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31.ゲームを開始する
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あれから七時間と丸一日後。つまりは週が切り替わる日曜真夜中、の少し手前。
夜の校庭に僕らは、巳寅さんを挟んで向かい合う。
三人と二人と一人。それがこの場所に集っている人の形をした生き物の数。
「条件の確認を行う」
一人側の巳寅さんが、出来の悪い脚本を読み上げるような不機嫌さのまま、粛々と手続きを済ませていく。
「『普通部』が勝利すれば、」
ちなみに、こちらは浮月さんと僕の二人。向こうは白地さんと砂音と皆葉くんの三人。
他、敵側の総勢約八十名はすでに校舎の内側でそれぞれの配置に付いているのだとか。
「『影血鬼』は現状を越える規模の『影化』拡大を行わない」
先日の話し合いから幾度かの調整を挟んで定まった勝負の集合時刻はついさっき、深夜も近い午後十一時半。
『影血鬼』側の関係者を除く校舎内の人払いは済んでいて、僕らの周囲には不自然なほどの静寂が舞い降りる。
「『影血鬼』が勝利すれば、」
校庭脇の林を蠢く生き物の息遣い。丘下から県外へと伸びる幹線道路の、孤独に耐えかねたような軋み。
「『普通部』は今後『影血鬼』及びその影響下の人間に手出しをしない」
星を薄く塗りつぶす夜雲の隙間で、中途半端な明るさの月が紫色に溶ける。
途端、現実感を見失いかけていた誰かが小さく息を飲んだ。
中心の男が静かに瞼を開き、しかしその瞳は誰を見ることもない。
ただ、囁いた。
「合意の証として盃に血を注ぎ、遵守を誓え」
巳寅さんが差し出した鈍色の器の底には二つの小さな石が沈んでいた。
その上に、浮月さんと砂音がそれぞれに指を噛み切って血を垂らした。
「第一の誓いが済んだところで、ルールの説明を行う」
巳寅さんが気怠げに石を拾い上げる。その表面にはすでに彼女らの血の跡なんて微塵もなく、代わりに心なしか仄赤く発光しかけていた。
「君らの血を啜り上げたこの勾玉を使う。先に相手の勾玉を破壊した側が勝利し、隠すのは禁止だ。必ず誰かが所持しなくてはならない。
ただし持たないという選択肢もある」
と巳寅さんは石を転がすように器に戻して、甲高い音が小さく木霊する。
「この勾玉は特殊な素材でできていて、生物に寄生する。君らが呑み込んだ場合、その宿主を殺すまで勾玉は破壊されない」
「なら、」と浮月さんが口を挟む。「呑んだ方が有利ってことですね」
「君らの場合はそうだろうな」
と皮肉っぽく返されて、浮月さんは視線を対面へと向けた。
確かにこちら側なら、呑み込んでしまった方が浮月さんの過剰再生を利用して有利に持ち込める。一方、向こう側は同じ不死性にしても『何度でも死ねる』という特性である以上、呑んでしまうより携帯している方が壊されない可能性は高いだろう。
というよりむしろ。
「こちらからしてみれば、向こうの誰が勾玉を持っているかわからないという駆け引きになるわけですね」
向こうの戦力は二クラス分の約八十人。
一人ずつの戦力は人間並みでも、この校舎すべてを舞台にすれば全員を殺し切るのは難しいものになる。
必然、僕らは的を絞って殺す必要があり、なおかつ死体の持ち物検査までをこなす必要がある。
ならば向こうには、逃げ回ったり真っ向から戦うよりも遥かに効率のいい守備方法がある。
即ち。
「こっちは隠れんぼってことだよね」
砂音が面白がるような声で尋ねた。
「良いんじゃないかな。どんな無理ゲーが出てくるかと覚悟してたけど、ちょうどいい塩梅だと思うよ」
互いの代表者が少し話し合いをして、『普通部』側が七分待ってからゲームを始める、校舎を壊さない、建物外には出ないなどの細部を詰めていった。
「建物外って?」と、口を挟む僕。
「渡り廊下含めて、屋根の下じゃないの?」と、白地さん。
「壁にしがみつくのは」と、僕を見ながらの妹。
「ありです」と、やはり僕を見ながらの浮月さん。
……。いや、やればできるけどさ。そのつもりで質問したけどさ。
僕が少し思うところあって黙り込んでしまった目の前で、女子三人は議題を進める。
その輪に加わらず、少し離れたところから見守る皆葉くんと目が合って苦笑いを交わす。
なお、この点に関しては更に詳細が詰められて結局、校舎の外側にある地面、樹木に触れないという決まりに。
「中庭の地面は」と、僕を見ながらの妹。
「なしです」と、やはり僕を見ながらの浮月さん。
流石に宙は飛べないと口を挟みかけたけれど。
「……」
飛ばすことならできそうだなと思い直して、黙っておいた。
この他にも三人は細かく試合設定を定めていたらしいけれど、大して意味があるとは思えないルールだったので割愛。
というかよく考えてみたら、うちの校舎に中庭なんてないし。
さて、ようやくフィールド範囲の設定が終わって。
「タイムリミットはどうなの?」
なんて今更なことを白地さんが尋ねる。
巳寅さんは相変わらずの退屈を滲ませて「夜明けだ」、と。
つまるところ、このゲームは深夜ちょうどから陽の当たらない時間帯のみを範囲として行われるということらしい。
約六時間といったところ。
「今夜中に決着がつかなかった時はいかがします?」
「その場合は明日の真夜中、再びゲームを始める。これも夜明けまでが制限で、以降は繰り返しだ」
今夜の開始も深夜零時と決められていた。時計を見れば、その時刻まで残り五分もない。
「両サイドともそのルールで同意するならば遵守の誓いを」
渡される親指サイズの藁人形に、僕と皆葉くんは髪の毛を埋め込む。
それから人形を交換して、巳寅さんの貸してくれたライターで各々焼いた。
肉の焦げる匂いがした。
「最後に俺が誓おう。賭けの公平なる遂行と、契約の完全なる履行を」
彼は手のひらにナイフの刃を押し当て、自身の血を人形の灰に注いだ。
踏みしだく。
「ゲームを開始する」
夜の校庭に僕らは、巳寅さんを挟んで向かい合う。
三人と二人と一人。それがこの場所に集っている人の形をした生き物の数。
「条件の確認を行う」
一人側の巳寅さんが、出来の悪い脚本を読み上げるような不機嫌さのまま、粛々と手続きを済ませていく。
「『普通部』が勝利すれば、」
ちなみに、こちらは浮月さんと僕の二人。向こうは白地さんと砂音と皆葉くんの三人。
他、敵側の総勢約八十名はすでに校舎の内側でそれぞれの配置に付いているのだとか。
「『影血鬼』は現状を越える規模の『影化』拡大を行わない」
先日の話し合いから幾度かの調整を挟んで定まった勝負の集合時刻はついさっき、深夜も近い午後十一時半。
『影血鬼』側の関係者を除く校舎内の人払いは済んでいて、僕らの周囲には不自然なほどの静寂が舞い降りる。
「『影血鬼』が勝利すれば、」
校庭脇の林を蠢く生き物の息遣い。丘下から県外へと伸びる幹線道路の、孤独に耐えかねたような軋み。
「『普通部』は今後『影血鬼』及びその影響下の人間に手出しをしない」
星を薄く塗りつぶす夜雲の隙間で、中途半端な明るさの月が紫色に溶ける。
途端、現実感を見失いかけていた誰かが小さく息を飲んだ。
中心の男が静かに瞼を開き、しかしその瞳は誰を見ることもない。
ただ、囁いた。
「合意の証として盃に血を注ぎ、遵守を誓え」
巳寅さんが差し出した鈍色の器の底には二つの小さな石が沈んでいた。
その上に、浮月さんと砂音がそれぞれに指を噛み切って血を垂らした。
「第一の誓いが済んだところで、ルールの説明を行う」
巳寅さんが気怠げに石を拾い上げる。その表面にはすでに彼女らの血の跡なんて微塵もなく、代わりに心なしか仄赤く発光しかけていた。
「君らの血を啜り上げたこの勾玉を使う。先に相手の勾玉を破壊した側が勝利し、隠すのは禁止だ。必ず誰かが所持しなくてはならない。
ただし持たないという選択肢もある」
と巳寅さんは石を転がすように器に戻して、甲高い音が小さく木霊する。
「この勾玉は特殊な素材でできていて、生物に寄生する。君らが呑み込んだ場合、その宿主を殺すまで勾玉は破壊されない」
「なら、」と浮月さんが口を挟む。「呑んだ方が有利ってことですね」
「君らの場合はそうだろうな」
と皮肉っぽく返されて、浮月さんは視線を対面へと向けた。
確かにこちら側なら、呑み込んでしまった方が浮月さんの過剰再生を利用して有利に持ち込める。一方、向こう側は同じ不死性にしても『何度でも死ねる』という特性である以上、呑んでしまうより携帯している方が壊されない可能性は高いだろう。
というよりむしろ。
「こちらからしてみれば、向こうの誰が勾玉を持っているかわからないという駆け引きになるわけですね」
向こうの戦力は二クラス分の約八十人。
一人ずつの戦力は人間並みでも、この校舎すべてを舞台にすれば全員を殺し切るのは難しいものになる。
必然、僕らは的を絞って殺す必要があり、なおかつ死体の持ち物検査までをこなす必要がある。
ならば向こうには、逃げ回ったり真っ向から戦うよりも遥かに効率のいい守備方法がある。
即ち。
「こっちは隠れんぼってことだよね」
砂音が面白がるような声で尋ねた。
「良いんじゃないかな。どんな無理ゲーが出てくるかと覚悟してたけど、ちょうどいい塩梅だと思うよ」
互いの代表者が少し話し合いをして、『普通部』側が七分待ってからゲームを始める、校舎を壊さない、建物外には出ないなどの細部を詰めていった。
「建物外って?」と、口を挟む僕。
「渡り廊下含めて、屋根の下じゃないの?」と、白地さん。
「壁にしがみつくのは」と、僕を見ながらの妹。
「ありです」と、やはり僕を見ながらの浮月さん。
……。いや、やればできるけどさ。そのつもりで質問したけどさ。
僕が少し思うところあって黙り込んでしまった目の前で、女子三人は議題を進める。
その輪に加わらず、少し離れたところから見守る皆葉くんと目が合って苦笑いを交わす。
なお、この点に関しては更に詳細が詰められて結局、校舎の外側にある地面、樹木に触れないという決まりに。
「中庭の地面は」と、僕を見ながらの妹。
「なしです」と、やはり僕を見ながらの浮月さん。
流石に宙は飛べないと口を挟みかけたけれど。
「……」
飛ばすことならできそうだなと思い直して、黙っておいた。
この他にも三人は細かく試合設定を定めていたらしいけれど、大して意味があるとは思えないルールだったので割愛。
というかよく考えてみたら、うちの校舎に中庭なんてないし。
さて、ようやくフィールド範囲の設定が終わって。
「タイムリミットはどうなの?」
なんて今更なことを白地さんが尋ねる。
巳寅さんは相変わらずの退屈を滲ませて「夜明けだ」、と。
つまるところ、このゲームは深夜ちょうどから陽の当たらない時間帯のみを範囲として行われるということらしい。
約六時間といったところ。
「今夜中に決着がつかなかった時はいかがします?」
「その場合は明日の真夜中、再びゲームを始める。これも夜明けまでが制限で、以降は繰り返しだ」
今夜の開始も深夜零時と決められていた。時計を見れば、その時刻まで残り五分もない。
「両サイドともそのルールで同意するならば遵守の誓いを」
渡される親指サイズの藁人形に、僕と皆葉くんは髪の毛を埋め込む。
それから人形を交換して、巳寅さんの貸してくれたライターで各々焼いた。
肉の焦げる匂いがした。
「最後に俺が誓おう。賭けの公平なる遂行と、契約の完全なる履行を」
彼は手のひらにナイフの刃を押し当て、自身の血を人形の灰に注いだ。
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