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二、螢華国
百三十六、不穏の種(2)
しおりを挟む――柚様を女装させ姫に仕立て上げ、その護衛として任務にあたるように――
イスハークの口はそう動いたように見えた。
「柚を女装させろだと!?」
「僕が!?」
驚いて一拍遅れて反応してしまった。
まさかの展開に思わず天を仰ぐ。
「女装かぁ~、出来るかな……」
「そんな莫迦なことがあるか。危険な任務に柚を連れて行くなど冗談じゃない。……ナースィフに連絡してくれ。今回は引き受けることは出来ないとな」
「しかし……もしこちらが動かないなら、泣く泣くナースィフ様のハレムの者を人質に立てると……仰っていますがどうします……?」
「我が国にもアイリーン・アドラーのようなプロの女スパイなら一人や二人は居るだろうが」
アルは頭を抱えている。
ああでもないこうでもないとひとしきり皆が唸る声が聞こえた。
「――僕、良いよ。アル。協力しても」
「しかしだな――」
「ハレムの女性じゃ、危険かもしれないし。僕たちが行って早めに解決して来よう? それに、アルと旅行なんて初めてだし――楽しいんじゃないかな。勿論任務なら、全然はしゃいだり出来ないけど。イスハークも来てくれるなら、安心だと思う」
「もちろん、お供させていただきます。あと、ナースィフ様よりご伝言がもう一つ……」
「まだあるのか?」
アルは仏頂面でイスハークを睨めつける。イスハークは、く、と少し笑いを嚙み殺すようにして、続けた。
「柚様を姫に仕立て上げることが難しいようなら、アスアド様でも良いと……」
「何だと? 別に構わぬが」
「いえ、どう考えたって無理でしょう……。筋骨隆々、百九十センチ、鍛え上げた体躯はどこからどう見たって男性です。流石に――難しいかと」
「ならお前と柚二人で女性役をするか?」
サディクが扉前で護衛をしながら、ちらりとイスハークを見やる。こほん、とイスハークは少し赤くなり、小さく咳払いをした。
「柚様はお身体が華奢でいらっしゃいます。私もかなり難しいでしょう。体つきも男性ですし、声も低いですから」
アルが、サディクに向かって呼び掛ける。
「サディク。どうだ。イスハークの女装、見たくはないか」
サディクは、無表情でイスハークを見やり、頷いた。
「見たいです。普段のイスハークも勿論綺麗ですが」
「サディク! 黙っていなさいもう!!」
イスハークとサディクも、相変わらずだ。
こうした二人の軽口も、既に日常となっている。
その空気を打ち消すかのように、眼光鋭く、アルは尋ねた。
「――親父は、何と言っている? と言っても、お前がこの話を持ってくるということは、既に話は済んでいるということか」
まるで人形のような顔つきで、イスハークは告げる。
「よくご存知で。……現国王も、既に御裁可を下されています」
アルは気に入らないとばかりに、上品に鼻を鳴らした。
「お前は、俺の右腕だが、所詮はアズィーズ家に仕える者――ということだな」
自嘲するような声音が、室内に響く。
「致し方ありません。貴方様と国王様の間には、深い溝がありますから。アスアド様の御立場が悪くならないよう、フォローさせていただいている、とだけ」
「よく回る口だ。その言葉、ゆめゆめ忘れるなよ。良いな、イスハーク」
「神の思し召しのままに」
一瞬不穏な空気に支配されたような気がしたが、どうやら丸く収まったようで、胸を撫でおろす。
イスハークは僕に微笑みかけた。
「柚様、紅茶のお代わりはいかがですか。温かいものをお淹れ致しますよ」
イスハークの柔らかな声音は、先ほどとは別人のようだった。
「ありがとう、イスハーク」
精緻な模様の施された白いカップに、鳶色の水色が注がれる。
(……どうしてだか、胸騒ぎがする)
温かい紅茶を嚥下して、身体は温まっているはずなのに、どこか落ち着かない。
(気の所為だよ。きっと)
恐らく、見知らぬ螢華国の良くない噂を聞いてしまったからだ。
その不穏の種は、のちのちまで、僕の心を脅かすことになる。
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