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九十四、王の選定(7)
しおりを挟む「アスアド?」
馬に乗ったまま、近付いた。
砂漠に生息する、バオバブの太い樹木の根元。
バオバブは神が手違いで上下逆に植えたという伝説のある不思議な樹木だ。
乾燥した土地でもすくすくと育つため、精霊が宿るとされている。
アスアドの背後には、弱った獅子の子どもが居た。親も近くにおらず、完全に群れからはぐれてしまったようだ。
猫と山羊の中間のような、獅子の子ども特有の悲しげな鳴き声が、鳶を引き付けてしまっているらしい。猫より、全長がほんの少し大きい。
「アスアド様。どうかお考え直しを。獅子は連れて帰ることは不可能です。育てば猛獣になり、御することは不可能です」
側近たちが、アスアドを説得している。
それでもふる、とアスアドは涙目で首を横に振った。
「こいつは俺の獲物だ! 連れ帰って、俺が飼う! でなければ、鳶に食べられてしまう。狩った点数も要らない。それで良いだろう!」
大人たちは皆、どうすべきか狼狽えているようだ。
獅子の子は、ひと際大きな啼き声を上げた。まるで誰かを呼んでいるようだ。
その姿が、やけに自分に重なった。親も、同族もおらぬ土地に置き去りにされた、哀れな赤子。
気付けば、背中から一本、矢を番えていた。
臣下がどよめき、道が割れる。
「退きなさい。アスアド。その獅子の天命は、もう尽きた。親に捨てられ、同族にも捨てられた、哀れな命だ。衰弱しており、もう幾ばくもなく天に召されるだろう。――ならば、僕が、この手で」
アスアドの澄んだ夜明けのような瞳が、僕を見据える。
紫水晶の瞳に、昂った王子の姿が映った。
「駄目です。兄様と言えど、この者をお渡しすることは、出来ません」
僕は語気を強める。
「連れ帰ってどうする。猛獣使いにでもなるつもりか。それはいずれ、多量の肉を食らうようになる。お前が今助けようとしている命の何倍もの命を、食うようになるぞ。兎が百匹で済む獣ではない。わかったらそこを退きなさい。……哀れな命を殺す覚悟は、お前にはまだ出来ないだろう」
獅子は、命を振り絞って、啼いた。数日ものを食べていないことは明らかだった。手足も萎えて、立つことすらままならない。鳶が低空飛行で、獅子の子を狙っている。間もなく真っ黒な死が、訪れようとしていた。
「――安らかに眠れるように、祈ってやれ」
アスアドの後ろの萎えた獅子に、矢を番えた。
獅子など飼えば、側近が苦労することになる。
アスアドは子どもらしい、愛らしい唇を戦慄かせた。
絶望の瞳の色をしている。
僕は、その瞳に見覚えがあった。その瞳は、自分だった。
――僕は、絶望を抱えて、大人になった。
孤独を抱え、母の死を抱え、同郷の者すらおらぬ砂漠で、育った。
アスアドもいずれ知る。人は絶望を抱えて、成長する。
――王は、孤高なのだから。
他ならぬ僕のように。
しかし、アスアドの瞳には、未だ見ぬ生気があった。
アスアドは絶叫しながら、腕の中に小獅子を抱き込んだ。
「駄目だ!! この獅子を射るなら、僕を先に殺せ!!」
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