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百二十三、婚姻の儀(2)
しおりを挟むイスハークに褒められて、気恥ずかしい気持ちになる。
「そんなことないよ。職業柄、色々な国に行く必要があったから、何とか話せるだけで、その国の文化に詳しいわけじゃないから……。だからアルやイスハークに教えて貰うことが、全部新鮮なんだ。本当にありがとう。これからも色々教えてくれると嬉しいな」
イスハークは表情を変えぬまま、アルの二の腕あたりを勢いよく掴んだ。
「うおっ!?」
さしものアルも驚いたようだ。
そのまま部屋の隅にアルをずるずると引っ張って行く。
何やら二人で内緒話をしている。
「アスアド様。率直に申し上げて、柚様を今すぐ妃にするべきです。あんまり悠長に構えていると、また今回のようなことになりますよ」
「何だいきなり。さっきと言っていることが違うだろうが」
「私はもう、はっきり言って貴方と柚様以外の方にお仕えする気が薄れています。もし、アスアド様が柚様ではなく、違う方を妃にすると仰れば、柚様に従おうと思っているぐらいです」
「お前なあ」
アルの呆れた声が聞こえて来て、僕は首を傾げた。
(何を話しているんだろう)
「では、私は政務に戻ります。サディクも行きましょう。アスアド様も、そろそろお戻りくださいね」
アルはやれやれと溜息を吐いて戻って来た。そして、僕の真隣に腰掛ける。
「イスハークに、早く柚を妃にするようせっつかれた。万が一の場合は、俺よりも柚側に付くとな」
「ええっ!?」
確かイスハークは、アルを庇って命を落とすことも厭わないはずではなかったか。
「どうしてそんなことになっているんだろう……」
真剣に悩んでしまう。
「さあな。だが、この短期間で、次期王の右腕をこうも手なずけるとは。柚。やるな」
「嬉しいけど、まさかそんなはず……」
主従の関係は、僕の理解の範疇をまったく越えている。
「柚以外の妃に仕えるつもりは毛頭ないそうだ。これは、早めに手を打たねば、既成事実を作る為に、互いの食事に精力剤という精力剤を混入されかねんな」
「そんな……」
「だからこそ、禊はすぐに執り行おう」
困惑する僕を、アルは軽々と抱き寄せる。僕の頬に掌をするりと滑らせた。
出逢った頃と変わらない、夜明け色のようにも、紫水晶のようにも見える瞳が僕だけを映し出す。
まるで、世界中の空を独り占めしているみたいだった。
「――柚。俺の花嫁に、なってくれるか」
「はい……っ」
もう、迷う必要はない。
婚姻の予定だったから、アルと結婚するわけではない。
アスアド・アル=アズィーズという、この人と結婚したいと思った。
僕は、アルを選んだ。
アルがまた、僕を選んでくれたように。
僕の耳朶に唇が触れた。
「続きは、また閨でな」
甘い声が囁く。
鼓膜を震わせるその声に、下腹部が反応してしまいそうになる。
「もう、アル……っ!」
永遠に続く白い砂漠と、青い空。
しかし、今、僕の視界にはまだ夜明けが帳を降ろしている。
さらりと、絹のような髪が、まるで外界から隠すように仰向けになった僕の傍に垂れた。
「今はまだ、俺だけの妃で居てくれるか」
アルの腕の中は、まだ夜。微睡みの中だ。
この夜が終わって欲しくなくて、僕は微笑んだ。
「ずっとアルと居たいから、その続きは、また明日、かな」
「まるで、シェヘラザードのようなことを言う」
夜の帳が、僕に覆いかぶさる。
淡く、唇に触れた。
シャフリヤール王へ、千夜、物語を語り続けたシェヘラザード。
永久に続いていく、千夜一夜物語の第一夜の夜明けを、僕たちは今漸く、迎えたのかもしれない。
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