不運な花嫁は強運な砂漠の王に愛される

shio

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百十五、楽園追放(12)

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「す……?」

 てっきり、死を覚悟していた黄蓋は、言葉を失くしている。

莫迦ばか言っちゃいけねえ、坊ちゃん。王と臣下は、決して情を交わらせちゃあいけねえ。そんなこと、とっくの昔にわかっていなさるだろうに」

 どこか茶化すような黄蓋の言葉に、ナースィフは至って真剣だと言わんばかりに、凛とした瞳を、黄蓋に向けた。

「……黄蓋。真実を答えよ。私はもう――真実だけを、知るべきなのだ」

「坊ちゃん……」
「黄都軍部の暗殺部隊でありながら、何故正気を失うほどに、私を抱いた。何故――私に仕えた……。王からうとまれる、第一王子を、王に据えたいと望んだ」

 ナースィフは唇を噛み締める。

「哀れみか。同情か。誰も傍に居らぬ孤独な王子が、見ていられぬと思ったからか」
「――違う!!」

 鳴り響く轟音ごうおんの雷のような黄蓋の声に、その場に居た者たちはぴたりと動きを止める。

「――ならば、話せ。黄蓋。己の罪を、自覚するのなら。細君に、申し訳が立たぬと思うのなら、ここで洗いざらい、吐いてしまえ。そうでなければ――もはや、どうすることも出来ない。私を、どう思っているのだ」

 黄蓋は神に召された人間のように、その場にくずおれた。
 許しをうかのように、叩頭する。
 その声も、身体も、震えていた。

「ワシは――私は――ナースィフ・イル=アズィーズ様を、お慕い申し上げております。神のように、何一つけがれのないそのたましいを、まぶしいものとして、手の届かぬ存在として、崇拝すうはいして参りました。比類ない美しさに呑まれ、その身を焼いた――ただの罪人です」

「黄蓋……殿……」
 イスハークは吐息だけで言うと、息を呑んだ。

 ナースィフはまるで、その地に初めて降り立った審判しんぱんの神のように、地面に拱手きょうしゅする黄蓋の前に立った。

「――私を、哀れと思うてか。黄蓋」
「いいえ」
「お前の慕うという言葉には――私への情欲が含まれているのか」
 一瞬の沈黙があった。
「――はい。誠に恐れながら」
「私を次期国王に推すのは、その恋心ゆえか」
「信じていただけるかどうかわかりませんが――それだけは違います。貴方こそが、真の王の器であると、判断してのことでございます」
「――そうか」
 
 最後に一つ、如何いかにもか細い声が尋ねる。
「私を暗殺するよう、命じられていたのか」

 黄蓋は、喉の奥から、やっとのことで言葉を絞り出したようだった。
「いいえ……」
「なら、王からお前に与えられた役割は、何だ」
「――ナースィフ様を、あらゆる危険からお守りする為の、護衛でございます。幼少期から、何一つ変わりはございません」

 場がどよめいた。アルが大きく頷く。
「やはり――王はナースィフに危害を加えよとは命令していない!」
「良かった……」
 王が我が子を暗殺しようとしたのではないとわかって、つかの安堵が、場を覆う。

 その空気をかき消すかのように、ナースィフが問うた。黄蓋を睥睨へいげいするかのように、言い放つ。

「では、今は王直々じきじきめいを放棄しているということだな」
「――お恥ずかしながら。返す言葉もございません」

「わかった。黄蓋。お前は今どこに所属して居る」
「黄都軍部にて、兵士の育成を」
「ならば、その任務を返上しろ」
「仰せの通りに」

「そして、私の護衛にあたれ」

 罪人として処分されるか、さもなくば投獄――そう思われた矢先だった。

 黄蓋は慌てて顔を上げる。

「坊ちゃん……?」
「国王の命令を長期に渡り無視するわけにもいかぬだろう。何か問題があるか」
「い、いいえ……。しかし……、自分は」
「言葉には責任を持て。私を慕うというのならば、そばに居て支えよ。私が王であれというのならば、そう信じよ」

 凛としたナースィフの白面はくめんを、いつしか朝陽が眩しく照らし出した。
 この国の夜が終わり、朝が訪れる。

 雪月花の美貌が、笑みでほころぶ。

「私は、お前を愛しているよ。黄蓋。例え誰に、反対されたとしても」

 王族とも思えぬ、無垢な愛の言葉に、黄蓋の頬に一筋、雫が流れた。

「――弱りましたなぁ。事の沙汰さたが知れて、王に国外追放でも命じられたらどうします」

「そうだなぁ。その時は、どこか遠い国へ、二人で旅に出よう」

 黄蓋は、差し出されたナースィフの手を捧げ持ち、深く頭を垂れた。
 それはまるで、神へ祈りを捧げる姿にも似ていた。
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