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九十一、王の選定(4)
しおりを挟む王の息子。
第二子、アスアド・アル=アズィーズ。
夜明け色の空のような紫紺の髪、健康的な小麦色の肌、紫水晶の瞳を持つと聞いてはいたが、これほどまでに見事な人間が存在するとは、と思わず息を呑んだ。
まだ十に満たない年齢でありながら、アスアドはあまりにも早熟だった。
はっきりとした目鼻立ち、彫刻のような凛々しい顔つき。しかしまだ年相応のあどけなさがその中に同居して、楽園の天使かと見紛うほどだ。
少年らしい伸びやかな肢体は瑞々しく、アスアドが美男子に育つことを、既に約束しているかのようだった。
お互いの姿形をここまではっきりと認識したことはなかったかもしれない。いつも、祭事の際に遠くから眺めるだけの関係だった。
「もしやナースィフ様――兄様でいらっしゃいますか」
突如駆け寄って来たアスアドが、太陽を宿したかのような煌々しい瞳で、真っ直ぐにこちらを見つめて来る。あまりに素直な瞳は、『王の選定』への不安や憂いなど、一切ないかのように見えた。
「あ、ああ。僕は、ナースィフ・イル=アズィーズだ。よろしく」
「俺はアスアドと申します! わあ、兄様と初めて話しが出来ました!」
昂奮してその場で跳ねるアスアドに、返事に窮した。
僕は同じ年頃の子どもと話したことがまったくと言って良いほどなかった。
一人も従者を連れていなかったので、見回すと、アスアドの従者たちがこちらへと走り来る。
「アスアド様! 勝手に居なくなられては困ります!」
アスアドのお付きの者らしい男性が幾人か、息を切らして後ろに付いた。
「ナースィフ皇太子殿下。突然大変失礼致しました」
「いや、大丈夫だ」
失礼なことをされたわけではなかったので、平気だと頷く。
「こちらの管理不行届きに寛大な御心、痛み入ります」
「よく言って聞かせます。――いえ、普段から言って聞かせてはいるのですが……」
苦笑、としか言いようのない笑みを浮かべて従者は頭を下げる。
「アスアドは、私の弟だ。気にするところではない」
(そういえば、天文学の教師がアスアドはやんちゃだと、言っていたっけ)
あの時教師が浮かべた笑みが、今でも気にかかっている。
僕には硬い表情しか見せなかった教師の本意は、ついぞ聞き出せなかった。しかし、僕ではなく、アスアドの方に、好意を持っているのは明らかだった。
元々人付き合いの上手い方ではないと、わかっている。
神経質な方だと自覚しているからこそ、鷹揚に振る舞うことも増えた。
しかし、アスアドは『王の選定』があることを知っているのだろうか。第一王子の僕ですら、盗み聞きでなければ知り得なかった事実だ。
(それを黙って――僕が王になどなったとしても)
価値は半減するように思われた。また、公平性に欠ける。
「大変失礼致しました。さあ、アスアド様、戻りますよ」
従者たちがアスアドを連れて陣営に戻ろうとしたときだった。
「じゃあな、アスアド」
「兄様! では失礼いたします」
頭を下げるアスアドに、僕は近付いてこそりと声を掛けた。ごく小さな、アスアドにしか聞こえない声音だ。
「アスアド。今日『王の選定』があると聞いた。お前も第二王子だからこそ、知っておくべきだろう」
アスアドは呆然としている。
「兄、様……」
「僕だけが知っているのは、フェアじゃないからな。今日の行動には注意しろ。何が『王の選定』に関わるか、わからない」
僕は一層声を落とした。
アスアドは、一瞬不安そうな顔をしたが、こくりと頷いた。
「助言、大変感謝いたします」
頷くと、アスアドは踵を返し去って行った。
(意外に、飲み込みが速いな)
内心で酷く感心している自分がいた。
アスアドは、『王の選定』を知っても、騒いだり、他の者に知らせたりせず、瞬時に状況を把握した。
僕でさえ、そんなことを突然聞かされれば狼狽えるだろうに。
(なかなか手強い相手かもしれない)
遠くに、褐色の肌と星屑のような、銀色の長い髪を持つ従者が控えている。アスアドとそう歳は変わらない、幼い子どもだ。
(あの子どもが――選定人の一人か?)
大人たちと同じ、白のインバネスコートに身を包んでいる。
何らかの選定に携わっているのは、間違いない。
その瞳には、既に大人顔負けの聡明さを宿しているように見えた。
『王の選定』に必要な役者は揃った。
――何としても、玉座を手に入れる。
他の誰でもない。自分自身の為に。
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