33 / 143
夏休み
クッキーパーティ
しおりを挟む
「この子は一体どうしたんですの?」
アリシアの家に戻ると、部屋の隅でナタリーが小さく縮こまっていた。
「ナタリーさんはお菓子を焼いている最中もずーっとつまみ食いをしてたので台所から叩き出したです」
ミーナがケラケラ笑いしながらそう言う。
「だって……きれいで……おいしそうで……」
ナタリーは小さい声でそう言い、申し訳なさそうにチラチラと台所の方を見ている。叱られた子供みたいだ。
「ちゃんと火を通す前に食べるとおなか壊しちゃいますからね。ほら、もう焼けますので皆さんも席についてください」
ソフィアさんがテーブルクロスを敷き、てきぱきと人数分の食器を並べる。この部屋中に充満している澄んだ甘い香りを嗅いでいるとナタリーの気持ちもわからなくはない。
「はい!お待たせしましたー!」
アリシアが嬉しそうにテーブルに皿を並べ、お皿の上にはシンプルなクッキーだけでなく、ケーキやドーナツまで所狭しと並んでいる。焼き菓子特有の香ばしい香りが鼻腔をくすぐる。
「では、皆さんどうぞお召し上がりください」
ソフィアさんの声で一斉にお菓子へと手を伸ばす。焼きたてのクッキーは初めて食べたが、ほろほろと口の中に崩れるあたたかな感触と言い、サクサク具合と言い、甘すぎない上品な味といい、とても美味しかった。
「ふぁあぁぁ……っ」
ナタリーは両手につかんだクッキーとドーナツを恍惚の表情で見つめたかとおもったら、すぐに口に放り込み、また恍惚の表情に戻る。
かと思ったら自分がかじった後を覗き見て不思議そうに首を傾げ、再度かじっていた。
「さっきのあの甘かったのにべちゃべちゃしてたのと全然ちがう!なんで?どうして……?」
ぶつぶつと独り言をつぶやきながら一口食べるたびにビクッと肩を震わせていた。
先日生徒会室で食べた時もそうだったが、挙動不審になりながらもお菓子を食べている姿はとても幸せそうだ。普段はあんなにきれいに食事もするのに、ナタリーの前だけぽろぽろとお菓子がこぼれていくのがなんだかとても面白い。
「気に入ってもらえました?」
アリシアがナタリーの顔を覗き込みながらそう聞くと、
「は……はい……え?とても……とても美味しいです……、えっ?」
と上ずった声で、アリシアと手に持っているお菓子を何度も視線を往復させながら返事をする。見事に心ここにあらずといった様相だった。
「よかった!学校の調理器具だとなかなか上手に作れなくって、ちゃんとした焼き菓子を食べてもらいたかったの」
「ナタリーじゃないけど、本当においしいな。俺様もこんなにおいしい焼き菓子を食べるのは初めてかもしれん」
「アリシアさんってばすごかったんですよ?ミーナもお手伝いしましたですけど、ほとんど一人で作っていたです」
「本当に。途中からミーナちゃんと私は食器洗いしてたものね」
みんなに褒められてアリシアは照れたように頭をかいている。
「けふっ……!んんっ!」
「あらあら、ナタリーさん大丈夫ですか?いま代わりのお茶をお出ししますね」
「あ、お母さん。私も手伝うよ」
ソフィアさんとアリシアが席を立ち、お茶を用意し始める。
「もー、そんなにあわてて食べなくても誰もとらないですよ?」
「えへへ……つい……」
「でも本当においしいよね。僕これ好きだ」
そう言いながらセシルがクッキーを一つ手に取る。
「これ、なんていう焼き菓子なんだろう。名前とかあるのかな?」
そう言いながら口の中に放り込み、サクサクという音を部屋の中に響かせた。
「へっへーん。さっきの話じゃねーけどやっぱ俺のほうが知ってることあるみたいだな!これ、ラング・ド・シャって名前のクッキーだぜ?」
得意げにノーランが答えた。
「ラング・ド・シャ……、クッキー?へぇ、初めて聞いたよ。美味しいね。今度うちのメイドにも作ってもらおうかな」
そう言ってセシルがもう一枚ラング・ド・シャに手を伸ばす。
「お前、意外とこういうの詳しいんだな」
マリウスも感心した視線でノーランを見ている。
「意外とはなんだよ、意外とは。世の中魔法だけで全部の優劣が決まると思うなよ?」
ノーランはやれやれと首を振り、ラング・ド・シャを口の中に放り込んだ。
「そうですわ!今度生徒会主催でティーパーティをやりません事?みんなでおいしいお菓子を食べながら楽しくおしゃべりするんですの!」
きっと盛り上がるに決まっている。美味しい料理の前には平民も貴族もみな平等だ。
「お、いいなそれ!やろうぜ!」
イグニスを皮切りにみんなも乗り気だ。次々に面白そうなアイデアが出てくる。中でもナタリーはずっとワクワクが止まらないといった表情だ。
「あら?皆さん何を盛り上がってるんですか?」
アリシアが芳しい紅茶をお盆に載せて、戻ってきた。
「一番アリシアに負担がかかってしまいそうなのですが、いかがでしょうか?」
「私は大歓迎です!あー……でも、私一人だけだと手が回らないので、皆さんも湯煎を覚えてくださいね」
アリシアがそう言うと、一瞬顔を見合わせて、みんなで一斉にぷっと吹き出して笑いだした。
***
「いやー!もう食えねぇ!お腹いっぱいだ!」
「本当に、とっても美味しかったです!」
結局みんなとの会話は途切れることなく、そのまま夕食もご馳走になってしまった。
ソフィアさんの料理は本当に絶品だった。
単に高級や味覚的に美味しいというだけなら先日屋敷で食べた料理の方が美味しかったと思う。
しかし、なんというか家庭的な温かみというか、シンプルながら手の込んだ料理は舌だけではなく心まで満たすものだったし、気心の知れた人とする食事は美味しかった。
「でも、きっと皆さん普段は良いものを食べているでしょうし、お口に合ったかしら?」
「今まで私が食べた高級料理となにも遜色ない程に素晴らしい料理でした。突然の訪問にも関わらず、素晴らしいおもてなしありがとうございます」
こういったところでの対応は流石に慣れているのだろう。イグニスいつもの尊大な態度は欠片も感じさせず、深々と礼をする。
「ふふっ……そんなよそよそしい態度やめてくださいな。ご学友の皆さんとしていた様に普段通りでいいんですよ?」
ソフィアさんは優しくイグニスに微笑みかける。
「じゃあ、そうさせてもらおう」
少し照れたようにイグニスは鼻の頭を搔いた。
アリシアもそうだったが、ソフィアさんも周りの雰囲気を和ませるのがとてもうまかった。
そんな優しい空気に包まれたまま、カチャカチャとキッチンの方から食器を洗う音をBGMに、ゴロゴロと転がり雑談に花を咲かせる。
ナタリーはお菓子の一件からソフィアに気に入られたのか一緒にキッチンに立っていた。
私やアリシアも席を立とうとしたのだが、「ミーナがお手伝いするですー」と先に行ってしまい、その機会を逃してしまった。
「じゃあさ、こういった時の定番の話しよーぜ」
「定番ってなんですの?」
「そりゃ決まってんだろ!コイバナ……は女性陣2人が帰ってからするとして、みんなって何か将来の夢ってあったりするのか?貴族の面々はなんか壮大そうで想像できねーんだけど」
また始まったと苦笑する。まぁ確かに昔図書館で読んだ本の登場人物たちはこうして盛り上がっていたような気もする。
「む?将来……の夢か……?将来……?」
「なんだよ、歯切れわりーな。イグニス、将来の夢とかねーの?」
「魔法でセシルに勝って、レヴィアナに学力で勝って、セレスティアル・アカデミーを首席で卒業だろうな」
イグニスがそういった途端「首席で卒業するのは俺だ」「魔法では負けないよ」と、セシルとマリウスが火花を散らし始めた。
「まぁそれも将来っちゃ将来の夢だけどよ。もっとこう……なんかないのか?もっと将来の、大人になってからしたい事とか」
ノーランが頭を掻きながらそう続けると、イグニスは視線を左上に彷徨わせる。イグニスにしては珍しく、なんだか答えに窮しているようだった。
「確かに……お前に言われるまでそんな事考えたこともなかったな」
「なんか逆にそれはそれでかっけーな……。え、で、アリシアは?」
「私ですか?うーん……私もあんまり考えたことなかったですけど、卒業したらお菓子屋さんを開いてー……、あとは素敵な人と結婚出来たらいいですね」
「でも結婚かぁ……!俺もアリシアのお婿さんとして立候補してるので、いつでも言ってくれよ」
「ふふっ……前向きに検討します」
そんなアリシアの可愛らしい夢にとは別に、これをアリシアに聞きたくてイグニスに話を振ったのが明らかな程の前のめりっぷりが実にノーランらしくて思わず笑いがこぼれる。
「検討かぁ……。で?レヴィアナは?」
「なんかアリシアの時と違って随分雑じゃありません事?」
「まぁ、まぁ、で、なんなんだよ」
何だろう。直近はアリシアを守ること、それで舞踏会を成功させることだ。でも、『将来の夢』では無い気がする。改めて言われると言葉に詰まってしまう。
「ったく……貴族様たちはそんな夢なんて見ないってか?」
そんな私にノーランは呆れた様に肩を落とした。
「そういうあなたは何ですの?」
「俺は、まぁとびっきり可愛い女の子をお嫁さんに迎えてとびっきり幸せな生活を送ることかな!」
「ほんっとうにあなたはぶれませんのね……」
「ま、いいだろ!かわいい子との結婚、立派な生きる目標だぜ」
―――トクン……
ライリーのその言葉を聞いて私の中にくすぶっていた小さな感情が大きくなってきた。
「よっし決めた!ノーランすら持っている将来の目標とやらを俺様が持っていないのはなんだか気に食わん!俺様もこの夏休み中に『将来の夢』を見つけてやる」
「あのなぁ、将来の夢なんてそんな対抗意識で見つけるもんでもないだろ?」
「いや、もう決めた。ぜってぇ見つけてやる」
そうイグニスが宣言したタイミングで丁度良くソフィアさんがお風呂の準備ができたと声をかけてくれた。アリシア発案と言う川の水を上手にせき止めて、火魔法をうまく使った露天風呂は快適だった。女4人でワイワイと入るお風呂は話も弾み、ついつい長風呂になってしまった。
「なんだかぼーっとするです……少し涼んでくるです」
「私もー……」
移動中の疲れや、新しい環境に疲れも溜まっていたのだろう。
ミーナとナタリーは2人は真っ赤になった顔を手で扇ぎながらふらふらとした足取りで風呂場を出て、ひんやりとした川沿いに腰を下ろして涼んでいる。川で冷やされた風が風呂上がりの火照った身体を撫でる。
「ほら、女の子が急に体を冷やしちゃだめですよ」
そう言いながらアリシアは部屋に羽織と飲み物を取りに行ってくれた。
うん、2人はアリシアに任せておけばいいだろう。私はお風呂に浸かりながら固めた決意を形にするために、一歩を踏み出した。
アリシアの家に戻ると、部屋の隅でナタリーが小さく縮こまっていた。
「ナタリーさんはお菓子を焼いている最中もずーっとつまみ食いをしてたので台所から叩き出したです」
ミーナがケラケラ笑いしながらそう言う。
「だって……きれいで……おいしそうで……」
ナタリーは小さい声でそう言い、申し訳なさそうにチラチラと台所の方を見ている。叱られた子供みたいだ。
「ちゃんと火を通す前に食べるとおなか壊しちゃいますからね。ほら、もう焼けますので皆さんも席についてください」
ソフィアさんがテーブルクロスを敷き、てきぱきと人数分の食器を並べる。この部屋中に充満している澄んだ甘い香りを嗅いでいるとナタリーの気持ちもわからなくはない。
「はい!お待たせしましたー!」
アリシアが嬉しそうにテーブルに皿を並べ、お皿の上にはシンプルなクッキーだけでなく、ケーキやドーナツまで所狭しと並んでいる。焼き菓子特有の香ばしい香りが鼻腔をくすぐる。
「では、皆さんどうぞお召し上がりください」
ソフィアさんの声で一斉にお菓子へと手を伸ばす。焼きたてのクッキーは初めて食べたが、ほろほろと口の中に崩れるあたたかな感触と言い、サクサク具合と言い、甘すぎない上品な味といい、とても美味しかった。
「ふぁあぁぁ……っ」
ナタリーは両手につかんだクッキーとドーナツを恍惚の表情で見つめたかとおもったら、すぐに口に放り込み、また恍惚の表情に戻る。
かと思ったら自分がかじった後を覗き見て不思議そうに首を傾げ、再度かじっていた。
「さっきのあの甘かったのにべちゃべちゃしてたのと全然ちがう!なんで?どうして……?」
ぶつぶつと独り言をつぶやきながら一口食べるたびにビクッと肩を震わせていた。
先日生徒会室で食べた時もそうだったが、挙動不審になりながらもお菓子を食べている姿はとても幸せそうだ。普段はあんなにきれいに食事もするのに、ナタリーの前だけぽろぽろとお菓子がこぼれていくのがなんだかとても面白い。
「気に入ってもらえました?」
アリシアがナタリーの顔を覗き込みながらそう聞くと、
「は……はい……え?とても……とても美味しいです……、えっ?」
と上ずった声で、アリシアと手に持っているお菓子を何度も視線を往復させながら返事をする。見事に心ここにあらずといった様相だった。
「よかった!学校の調理器具だとなかなか上手に作れなくって、ちゃんとした焼き菓子を食べてもらいたかったの」
「ナタリーじゃないけど、本当においしいな。俺様もこんなにおいしい焼き菓子を食べるのは初めてかもしれん」
「アリシアさんってばすごかったんですよ?ミーナもお手伝いしましたですけど、ほとんど一人で作っていたです」
「本当に。途中からミーナちゃんと私は食器洗いしてたものね」
みんなに褒められてアリシアは照れたように頭をかいている。
「けふっ……!んんっ!」
「あらあら、ナタリーさん大丈夫ですか?いま代わりのお茶をお出ししますね」
「あ、お母さん。私も手伝うよ」
ソフィアさんとアリシアが席を立ち、お茶を用意し始める。
「もー、そんなにあわてて食べなくても誰もとらないですよ?」
「えへへ……つい……」
「でも本当においしいよね。僕これ好きだ」
そう言いながらセシルがクッキーを一つ手に取る。
「これ、なんていう焼き菓子なんだろう。名前とかあるのかな?」
そう言いながら口の中に放り込み、サクサクという音を部屋の中に響かせた。
「へっへーん。さっきの話じゃねーけどやっぱ俺のほうが知ってることあるみたいだな!これ、ラング・ド・シャって名前のクッキーだぜ?」
得意げにノーランが答えた。
「ラング・ド・シャ……、クッキー?へぇ、初めて聞いたよ。美味しいね。今度うちのメイドにも作ってもらおうかな」
そう言ってセシルがもう一枚ラング・ド・シャに手を伸ばす。
「お前、意外とこういうの詳しいんだな」
マリウスも感心した視線でノーランを見ている。
「意外とはなんだよ、意外とは。世の中魔法だけで全部の優劣が決まると思うなよ?」
ノーランはやれやれと首を振り、ラング・ド・シャを口の中に放り込んだ。
「そうですわ!今度生徒会主催でティーパーティをやりません事?みんなでおいしいお菓子を食べながら楽しくおしゃべりするんですの!」
きっと盛り上がるに決まっている。美味しい料理の前には平民も貴族もみな平等だ。
「お、いいなそれ!やろうぜ!」
イグニスを皮切りにみんなも乗り気だ。次々に面白そうなアイデアが出てくる。中でもナタリーはずっとワクワクが止まらないといった表情だ。
「あら?皆さん何を盛り上がってるんですか?」
アリシアが芳しい紅茶をお盆に載せて、戻ってきた。
「一番アリシアに負担がかかってしまいそうなのですが、いかがでしょうか?」
「私は大歓迎です!あー……でも、私一人だけだと手が回らないので、皆さんも湯煎を覚えてくださいね」
アリシアがそう言うと、一瞬顔を見合わせて、みんなで一斉にぷっと吹き出して笑いだした。
***
「いやー!もう食えねぇ!お腹いっぱいだ!」
「本当に、とっても美味しかったです!」
結局みんなとの会話は途切れることなく、そのまま夕食もご馳走になってしまった。
ソフィアさんの料理は本当に絶品だった。
単に高級や味覚的に美味しいというだけなら先日屋敷で食べた料理の方が美味しかったと思う。
しかし、なんというか家庭的な温かみというか、シンプルながら手の込んだ料理は舌だけではなく心まで満たすものだったし、気心の知れた人とする食事は美味しかった。
「でも、きっと皆さん普段は良いものを食べているでしょうし、お口に合ったかしら?」
「今まで私が食べた高級料理となにも遜色ない程に素晴らしい料理でした。突然の訪問にも関わらず、素晴らしいおもてなしありがとうございます」
こういったところでの対応は流石に慣れているのだろう。イグニスいつもの尊大な態度は欠片も感じさせず、深々と礼をする。
「ふふっ……そんなよそよそしい態度やめてくださいな。ご学友の皆さんとしていた様に普段通りでいいんですよ?」
ソフィアさんは優しくイグニスに微笑みかける。
「じゃあ、そうさせてもらおう」
少し照れたようにイグニスは鼻の頭を搔いた。
アリシアもそうだったが、ソフィアさんも周りの雰囲気を和ませるのがとてもうまかった。
そんな優しい空気に包まれたまま、カチャカチャとキッチンの方から食器を洗う音をBGMに、ゴロゴロと転がり雑談に花を咲かせる。
ナタリーはお菓子の一件からソフィアに気に入られたのか一緒にキッチンに立っていた。
私やアリシアも席を立とうとしたのだが、「ミーナがお手伝いするですー」と先に行ってしまい、その機会を逃してしまった。
「じゃあさ、こういった時の定番の話しよーぜ」
「定番ってなんですの?」
「そりゃ決まってんだろ!コイバナ……は女性陣2人が帰ってからするとして、みんなって何か将来の夢ってあったりするのか?貴族の面々はなんか壮大そうで想像できねーんだけど」
また始まったと苦笑する。まぁ確かに昔図書館で読んだ本の登場人物たちはこうして盛り上がっていたような気もする。
「む?将来……の夢か……?将来……?」
「なんだよ、歯切れわりーな。イグニス、将来の夢とかねーの?」
「魔法でセシルに勝って、レヴィアナに学力で勝って、セレスティアル・アカデミーを首席で卒業だろうな」
イグニスがそういった途端「首席で卒業するのは俺だ」「魔法では負けないよ」と、セシルとマリウスが火花を散らし始めた。
「まぁそれも将来っちゃ将来の夢だけどよ。もっとこう……なんかないのか?もっと将来の、大人になってからしたい事とか」
ノーランが頭を掻きながらそう続けると、イグニスは視線を左上に彷徨わせる。イグニスにしては珍しく、なんだか答えに窮しているようだった。
「確かに……お前に言われるまでそんな事考えたこともなかったな」
「なんか逆にそれはそれでかっけーな……。え、で、アリシアは?」
「私ですか?うーん……私もあんまり考えたことなかったですけど、卒業したらお菓子屋さんを開いてー……、あとは素敵な人と結婚出来たらいいですね」
「でも結婚かぁ……!俺もアリシアのお婿さんとして立候補してるので、いつでも言ってくれよ」
「ふふっ……前向きに検討します」
そんなアリシアの可愛らしい夢にとは別に、これをアリシアに聞きたくてイグニスに話を振ったのが明らかな程の前のめりっぷりが実にノーランらしくて思わず笑いがこぼれる。
「検討かぁ……。で?レヴィアナは?」
「なんかアリシアの時と違って随分雑じゃありません事?」
「まぁ、まぁ、で、なんなんだよ」
何だろう。直近はアリシアを守ること、それで舞踏会を成功させることだ。でも、『将来の夢』では無い気がする。改めて言われると言葉に詰まってしまう。
「ったく……貴族様たちはそんな夢なんて見ないってか?」
そんな私にノーランは呆れた様に肩を落とした。
「そういうあなたは何ですの?」
「俺は、まぁとびっきり可愛い女の子をお嫁さんに迎えてとびっきり幸せな生活を送ることかな!」
「ほんっとうにあなたはぶれませんのね……」
「ま、いいだろ!かわいい子との結婚、立派な生きる目標だぜ」
―――トクン……
ライリーのその言葉を聞いて私の中にくすぶっていた小さな感情が大きくなってきた。
「よっし決めた!ノーランすら持っている将来の目標とやらを俺様が持っていないのはなんだか気に食わん!俺様もこの夏休み中に『将来の夢』を見つけてやる」
「あのなぁ、将来の夢なんてそんな対抗意識で見つけるもんでもないだろ?」
「いや、もう決めた。ぜってぇ見つけてやる」
そうイグニスが宣言したタイミングで丁度良くソフィアさんがお風呂の準備ができたと声をかけてくれた。アリシア発案と言う川の水を上手にせき止めて、火魔法をうまく使った露天風呂は快適だった。女4人でワイワイと入るお風呂は話も弾み、ついつい長風呂になってしまった。
「なんだかぼーっとするです……少し涼んでくるです」
「私もー……」
移動中の疲れや、新しい環境に疲れも溜まっていたのだろう。
ミーナとナタリーは2人は真っ赤になった顔を手で扇ぎながらふらふらとした足取りで風呂場を出て、ひんやりとした川沿いに腰を下ろして涼んでいる。川で冷やされた風が風呂上がりの火照った身体を撫でる。
「ほら、女の子が急に体を冷やしちゃだめですよ」
そう言いながらアリシアは部屋に羽織と飲み物を取りに行ってくれた。
うん、2人はアリシアに任せておけばいいだろう。私はお風呂に浸かりながら固めた決意を形にするために、一歩を踏み出した。
0
あなたにおすすめの小説
【12月末日公開終了】これは裏切りですか?
たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。
だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。
そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
悪役令嬢に成り代わったのに、すでに詰みってどういうことですか!?
ぽんぽこ狸
恋愛
仕事帰りのある日、居眠り運転をしていたトラックにはねられて死んでしまった主人公。次に目を覚ますとなにやら暗くジメジメした場所で、自分に仕えているというヴィンスという男の子と二人きり。
彼から話を聞いているうちに、なぜかその話に既視感を覚えて、確認すると昔読んだことのある児童向けの小説『ララの魔法書!』の世界だった。
その中でも悪役令嬢である、クラリスにどうやら成り代わってしまったらしい。
混乱しつつも話をきていくとすでに原作はクラリスが幽閉されることによって終結しているようで愕然としているさなか、クラリスを見限り原作の主人公であるララとくっついた王子ローレンスが、訪ねてきて━━━━?!
原作のさらに奥深くで動いていた思惑、魔法玉(まほうぎょく)の謎、そして原作の男主人公だった完璧な王子様の本性。そのどれもに翻弄されながら、なんとか生きる一手を見出す、学園ファンタジー!
ローレンスの性格が割とやばめですが、それ以外にもダークな要素強めな主人公と恋愛?をする、キャラが二人ほど、登場します。世界観が殺伐としているので重い描写も多いです。読者さまが色々な意味でドキドキしてくれるような作品を目指して頑張りますので、よろしくお願いいたします。
完結しました!最後の一章分は遂行していた分がたまっていたのと、話が込み合っているので一気に二十万文字ぐらい上げました。きちんと納得できる結末にできたと思います。ありがとうございました。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎
水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。
もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。
振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!!
え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!?
でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!?
と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう!
前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい!
だからこっちに熱い眼差しを送らないで!
答えられないんです!
これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。
または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。
小説家になろうでも投稿してます。
こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。
ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします
未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢
十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう
好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ
傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する
今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる