115 / 225
百十五、楽園追放(12)
しおりを挟む「す……?」
てっきり、死を覚悟していた黄蓋は、言葉を失くしている。
「莫迦言っちゃいけねえ、坊ちゃん。王と臣下は、決して情を交わらせちゃあいけねえ。そんなこと、とっくの昔にわかっていなさるだろうに」
どこか茶化すような黄蓋の言葉に、ナースィフは至って真剣だと言わんばかりに、凛とした瞳を、黄蓋に向けた。
「……黄蓋。真実を答えよ。私はもう――真実だけを、知るべきなのだ」
「坊ちゃん……」
「黄都軍部の暗殺部隊でありながら、何故正気を失うほどに、私を抱いた。何故――私に仕えた……。王から疎まれる、第一王子を、王に据えたいと望んだ」
ナースィフは唇を噛み締める。
「哀れみか。同情か。誰も傍に居らぬ孤独な王子が、見ていられぬと思ったからか」
「――違う!!」
鳴り響く轟音の雷のような黄蓋の声に、その場に居た者たちはぴたりと動きを止める。
「――ならば、話せ。黄蓋。己の罪を、自覚するのなら。細君に、申し訳が立たぬと思うのなら、ここで洗いざらい、吐いてしまえ。そうでなければ――もはや、どうすることも出来ない。私を、どう思っているのだ」
黄蓋は神に召された人間のように、その場に頽れた。
許しを乞うかのように、叩頭する。
その声も、身体も、震えていた。
「ワシは――私は――ナースィフ・イル=アズィーズ様を、お慕い申し上げております。神のように、何一つ穢れのないその魂を、眩しいものとして、手の届かぬ存在として、崇拝して参りました。比類ない美しさに呑まれ、その身を焼いた――ただの罪人です」
「黄蓋……殿……」
イスハークは吐息だけで言うと、息を呑んだ。
ナースィフはまるで、その地に初めて降り立った審判の神のように、地面に拱手する黄蓋の前に立った。
「――私を、哀れと思うてか。黄蓋」
「いいえ」
「お前の慕うという言葉には――私への情欲が含まれているのか」
一瞬の沈黙があった。
「――はい。誠に恐れながら」
「私を次期国王に推すのは、その恋心ゆえか」
「信じていただけるかどうかわかりませんが――それだけは違います。貴方こそが、真の王の器であると、判断してのことでございます」
「――そうか」
最後に一つ、如何にもか細い声が尋ねる。
「私を暗殺するよう、命じられていたのか」
黄蓋は、喉の奥から、やっとのことで言葉を絞り出したようだった。
「いいえ……」
「なら、王からお前に与えられた役割は、何だ」
「――ナースィフ様を、あらゆる危険からお守りする為の、護衛でございます。幼少期から、何一つ変わりはございません」
場がどよめいた。アルが大きく頷く。
「やはり――王はナースィフに危害を加えよとは命令していない!」
「良かった……」
王が我が子を暗殺しようとしたのではないとわかって、束の間の安堵が、場を覆う。
その空気をかき消すかのように、ナースィフが問うた。黄蓋を睥睨するかのように、言い放つ。
「では、今は王直々の命を放棄しているということだな」
「――お恥ずかしながら。返す言葉もございません」
「わかった。黄蓋。お前は今どこに所属して居る」
「黄都軍部にて、兵士の育成を」
「ならば、その任務を返上しろ」
「仰せの通りに」
「そして、私の護衛にあたれ」
罪人として処分されるか、さもなくば投獄――そう思われた矢先だった。
黄蓋は慌てて顔を上げる。
「坊ちゃん……?」
「国王の命令を長期に渡り無視するわけにもいかぬだろう。何か問題があるか」
「い、いいえ……。しかし……、自分は」
「言葉には責任を持て。私を慕うというのならば、傍に居て支えよ。私が王であれというのならば、そう信じよ」
凛としたナースィフの白面を、いつしか朝陽が眩しく照らし出した。
この国の夜が終わり、朝が訪れる。
雪月花の美貌が、笑みで綻ぶ。
「私は、お前を愛しているよ。黄蓋。例え誰に、反対されたとしても」
王族とも思えぬ、無垢な愛の言葉に、黄蓋の頬に一筋、雫が流れた。
「――弱りましたなぁ。事の沙汰が知れて、王に国外追放でも命じられたらどうします」
「そうだなぁ。その時は、どこか遠い国へ、二人で旅に出よう」
黄蓋は、差し出されたナースィフの手を捧げ持ち、深く頭を垂れた。
それはまるで、神へ祈りを捧げる姿にも似ていた。
80
あなたにおすすめの小説
こわがりオメガは溺愛アルファ様と毎日おいかけっこ♡
なお
BL
政略結婚(?)したアルファの旦那様をこわがってるオメガ。
あまり近付かないようにしようと逃げ回っている。発情期も結婚してから来ないし、番になってない。このままじゃ離婚になるかもしれない…。
♡♡♡
恐いけど、きっと旦那様のことは好いてるのかな?なオメガ受けちゃん。ちゃんとアルファ旦那攻め様に甘々どろどろに溺愛されて、たまに垣間見えるアルファの執着も楽しめるように書きたいところだけ書くみたいになるかもしれないのでストーリーは面白くないかもです!!!ごめんなさい!!!
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
発情薬
寺蔵
BL
【完結!漫画もUPしてます】攻めの匂いをかぐだけで発情して動けなくなってしまう受けの話です。
製薬会社で開発された、通称『発情薬』。
業務として治験に選ばれ、投薬を受けた新人社員が、先輩の匂いをかぐだけで発情して動けなくなったりします。
社会人。腹黒30歳×寂しがりわんこ系23歳。
うそつきΩのとりかえ話譚
沖弉 えぬ
BL
療養を終えた王子が都に帰還するのに合わせて開催される「番候補戦」。王子は国の将来を担うのに相応しいアルファであり番といえば当然オメガであるが、貧乏一家の財政難を救うべく、18歳のトキはアルファでありながらオメガのフリをして王子の「番候補戦」に参加する事を決める。一方王子にはとある秘密があって……。雪の積もった日に出会った紅梅色の髪の青年と都で再会を果たしたトキは、彼の助けもあってオメガたちによる候補戦に身を投じる。
舞台は和風×中華風の国セイシンで織りなす、同い年の青年たちによる旅と恋の話です。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる