悪役令嬢になった私は卒業式の先を歩きたい。――『私』が悪役令嬢になった理由――

唯野晶

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悲しみの向こう側

涙の後に残っていたもの_2

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八つ当たりをした私を叱りに来たのだろうか。

「急に飛び出していかれたので心配になって追いかけてきました」
「なんで……。別に放っておけばいいじゃない」

ナタリーから顔を背け吐き捨てる様にそう答えたが、それでも彼女は私の傍を離れない。

「放ってなんかおけませんよ!私はレヴィアナさんの友達ですから!」
「私はナタリーが思ってるほどいい人間じゃないわよ」
「そんなことありません!」

ナタリーが私の腕をぎゅっとつかんだ。

「レヴィアナさんは優しい人です。私のことも救ってくれました」
「だったら……だったら!なんでお父様は死んだの!?イグニスも!みんないなくなっちゃうのよ!!もうどうしようもないじゃない!!」

つい、大声を出してしまった。八つ当たりもいいところだ。こんなことナタリーに言っても仕方ないのに。
そんな私を見て、それでもナタリーは真剣なまなざしを私に向けながら優しく話しかける。

「教えてください」

ナタリーは私の目を真っすぐに見つめてきた。

「何を、よ」

ナタリーはそのまま一呼吸おいて言葉をつづけた。

「全部です。レヴィアナさんが知ってる全部」

ナタリーは私の腕を離さず真剣にこちらを見つめていた。

「全部教えてください。それでもわかるか分かりませんが、それでも今よりはレヴィアナさんのことがわかるはずです」
「……話したって、どうにもならないわ」
「それは聞いてから私が判断します。だから話してください」
「ナタリーこそナタリーらしくないわね。こんな風にナタリーから掴んだの初めてじゃない?」
「そうかもしれませんね。でも、きっと『ミーナさん』ならこうしたと思います。私はナタリー・『スカイメロディー』ですから」

そう言ってナタリーは優しく微笑んだ。

「……話したくないと言ったら?」
「無理やりでも話してもらいます。きっとレヴィアナさんから聞いた『ミーナさん』ならきっとそうするはずです」
「…………」
「一人はつらいです。一人はよくありません。私が一人で居た時、私を無理やり助けたのはレヴィアナさん、あなたです」

ナタリーの真っすぐなまなざしが私を見つめている。

「私に一方的に構ってきたレヴィアナさんを鬱陶しく感じたこともありました。なんで終わらせてくれなかったんだろうと恨みました。攻撃もしました。でも、今は感謝してます。本当に感謝しています」

そこで一呼吸置いた。

「だから今度は、たとえ無理やりでも、私がレヴィアナさんを勝手に助けます」

ナタリーの手は固く結ばれ、私には振りほどくことはできそうになかった。

「何もできないかもしれません。でも、何かしたいんです。私を助けてくれたレヴィアナさんに恩返しがしたいんです」

そう言ってナタリーは優しく微笑んだ。
何かが切れた。そして気が付けば、涙が頬を伝っていた。

「私……何もできなかったのよ」

ナタリーの手が私から離れ、私の背中へと回る。そしてナタリーはそのまま優しく私を抱きしめてきた。

「私なりに頑張ったの。みんなで楽しく過ごせるようにって。でも、全部無駄だったの。全部、全部、全部……私のせいだったのよ」

ナタリーは何も言わずに、ただ私をぎゅっと抱きしめてくれた。

「なんでよ!私は一生懸命やった!!それなのにどうしてこんなことになるの!?イグニスもお父様もいなくなっちゃった!!」
「はい」

ナタリーは私の背中をなでながら優しく相槌を打つ。

「私何も悪いことしてないのに!!」
「はい」
「私は頑張ったのに!!」
「はい」
「こんな風にしたかったわけじゃないのに!!」
「はい」
「私はただ、みんなで楽しく過ごしたかっただけなのに!!」
「はい」
「私……もっと、もっとお父様の事、アルドリックと話したかった。レヴィアナとしてじゃなくて、私として」
「はい」
「イグニスとも、もっと話したかった、遊びたかった、知りたかった。だってあいつ私の事、私の事好きって……一緒に踊ろうって……!」
「はい」
「もっと、もっと、もっと、知りたかった。でも、もうできないの。私に勇気がなかったから」

そんな私の背中をナタリーはずっとなで続けてくれた。
どのくらい時間が経っただろう?私はしばらく泣き続け、涙も枯れたころになってようやく話せるくらいには落ち着いていた。

「……ありがとう」

ナタリーの胸から顔を離し、何とかそれだけを絞り出した。

「でも、ごめんなさい。まだ少しだけ、勇気がないの。本当にごめんなさい」
「いいですよ。ゆっくり、レヴィアナさんが話したいとき、ゆっくり話してください」

ナタリーはそのまま私を優しく抱きしめてくれていた。

「ごめんなさい……ありがとう……」

それっきりしばらく私たちは何も言葉を交わすことはなく、ただナタリーに抱きしめられたままだった。
ナタリーの心臓の音が聞こえる。私の心臓の音も、きっと聞こえているんだろう。
どくんどくんと、二人分の心臓の音が静かに聞こえてくる。
それは心地よくて、暖かくて、そして優しかった。
ナタリーの胸の中で私はしばらく何も考えずに、ただその鼓動に身を任せていた。

「―――――――あーーー、ごほん」

廊下の曲がり角からそんな明らかな咳払いが聞こえた。



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