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百二十一、イスハークの恋人(3)
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「ちょちょ、ちょっと待って下さい! 私からご説明させていただきます」
アルが負傷した時でさえ、多少の焦りは見せたものの、イスハークは常に冷静沈着な文官だ。これほど狼狽しているところを見るのは初めてだった。
「照れなくてもいいだろう。あの祭りの日に着けていたイヤリングだって、サディクからの贈り物だろうが。俺が柚とすれ違っている最中に『白い蓮が私に似合うとサディクが』とか言うものだから、祭りをボイコットしてやろうかと思ったぞ」
「そんな大袈裟な……」
イスハークは半眼でアルを見返した。
確か、あのときイスハークの耳飾りには繊細な白い蓮、そして黒曜石が連なっていた。今思えば、サディクを表していたのかもしれない。
「それで、サディクを連れて来てくれたんだね」
コホン、とイスハークは小さく咳払いをした。
「柚様、ご紹介が遅れ申し訳ありません。こちらは、先日もお目に掛かったかと思いますが、黒都首軍で中尉を務めております、サディクと申します。――プライベートなことで恐縮ではありますが、私と、お付き合いをしております」
(イスハークがたどたどしい……。新鮮だなぁ……)
何だか酷く微笑ましい気分だ。
「宜しくお願い致します」
サディクの声音は低いがどこか思いやりを含んでいる。精悍な、整った顔立ちの青年だ。元々ポーカーフェイスのようだが、それでもイスハークに向ける瞳は酷く優しい。
慌てて僕も頭を下げた。
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします!」
「サディクもう少し朗らかに。柚様が緊張なさってしまいます」
「大丈夫だよ、イスハーク」
「もっと早くに柚にサディクを紹介しておけば、こんなことにならんかっただろう」
アルの言葉に、イスハークは頭を抱えた。
「柚様とサディクに面識がなかったことが、敗因でございましたでしょうか……。しかしですね! 二人を引き合わせるだけならともかく、主人の妃ともあろう方に、自分の恋人を意味もなく紹介しますか普通!
柚様から何も聞かれていないのに、『サディクは私の恋人です』と紹介するなんて、おかしいじゃありませんか!! とんだ勘違い惚気野郎じゃないですか……。嫌ですよそんなの……」
「しかし、そうしておけば、今回のような疑問は産まなかっただろう」
「うぅ……」
イスハークは恥ずかしいのか、手で顔を覆ってしまった。
「イスハーク。ごめんね。無理やり聞き出すつもりじゃなかったんだけど……」
「いいえ……、あらゆることに先手を打っておくのが、王の右腕というものですのに。これは、私の失態です」
「そんなことないよ! でも、僕、イスハークのことなら、何でも聞きたいって思うよ。恋人や――家族のこと。僕を友人だと思って、何でも話してよ」
「柚様……」
イスハークには、他にも聞きたいことがある。
「ねぇ、サディクとの話、もっと聞かせて!」
「ゆ、柚様……お戯れを……」
イスハークは顔を紅潮させ、着物の袖で顔を隠してしまった。
「ね、サディク。良かったら聞かせてよ。イスハークといつ頃出逢ったのか、とか、どこが好きなのか、とか。イスハークのことも、サディクのことも、もっと知りたいよ」
言うと、無表情だったサディクは頷いた。
「――承知しました。イスハークとは幼馴染です。昔からイスハークは女神のように美しく――」
「サディク!! ストップ! ステイ!」
「お前の恋人は犬か?」
アルのツッコミが入るが、イスハークは気付いていないようだ。
イスハークの恋話が聞けるのは、もう少し、先になるかもしれない。
アルが負傷した時でさえ、多少の焦りは見せたものの、イスハークは常に冷静沈着な文官だ。これほど狼狽しているところを見るのは初めてだった。
「照れなくてもいいだろう。あの祭りの日に着けていたイヤリングだって、サディクからの贈り物だろうが。俺が柚とすれ違っている最中に『白い蓮が私に似合うとサディクが』とか言うものだから、祭りをボイコットしてやろうかと思ったぞ」
「そんな大袈裟な……」
イスハークは半眼でアルを見返した。
確か、あのときイスハークの耳飾りには繊細な白い蓮、そして黒曜石が連なっていた。今思えば、サディクを表していたのかもしれない。
「それで、サディクを連れて来てくれたんだね」
コホン、とイスハークは小さく咳払いをした。
「柚様、ご紹介が遅れ申し訳ありません。こちらは、先日もお目に掛かったかと思いますが、黒都首軍で中尉を務めております、サディクと申します。――プライベートなことで恐縮ではありますが、私と、お付き合いをしております」
(イスハークがたどたどしい……。新鮮だなぁ……)
何だか酷く微笑ましい気分だ。
「宜しくお願い致します」
サディクの声音は低いがどこか思いやりを含んでいる。精悍な、整った顔立ちの青年だ。元々ポーカーフェイスのようだが、それでもイスハークに向ける瞳は酷く優しい。
慌てて僕も頭を下げた。
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします!」
「サディクもう少し朗らかに。柚様が緊張なさってしまいます」
「大丈夫だよ、イスハーク」
「もっと早くに柚にサディクを紹介しておけば、こんなことにならんかっただろう」
アルの言葉に、イスハークは頭を抱えた。
「柚様とサディクに面識がなかったことが、敗因でございましたでしょうか……。しかしですね! 二人を引き合わせるだけならともかく、主人の妃ともあろう方に、自分の恋人を意味もなく紹介しますか普通!
柚様から何も聞かれていないのに、『サディクは私の恋人です』と紹介するなんて、おかしいじゃありませんか!! とんだ勘違い惚気野郎じゃないですか……。嫌ですよそんなの……」
「しかし、そうしておけば、今回のような疑問は産まなかっただろう」
「うぅ……」
イスハークは恥ずかしいのか、手で顔を覆ってしまった。
「イスハーク。ごめんね。無理やり聞き出すつもりじゃなかったんだけど……」
「いいえ……、あらゆることに先手を打っておくのが、王の右腕というものですのに。これは、私の失態です」
「そんなことないよ! でも、僕、イスハークのことなら、何でも聞きたいって思うよ。恋人や――家族のこと。僕を友人だと思って、何でも話してよ」
「柚様……」
イスハークには、他にも聞きたいことがある。
「ねぇ、サディクとの話、もっと聞かせて!」
「ゆ、柚様……お戯れを……」
イスハークは顔を紅潮させ、着物の袖で顔を隠してしまった。
「ね、サディク。良かったら聞かせてよ。イスハークといつ頃出逢ったのか、とか、どこが好きなのか、とか。イスハークのことも、サディクのことも、もっと知りたいよ」
言うと、無表情だったサディクは頷いた。
「――承知しました。イスハークとは幼馴染です。昔からイスハークは女神のように美しく――」
「サディク!! ストップ! ステイ!」
「お前の恋人は犬か?」
アルのツッコミが入るが、イスハークは気付いていないようだ。
イスハークの恋話が聞けるのは、もう少し、先になるかもしれない。
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