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テンペトゥス・ノクテム
悩める少女
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「すごいです!できてるじゃないですか!」
旧魔法訓練場でナタリーは驚きの声を上げる。
「いや、ナタリーの教え方がうまいからだ」
ナタリーの嬉しそうな声に照れながらマリウスは答えた。
「そんな事ないですよ。私、師匠に習ってたのに、この氷の花を創るだけで何年もかかったんですから」
そう言いながらナタリーも手のひらから氷の花を創り出す。マリウスの形にそろえたお揃いの花だった。
「いや、俺はまだまだだ。細かい部分の創りも甘いし、形も……」
そう言いながらマリウスは花創りに熱中する。
「私、お役にたてていますか?」
そんなマリウスにナタリーは不安そうに聞いた。
「何を言っているんだ?」
「迷惑……かけていませんか?」
「迷惑?」
マリウスはナタリーの言っている意味がわからず首をかしげる。
「こないだってそうです。レヴィアナさんたちはセオドア先生との課外授業しに行くだけだったのに、私が変に勘違いしてマリウスさんを呼びだしてしまって……。それにレヴィアナさんたちを……」
そこでナタリーは言い澱んで言葉を区切った。そして下を俯いて首を振る。
「それにこの魔法の訓練だって私がいなくてもマリウスさんならなんでもできますし……」
ナタリーは唇を強く噛む。
「ナタリー……前も伝えたが、君はやはり勘違いしているようだ」
マリウスはナタリーに向き直り、じっと目を見る。
「俺は迷惑だと思ったことは無いし、感謝している。そして、何より、俺は『何でもできる天才』ではない」
ナタリーはマリウスの次の言葉をじっと待つ。
そして、一度大きく深呼吸をして、口を開く。
「こんなことを自分でわざわざ言うまでも無いが、まぁ俺も皆に『何でもできる天才』と言われているのは知っている。だが、そんなものではない。もしそんな人物がいるとすれば、それは俺の兄の事だろう」
「お兄さん……?前話してくれたこの学校を首席で卒業したって言う」
ナタリーがそう聞くとマリウスは頷く。
「もしくはセシルだな。あいつの魔法のセンスは図抜けている」
「でも、セシルさんもそうかもしれないですけど、マリウスさんも失敗するのを見たことがありません」
いつもなんでもできて、冷静で、かっこよくて、綺麗な魔法を使う魔法使い……それがナタリーにとってのマリウスだった。
「そうナタリーに言ってもらえるのは嬉しいが、過大評価だ」
マリウスはそう言って笑う。
「確かに俺はみんなの前で失敗したことは無いかもしれない。でも、それは単に出来ることをやっているからだけだ」
出来ることをやっているだけ、そうナタリーは繰り返す。
「そうだ。出来ることだけをやっていれば誰だって失敗などしないだろ?」
マリウスは少しだけ悲しそうに笑った。
その悲しそうな笑顔にナタリーは言葉を詰まらせる。なんとか話を続けようと言葉を探すが、うまい言葉が見つからない。
「そもそも天才も過大評価かもしれないな。俺なんかよりイグニスの方がよっぽど天才だ」
「イグニスさんですか?」
確かにイグニスもすごい魔法使いだ。天才と呼ばれるのも頷ける。
でもマリウスとイグニスとを比較した時にそこまで差があるとも思えない。それに今日も新しい魔法を試そうとして、セオドア先生の魔法を直撃していた。
「あいつはそうだな。『失敗する天才』かもしれない」
「し、失敗ですか?」
「何回失敗しても、何度失敗しても、何度でも立ち上がる。失敗も沢山する。でも、それでもくじけずに前に進んでいく。そして最後には俺の手が届かないところに到達してしまう」
「……」
ナタリーは言葉も出せず、ただマリウスの話を聞いていた。
「俺は違う」
ナタリーは黙って次の言葉を待つ。
「俺は『できない』で躓いた人間だ」
「……え?」
「『できない』ことが怖かった。『できない』ことが悔しかった。だから、俺は『できない』ことを避け、出来る事だけをやってきた」
そう言ってマリウスは自嘲気味に笑う。
初めて見せるマリウスの表情にナタリーはどう反応していいかわからない。そうでないと言いたかったけど、声が出てこない。
「ふ、そんな顔をするな。そんな俺でもようやく変われそうなんだ」
そう言いながらまたマリウスは氷の花を創り出す。
創り出された氷の花はマリウスの手のひらの上でキラキラと輝いている。
「そんなイグニスに作戦で勝ったのがナタリー、君なんだ」
そう言ってマリウスはナタリーの方を振り返る。
「もし俺が氷魔法なんて言うこんな出来ないことに挑戦していると、学園に入る前の俺が知ったら驚くだろうな」
「あの……えっと……」
「だから、迷惑という事は無いし、こうして氷魔法が使えるようになったのもナタリーのおかげだ」
使えると言っても、まだこうして花を創るだけだがなと続けてマリウスは笑う。
「俺の方こそ迷惑でなければ、こうして俺に氷魔法を教えてくれ」
「迷惑だなんてとんでもないです!」
ナタリーは思いっきり首を振る。
「私、マリウスさんの役にたっていますか?」
「あぁ、もちろんだ。ありがとう」
ナタリーがじっとマリウスの顔を見つめる。
どうしてこの人はこんなにまっすぐなのだろう。
自分にはないものをたくさん持っている。そんなマリウスにナタリーはどんどん惹かれていくのだった。
***
「はぁ……」
ナタリーはマリウスとの訓練を終え、寮の机で一人ため息をこぼす。
当然今日のマリウスと旧訓練場の会話が原因だ。
いつものようにリボンとイヤリングを弄りながら考える。いつしかこうして一人考え事をするときに癖の様になってしまっていた。リボンの収集癖は無かったが、あれからもう一つリボンの仲間も増えている。
(マリウスさんは優しいですね)
きっとあんな風に言ってくれたのも、全部が嘘という訳も無いだろうが、私の事を思ってのものだろう。
(私はマリウスさんに迷惑しかかけてないですよね……)
あんなことを言ったら優しいマリウスならああしてなぐさめてくれるに決まっている。「そんなことない」とだけ言ってほしくて話した言葉だ。
自分自身が小さく矮小なモノに思えてしまう。
(でも氷魔法の訓練はマリウスさんから言ってくれましたし……。でもそれもこの学園に私以外の氷魔法の使い手が居ないからですよね)
考え始めると、「でも、でも」とどんどんネガティブな方向へと流れてしまう。ナタリーは頭を振って思考をリセットしようとするが、最近はそれにも失敗し続けている。
あの氷の花、マリウスはまだこれしかできないと言ってたが、形も精度も日に日に良くなっている。もう後は指向性を持たせるだけですぐに実践で使えるレベルになるだろう。
私がいなくても、きっとマリウスは1人でどんどん先に行ってしまうと思う。
「はぁ……」
またため息がこぼれる。初めて私を頼ってくれたマリウスの役に立ちたい。彼の隣に立ちたい。でも、今のままの私はその願いを叶えられるのだろうか……。
きっと優しいマリウスに頼んだら私を氷魔法の訓練につき合わせてくれるだろう。
わがままを言い私にも水魔法を教えてくれと言ったらもっと長い間一緒にいられるだろう。
でもだから何だというのだろうか、自分は彼に何を求めているんだろう。私は彼とどうしたいんだろう……。
「ねぇ、どうすればいいと思いますか?」
こうしてリボンに向かって、そしてイヤリングに向かって話しかけるのもいつしか日常になっている。
当然返事なかった。
「卒業して、それでも一緒に居たいってわがままを言って……」
そこまで声に出して、そのバカバカしさにナタリーは自嘲気味に笑った。
(そんなわがままが許される関係では無いでしょう……)
彼の家は貴族の中でも名門のウェーブクレスト家で、マリウスもまた将来有望な魔法使いだ。一方私は貴族なのか平民なのかも分からない、師匠に拾われただけの出自も家系も不明の人間だ。身分違いの恋ですらない。
「ねぇ、どうすればいいと思いますか?私、何をすればいいんでしょうね?ねぇ、ミーナ?」
そうリボンに自然に話しかけたところでナタリーは我に返る。
「……あれ……?ミーナって……?」
そうだ。私はリボンになんて話しかけていない。今私が話していたのは……
ハッと顔を上げて辺りを見渡すが、当然部屋には誰もいない。
今までこのリボンに対して何度か独り言を言ってしまうこともあったが、誰かと話をしていたように感じるのは初めてだった。
(気のせい……?でも今私ミーナって……)
やけに口に馴染んでいた言葉だった。「ミーナ、ミーナさん」と繰り返すとなんだかやけにしっくりきた。
(疲れてるんでしょうかね……)
しかしこのままこの件について考えるのは怖い気がする。
最近こういった得体の知れない恐怖を感じたり、幻覚を見ることが増えた。
それで先日とうとうレヴィアナを攻撃する情景すら見てしまった。そんなことするはずが無いのに、やけに鮮明で、まるで本当に体験したことのように記憶に残っている。
(早く寝ちゃいましょう……)
ナタリーは布団に潜り込み、逃げるように眠りについたのだった。
旧魔法訓練場でナタリーは驚きの声を上げる。
「いや、ナタリーの教え方がうまいからだ」
ナタリーの嬉しそうな声に照れながらマリウスは答えた。
「そんな事ないですよ。私、師匠に習ってたのに、この氷の花を創るだけで何年もかかったんですから」
そう言いながらナタリーも手のひらから氷の花を創り出す。マリウスの形にそろえたお揃いの花だった。
「いや、俺はまだまだだ。細かい部分の創りも甘いし、形も……」
そう言いながらマリウスは花創りに熱中する。
「私、お役にたてていますか?」
そんなマリウスにナタリーは不安そうに聞いた。
「何を言っているんだ?」
「迷惑……かけていませんか?」
「迷惑?」
マリウスはナタリーの言っている意味がわからず首をかしげる。
「こないだってそうです。レヴィアナさんたちはセオドア先生との課外授業しに行くだけだったのに、私が変に勘違いしてマリウスさんを呼びだしてしまって……。それにレヴィアナさんたちを……」
そこでナタリーは言い澱んで言葉を区切った。そして下を俯いて首を振る。
「それにこの魔法の訓練だって私がいなくてもマリウスさんならなんでもできますし……」
ナタリーは唇を強く噛む。
「ナタリー……前も伝えたが、君はやはり勘違いしているようだ」
マリウスはナタリーに向き直り、じっと目を見る。
「俺は迷惑だと思ったことは無いし、感謝している。そして、何より、俺は『何でもできる天才』ではない」
ナタリーはマリウスの次の言葉をじっと待つ。
そして、一度大きく深呼吸をして、口を開く。
「こんなことを自分でわざわざ言うまでも無いが、まぁ俺も皆に『何でもできる天才』と言われているのは知っている。だが、そんなものではない。もしそんな人物がいるとすれば、それは俺の兄の事だろう」
「お兄さん……?前話してくれたこの学校を首席で卒業したって言う」
ナタリーがそう聞くとマリウスは頷く。
「もしくはセシルだな。あいつの魔法のセンスは図抜けている」
「でも、セシルさんもそうかもしれないですけど、マリウスさんも失敗するのを見たことがありません」
いつもなんでもできて、冷静で、かっこよくて、綺麗な魔法を使う魔法使い……それがナタリーにとってのマリウスだった。
「そうナタリーに言ってもらえるのは嬉しいが、過大評価だ」
マリウスはそう言って笑う。
「確かに俺はみんなの前で失敗したことは無いかもしれない。でも、それは単に出来ることをやっているからだけだ」
出来ることをやっているだけ、そうナタリーは繰り返す。
「そうだ。出来ることだけをやっていれば誰だって失敗などしないだろ?」
マリウスは少しだけ悲しそうに笑った。
その悲しそうな笑顔にナタリーは言葉を詰まらせる。なんとか話を続けようと言葉を探すが、うまい言葉が見つからない。
「そもそも天才も過大評価かもしれないな。俺なんかよりイグニスの方がよっぽど天才だ」
「イグニスさんですか?」
確かにイグニスもすごい魔法使いだ。天才と呼ばれるのも頷ける。
でもマリウスとイグニスとを比較した時にそこまで差があるとも思えない。それに今日も新しい魔法を試そうとして、セオドア先生の魔法を直撃していた。
「あいつはそうだな。『失敗する天才』かもしれない」
「し、失敗ですか?」
「何回失敗しても、何度失敗しても、何度でも立ち上がる。失敗も沢山する。でも、それでもくじけずに前に進んでいく。そして最後には俺の手が届かないところに到達してしまう」
「……」
ナタリーは言葉も出せず、ただマリウスの話を聞いていた。
「俺は違う」
ナタリーは黙って次の言葉を待つ。
「俺は『できない』で躓いた人間だ」
「……え?」
「『できない』ことが怖かった。『できない』ことが悔しかった。だから、俺は『できない』ことを避け、出来る事だけをやってきた」
そう言ってマリウスは自嘲気味に笑う。
初めて見せるマリウスの表情にナタリーはどう反応していいかわからない。そうでないと言いたかったけど、声が出てこない。
「ふ、そんな顔をするな。そんな俺でもようやく変われそうなんだ」
そう言いながらまたマリウスは氷の花を創り出す。
創り出された氷の花はマリウスの手のひらの上でキラキラと輝いている。
「そんなイグニスに作戦で勝ったのがナタリー、君なんだ」
そう言ってマリウスはナタリーの方を振り返る。
「もし俺が氷魔法なんて言うこんな出来ないことに挑戦していると、学園に入る前の俺が知ったら驚くだろうな」
「あの……えっと……」
「だから、迷惑という事は無いし、こうして氷魔法が使えるようになったのもナタリーのおかげだ」
使えると言っても、まだこうして花を創るだけだがなと続けてマリウスは笑う。
「俺の方こそ迷惑でなければ、こうして俺に氷魔法を教えてくれ」
「迷惑だなんてとんでもないです!」
ナタリーは思いっきり首を振る。
「私、マリウスさんの役にたっていますか?」
「あぁ、もちろんだ。ありがとう」
ナタリーがじっとマリウスの顔を見つめる。
どうしてこの人はこんなにまっすぐなのだろう。
自分にはないものをたくさん持っている。そんなマリウスにナタリーはどんどん惹かれていくのだった。
***
「はぁ……」
ナタリーはマリウスとの訓練を終え、寮の机で一人ため息をこぼす。
当然今日のマリウスと旧訓練場の会話が原因だ。
いつものようにリボンとイヤリングを弄りながら考える。いつしかこうして一人考え事をするときに癖の様になってしまっていた。リボンの収集癖は無かったが、あれからもう一つリボンの仲間も増えている。
(マリウスさんは優しいですね)
きっとあんな風に言ってくれたのも、全部が嘘という訳も無いだろうが、私の事を思ってのものだろう。
(私はマリウスさんに迷惑しかかけてないですよね……)
あんなことを言ったら優しいマリウスならああしてなぐさめてくれるに決まっている。「そんなことない」とだけ言ってほしくて話した言葉だ。
自分自身が小さく矮小なモノに思えてしまう。
(でも氷魔法の訓練はマリウスさんから言ってくれましたし……。でもそれもこの学園に私以外の氷魔法の使い手が居ないからですよね)
考え始めると、「でも、でも」とどんどんネガティブな方向へと流れてしまう。ナタリーは頭を振って思考をリセットしようとするが、最近はそれにも失敗し続けている。
あの氷の花、マリウスはまだこれしかできないと言ってたが、形も精度も日に日に良くなっている。もう後は指向性を持たせるだけですぐに実践で使えるレベルになるだろう。
私がいなくても、きっとマリウスは1人でどんどん先に行ってしまうと思う。
「はぁ……」
またため息がこぼれる。初めて私を頼ってくれたマリウスの役に立ちたい。彼の隣に立ちたい。でも、今のままの私はその願いを叶えられるのだろうか……。
きっと優しいマリウスに頼んだら私を氷魔法の訓練につき合わせてくれるだろう。
わがままを言い私にも水魔法を教えてくれと言ったらもっと長い間一緒にいられるだろう。
でもだから何だというのだろうか、自分は彼に何を求めているんだろう。私は彼とどうしたいんだろう……。
「ねぇ、どうすればいいと思いますか?」
こうしてリボンに向かって、そしてイヤリングに向かって話しかけるのもいつしか日常になっている。
当然返事なかった。
「卒業して、それでも一緒に居たいってわがままを言って……」
そこまで声に出して、そのバカバカしさにナタリーは自嘲気味に笑った。
(そんなわがままが許される関係では無いでしょう……)
彼の家は貴族の中でも名門のウェーブクレスト家で、マリウスもまた将来有望な魔法使いだ。一方私は貴族なのか平民なのかも分からない、師匠に拾われただけの出自も家系も不明の人間だ。身分違いの恋ですらない。
「ねぇ、どうすればいいと思いますか?私、何をすればいいんでしょうね?ねぇ、ミーナ?」
そうリボンに自然に話しかけたところでナタリーは我に返る。
「……あれ……?ミーナって……?」
そうだ。私はリボンになんて話しかけていない。今私が話していたのは……
ハッと顔を上げて辺りを見渡すが、当然部屋には誰もいない。
今までこのリボンに対して何度か独り言を言ってしまうこともあったが、誰かと話をしていたように感じるのは初めてだった。
(気のせい……?でも今私ミーナって……)
やけに口に馴染んでいた言葉だった。「ミーナ、ミーナさん」と繰り返すとなんだかやけにしっくりきた。
(疲れてるんでしょうかね……)
しかしこのままこの件について考えるのは怖い気がする。
最近こういった得体の知れない恐怖を感じたり、幻覚を見ることが増えた。
それで先日とうとうレヴィアナを攻撃する情景すら見てしまった。そんなことするはずが無いのに、やけに鮮明で、まるで本当に体験したことのように記憶に残っている。
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