64 / 225
六十四、紫禁城
しおりを挟むアスアドは、銀の文官であるイスハークに選ばれなかった――?
銀の文官?
イスハークが?
この国に来て間もない僕には、銀の文官がどういうものなのかもわからない。
鳩が豆鉄砲でも食らった顔つきをしていたのだろう。
アスアドは、その様子にくすりと笑って、人差し指で、涙に濡れた己の眦を拭った。
「なに、つまらない昔話だよ。さあ、漸く我が家に到着した。身体を清めて、寝る支度が出来たら寝物語に教えてあげる。
今夜から婚姻の支度をするから、一週間は外へ出られない。勿論、必要なものは外界から物資として届けさせる。それでも構わないかな」
「え? 到着?」
慌てて外を覗く。
確かに、気付けば目の前には、目を瞠るほど大きな宮殿が鎮座していた。
騾馬は役目を終えたと知っているのか静かに屈みこんでいる。
「紫禁城みたいだ……」
整備された巨大な中国風の建築物は、月明かりの中で静かに佇んでいた。
いつの間にか、紫禁城であれば午門と呼ばれる門を越えてしまっていたようだ。
「到着しましてございます。宮殿の方に横づけ致しましょうか」
馭者席より降りた、アスアドの執事が顔を覗かせた。
「いや、騾馬も疲れているようだ。柚を案内しながら宮殿に向かう。その間に婚儀の準備を頼みたい」
「畏まりまして」
執事の用意したステップを降りる。
実際に降り立ってみると、萎縮してしまうほどの途方もない広さが僕たちを包んだ。
「驚いたかい。正面は中国風、裏はアラビアン風の宮殿となっている。私の血筋を表すかのようにね。此処には、大陸からの訪問客も多い。彼らが少しでも取っつきやすいように、という配慮もあるらしい。私がこちらの監督責任を担っているのは――そうだね。言うならば、縁というものなのかもしれないな」
広さに圧倒されて押し黙ってしまった僕に、アスアドは笑い掛けた。
「少し歩こうか」
白魚のような手を差し出され、その手を取った。
女人のような、中性的な美貌を持つアスアドは、あまりに紫禁城の主として似合いだった。
しかし、僕が求めているのは、どこまでいってもアルの姿だ。
僕を力強く抱き留める厚い胸板、心地よい低音の声。
(アルには……もう、逢えないのだろうか)
僕が、自らアスアドを選んだというのに、虫の良い話だ。
瞼の裏で、アルの太陽のような笑顔が流れて行く。
「柚、行くよ」
今僕の手を取って歩いているのは、本来の婚約者である、アスアドだというのに。
82
あなたにおすすめの小説
こわがりオメガは溺愛アルファ様と毎日おいかけっこ♡
なお
BL
政略結婚(?)したアルファの旦那様をこわがってるオメガ。
あまり近付かないようにしようと逃げ回っている。発情期も結婚してから来ないし、番になってない。このままじゃ離婚になるかもしれない…。
♡♡♡
恐いけど、きっと旦那様のことは好いてるのかな?なオメガ受けちゃん。ちゃんとアルファ旦那攻め様に甘々どろどろに溺愛されて、たまに垣間見えるアルファの執着も楽しめるように書きたいところだけ書くみたいになるかもしれないのでストーリーは面白くないかもです!!!ごめんなさい!!!
鳥籠の中の幸福
岩永みやび
BL
フィリは森の中で静かに暮らしていた。
戦争の最中である。外は危険で死がたくさん溢れている。十八歳になるフィリにそう教えてくれたのは、戦争孤児であったフィリを拾ってここまで育ててくれたジェイクであった。
騎士として戦場に赴くジェイクは、いつ死んでもおかしくはない。
平和とは程遠い世の中において、フィリの暮らす森だけは平穏だった。贅沢はできないが、フィリは日々の暮らしに満足していた。のんびり過ごして、たまに訪れるジェイクとの時間を楽しむ。
しかしそんなある日、ジェイクがフィリの前に両膝をついた。
「私は、この命をもってさえ償いきれないほどの罪を犯してしまった」
ジェイクによるこの告白を機に、フィリの人生は一変する。
※全体的に暗い感じのお話です。無理と思ったら引き返してください。明るいハッピーエンドにはなりません。攻めの受けに対する愛がかなり歪んでいます。
年の差。攻め40歳×受け18歳。
不定期更新
【Amazonベストセラー入りしました】僕の処刑はいつですか?欲しがり義弟に王位を追われ身代わりの花嫁になったら溺愛王が待っていました。
美咲アリス
BL
「国王陛下!僕は偽者の花嫁です!どうぞ、どうぞ僕を、処刑してください!!」「とりあえず、落ち着こうか?(笑)」意地悪な義母の策略で義弟の代わりに辺境国へ嫁いだオメガ王子のフウル。正直な性格のせいで嘘をつくことができずに命を捨てる覚悟で夫となる国王に真実を告げる。だが美貌の国王リオ・ナバはなぜかにっこりと微笑んだ。そしてフウルを甘々にもてなしてくれる。「きっとこれは処刑前の罠?」不幸生活が身についたフウルはビクビクしながら城で暮らすが、実は国王にはある考えがあって⋯⋯?(Amazonベストセラー入りしました。1位。1/24,2024)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる