悪役令嬢になった私は卒業式の先を歩きたい。――『私』が悪役令嬢になった理由――

唯野晶

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舞踏会

月夜のダンス

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舞踏会の華やかな光と音楽が満ち溢れる大広間、周りを見るとみんな楽しそうにパートナーと一緒にダンスを踊ってる。
でもとてもそんな周りの様子を見ている余裕はなく、イグニスに導かれ、必死にステップを刻みながら、ほかの人のドレスを踏んでしまわないよう、目を回さないようにするのが精一杯だった。

「ねぇ、私変じゃないかな?ちゃんと踊れてる?」

イグニスの顔を見ると、ふっと優しく微笑み、耳元で「ちょっと外いこーぜ」と囁かれた。

「え?ちょっと……!」

そのまま昨日と同じようにどんどんと先へ進んでいく。昨日と違うのは私の手をしっかりと握り、時折こちらを向いてほほ笑んでくれることだった。
手はしっかりと繋がれていて、放してくれる気もなさそうだ。

(あぁ、もう……何なのよ全く……)

思わず顔が熱くなってしまうのが分かる。そのままボール・ルームからの喧騒から抜け出し、月明かりに照らされた小さな庭園までやってきた。
何度か来たことのある庭園だったのに、足を踏み入れるとまるで異世界に来たかのような不思議な感覚を覚えた。

「ここならもっと自由に踊れるだろ?」

イグニスがこちらを見て笑いかけてくる。その笑顔を見て思わず胸がきゅうっと締め付けられた。

「えぇ……そうね!」

さっきのダンスの緊張も吹き飛び、気が付くと自然と体が動いていた。
イグニスのリードが上手いのか、それとも私も慣れてきたのか分からないけど、まるで生まれたときから一緒にいるかのように踊ることができた。
月明かりに照らされた庭園でゆっくりとステップを踏む。周りの静けさも相まって、この世界に私とイグニスだけが取り残されたような感覚に陥る。

楽しくて仕方がない。自然と笑みがこぼれてくる。

「なぁ……、お前に言わなきゃいけないことがあるんだ」

一通り踊り終わったところでイグニスが私の前に立った。
まっすぐ私を見つめる視線が痛かったけど私もまっすぐにイグニスを見つめ返す。

「何かしら」
「昨日は変にはぐらかしちまって悪かった」

月明かりに照らされたイグニスの顔は赤く染まっていたけど、その目は真剣そのもので私をまっすぐ見つめていた。
心臓の音がどんどんと大きくなるのが自分でも分かる。

「俺様は……お前が好きだ」

思わず息が詰まる。足が震え、地面の感覚がふわりとなくなる。
イグニスはそんな私を知ってか知らずかそのまま続ける。

「アリシアも好きだしナタリーも好きだ。ガレンやマリウス、セシルだって好きだ。でも……」

そこで一度言葉を区切ると、一度大きく深呼吸をした。
静寂の中、風の音と自分の心臓の音がやけに大きく聞こえる。
この音がイグニスに聞こえていませんように。

少しの沈黙の後イグニスが言葉を続けた。

「でもお前だけは何かが違うんだ。何つーか、うまく言えねーけど。卒業しても、何をしても、ずっとお前と一緒に居たい」

いつもの強気な態度とは違い、恥ずかしそうにしながらイグニスは言葉をつづけた。

「正直、今まで恋だのなんだのはしたことがなかった。考えた事すらなかった。俺様はずっと強くなることだけを考えていて……でもお前と出会ってからその……」

そこで一度言葉を区切ると、イグニスは改めてまっすぐと私を見つめてきた。
そして意を決したように口を開く。

「お前と人生を共にしたい」

その言葉を聞いた瞬間、目から涙がこぼれたのが分かった。

「え?あ!わ、悪い!」
「ち、違うの……これは違くて……」

涙をぬぐいながら慌てて否定する。
でも涙はどんどん溢れてくる。このままだとまともに喋れないかもしれない。

「あーもー!バカ!!」

声に出すのは諦めて、そのままイグニスの胸に思わず飛び込んだ。
イグニスの体は大きく強張っていたけど、しばらくして私の背中に手を回すとそっと抱きしめてくれた。
その温かさに安心してさらに涙が溢れてくるのが分かる。
しばらくイグニスの胸で泣いていたけど、やがてゆっくりと体を離す。

「もう……どうしてくれるのよ」

涙でぐしゃぐしゃになった顔のまま、イグニスをにらみつける。でもそんな私の様子を見てイグニスは嬉しそうに笑っただけだった。

「俺はそんなお前も大好きだ」

そんなイグニスの笑顔に思わず顔が赤くなるのが分かる。

「あ、あーもー!ほんとに!」

もうどうしたらこの気持ちを伝えられるのか分からない。だからそのままイグニスの首に腕を回してぎゅっと抱きしめた。
どのくらい時間がたったのだろうか?すっかり涙も引っ込んでしまった私が腕の力を抜こうとするとイグニスが私を抱きしめたまま言った。

「なぁ……返事聞かせてくれねーか?」

そんな不安げなイグニスの顔を見ていると自然と笑みがこぼれてくる。

「そんなの決まってるでしょ?」

そっとイグニスの顔を持ち上げると、その唇に軽くキスをした。

「私もあなたのことが大好きよ」

いつしか友人が教えてくれたように、甘酸っぱい味がした。

---

「―――――くしゅんっ」

ついつい妄想が膨らんでしまい、夜風で体が冷えてしまった。

(さすがにそろそろ戻らないとみんなに変な心配かけちゃうわよね?)

一度大きく伸びをすると、ボール・ルームの喧騒に交じりに向かうことにした。

「うぅ……寒いですわ……」

体をさすりながらボール・ルームに戻ると会場がざわついていた。なんだか様子がおかしい。
今頃みんなで舞踏会実行委員の音楽に合わせて踊っているはずなのに、みんな困惑した表情を浮かべている。

イグニスの姿を探すが見当たらなかった。入り口付近でおろおろしているナタリーに駆け寄り声をかける。

「ねぇ、どうしたの?何かあったの?マリウスとは踊れた?」

ナタリーは私を見つけると安堵したように駆け寄って来た。

「あ、レヴィアナさん……それが……」

そこで一度言葉を区切ると、困ったような視線でボール・ルームの人だかりの奥を視線で指し示した。
そこにはびしょぬれになったアリシアが呆然と立ち尽くしていた。


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