167 / 232
二、螢華国
百六十六、黒い雫(2)
しおりを挟む
アルは、僕の薄い肩にそっと手を置いた。
「すまない、こちらの考えが足りなかった。通常、後宮には少なくとも千人単位の女たちが控えているはずだ。その規模は、昔では一般的には三千人、歴代最多では一万人とも言われている。
後宮に入ったとて、皇帝の手付きになる姫は、ごく僅かだ。中には一目もくれられず、後宮でその生涯を終えた妃もいるという。
つまり、王朝時代で言う四妃。貴妃、淑妃、徳妃、賢妃にあたる可能性は、ありえないほど低い。三千分の四といえば、それがどれほど難しいものか、検討がつく。しかし――今となっては当然その時の対処も考えておくべきだったが――」
イスハークが後を続けた。
「言わば四姫に選ばれるということは、宝くじにあたるようなものと同義なのです。皇帝に相まみえない立場では、選ばれる可能性すらございません。しかし、それでは潜入の意味がないも同然ですので、せめて顔ぐらいは拝見出来るような位を所望したのですが、まさか一足飛びに時期正妃の位を提示されるとは……。申し訳ありません。私の落ち度です。断ることも出来ず……」
「先方は最初からそのつもりだったのだろう。どこかから柚を一目見て気に入った。または藍炎が推薦したのか」
アルは考えても仕方ないと言わんばかりに、手をひらひらと振ってみせる。
しかし、イスハークの表情は変わらなかった。
「それだけではありません。新しく後宮に妃を迎えた祝賀宴が行われるとのこと。その宴で、春夏秋冬の巫女たちが、特技を披露する手筈になっていると聞きました。柚様は――その宴のトリとのことです……」
「何だと?」
「僕が……?」
思わずアルと顔を見合わせる。
「どういうつもりだ。あの男は……」
アルは呆れたように、牀にどさりと身体を凭せ掛ける。
「藍炎の考えるところはわかりません。しかし、宴は一週間後に確実に開かれます。早々に取り掛からねば、間に合いません」
「柚。何か特技はあるか。――イスハーク。披露するものは、何でもいいのか?」
「藍炎が、歌でも踊りでも何でも良いと言っていました。必要な物は取り寄せるとのことです。ですが、残された時間は一週間」
「螢華国にない物を運ぶとなると、練習の時間すらないということか……。どうする、柚」
「特技……かぁ……」
歌や踊りは、それほど得意ではない。
けれど、僕には一つだけ出来ることがあった。
「楽器――でもいいかな?」
アルの顔つきがパア、と明るくなる。
「もちろんだ! 宴での演奏は妃の教養として歓迎される。何の楽器を演奏する?」
「すまない、こちらの考えが足りなかった。通常、後宮には少なくとも千人単位の女たちが控えているはずだ。その規模は、昔では一般的には三千人、歴代最多では一万人とも言われている。
後宮に入ったとて、皇帝の手付きになる姫は、ごく僅かだ。中には一目もくれられず、後宮でその生涯を終えた妃もいるという。
つまり、王朝時代で言う四妃。貴妃、淑妃、徳妃、賢妃にあたる可能性は、ありえないほど低い。三千分の四といえば、それがどれほど難しいものか、検討がつく。しかし――今となっては当然その時の対処も考えておくべきだったが――」
イスハークが後を続けた。
「言わば四姫に選ばれるということは、宝くじにあたるようなものと同義なのです。皇帝に相まみえない立場では、選ばれる可能性すらございません。しかし、それでは潜入の意味がないも同然ですので、せめて顔ぐらいは拝見出来るような位を所望したのですが、まさか一足飛びに時期正妃の位を提示されるとは……。申し訳ありません。私の落ち度です。断ることも出来ず……」
「先方は最初からそのつもりだったのだろう。どこかから柚を一目見て気に入った。または藍炎が推薦したのか」
アルは考えても仕方ないと言わんばかりに、手をひらひらと振ってみせる。
しかし、イスハークの表情は変わらなかった。
「それだけではありません。新しく後宮に妃を迎えた祝賀宴が行われるとのこと。その宴で、春夏秋冬の巫女たちが、特技を披露する手筈になっていると聞きました。柚様は――その宴のトリとのことです……」
「何だと?」
「僕が……?」
思わずアルと顔を見合わせる。
「どういうつもりだ。あの男は……」
アルは呆れたように、牀にどさりと身体を凭せ掛ける。
「藍炎の考えるところはわかりません。しかし、宴は一週間後に確実に開かれます。早々に取り掛からねば、間に合いません」
「柚。何か特技はあるか。――イスハーク。披露するものは、何でもいいのか?」
「藍炎が、歌でも踊りでも何でも良いと言っていました。必要な物は取り寄せるとのことです。ですが、残された時間は一週間」
「螢華国にない物を運ぶとなると、練習の時間すらないということか……。どうする、柚」
「特技……かぁ……」
歌や踊りは、それほど得意ではない。
けれど、僕には一つだけ出来ることがあった。
「楽器――でもいいかな?」
アルの顔つきがパア、と明るくなる。
「もちろんだ! 宴での演奏は妃の教養として歓迎される。何の楽器を演奏する?」
24
あなたにおすすめの小説
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
こわがりオメガは溺愛アルファ様と毎日おいかけっこ♡
なお
BL
政略結婚(?)したアルファの旦那様をこわがってるオメガ。
あまり近付かないようにしようと逃げ回っている。発情期も結婚してから来ないし、番になってない。このままじゃ離婚になるかもしれない…。
♡♡♡
恐いけど、きっと旦那様のことは好いてるのかな?なオメガ受けちゃん。ちゃんとアルファ旦那攻め様に甘々どろどろに溺愛されて、たまに垣間見えるアルファの執着も楽しめるように書きたいところだけ書くみたいになるかもしれないのでストーリーは面白くないかもです!!!ごめんなさい!!!
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
オメガ修道院〜破戒の繁殖城〜
トマトふぁ之助
BL
某国の最北端に位置する陸の孤島、エゼキエラ修道院。
そこは迫害を受けやすいオメガ性を持つ修道士を保護するための施設であった。修道士たちは互いに助け合いながら厳しい冬越えを行っていたが、ある夜の訪問者によってその平穏な生活は終焉を迎える。
聖なる家で嬲られる哀れな修道士たち。アルファ性の兵士のみで構成された王家の私設部隊が逃げ場のない極寒の城を蹂躙し尽くしていく。その裏に棲まうものの正体とは。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
【完結】冷酷騎士団長を助けたら口移しでしか薬を飲まなくなりました
ざっしゅ
BL
異世界に転移してから一年、透(トオル)は、ゲームの知識を活かし、薬師としてのんびり暮らしていた。ある日、突然現れた洞窟を覗いてみると、そこにいたのは冷酷と噂される騎士団長・グレイド。毒に侵された彼を透は助けたが、その毒は、キスをしたり体を重ねないと完全に解毒できないらしい。
タイトルに※印がついている話はR描写が含まれています。
怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人
こじらせた処女
BL
幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。
しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。
「風邪をひくことは悪いこと」
社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。
とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?
オメガに転化したアルファ騎士は王の寵愛に戸惑う
hina
BL
国王を護るαの護衛騎士ルカは最近続く体調不良に悩まされていた。
それはビッチングによるものだった。
幼い頃から共に育ってきたαの国王イゼフといつからか身体の関係を持っていたが、それが原因とは思ってもみなかった。
国王から寵愛され戸惑うルカの行方は。
※不定期更新になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる