたの裏で、アルの太陽のような笑顔が流れて行く。

「柚、行くよ」

 今僕の手を取って歩いているのは、本来の婚約者である、アスアドだというのに。
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