紅葉-くれは-

菊池まりな

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第58話 記憶の裂け目

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森の奥へと続く小径を、春香たちは慎重に進んでいた。
 昼間だというのに、木々の枝が光を遮り、空気は異様に冷たかった。
 祐真が先頭で懐中電灯を構え、その後ろを春香と美奈が続く。

「……ここ、覚えてる」
 美奈がぽつりとつぶやいた。
 彼女の視線の先、苔むした石の祠。
 それは、紅葉が最後に写真を撮っていた場所だった。

「紅葉が言ってたんです。『この祠の奥に“何か”がある』って」
 美奈の声は震えていた。
「でも、ここに来たはずなのに……紅葉は、もうどこにもいなかった」

 春香が祠の前に膝をつき、静かに手を合わせる。
 その瞳に宿るのは祈りではなく、決意だった。
「紅葉……あなた、ここに何を見たの?」

 祐真が懐中電灯を祠の奥に向ける。
 その瞬間、光が何かに反射した。
 金属……いや、もっと複雑な、人工的な輝き。
 奥には人の手では開けられそうもない、円形の鉄扉が隠されていた。

「……やっぱり、あったか」
 祐真が低くつぶやく。
「俺が子どもの頃、美桜が消えた場所も、たしかこの辺だった。森の中に“光るもの”を見たって……誰かが言ってた」

 春香が顔を上げ、祐真を見据える。
「祐真さん。それ、どういう意味?」

「わからない。ただ、当時の記録には残ってない。でも、村のじいさんたちは言ってた。『森が呼んだ』『帰れない子が出る』って……」

 風が吹き抜け、木々がざわめく。
 春香は一瞬、耳を澄ませた。
 ──カエシテ。
 どこか遠くから、囁くような声が確かに聞こえた。

「いま……聞こえた?」
 美奈が青ざめた顔で春香の袖を掴む。
「“カエシテ”って……」

 祐真が立ち上がり、懐中電灯をもう一度祠の奥に向ける。
 すると、鉄扉の隙間から一瞬、光が漏れた。
 まるで“内側”から、誰かがこちらを見ているかのように。

 春香は無意識に一歩、近づいた。
 その瞬間──地面が揺れ、低いうなり声のような音が森全体に響いた。

「春香さん、下がって!」
 祐真が腕を掴み、引き戻す。
 だがその手を振りほどくように、春香は祠に手を伸ばした。
 ──カエセ。
 今度ははっきりと、女の声だった。

 風が止み、森の時間が凍りつく。
 春香の視界が、ゆらりと歪む。
 気づけば、目の前に立っていたのは──紅葉だった。

 白いワンピースに、秋風のような赤いリボン。
 けれど、その瞳はどこか虚ろで、焦点が合っていない。

「……紅葉……?」
 春香の声は震えていた。

 紅葉は微笑んだ。
 その口元から、静かに血が流れた。
「お母さん……帰っちゃ、だめ……“あっち”が、まだ……」

 その言葉と同時に、紅葉の身体は砂のように崩れ、風に溶けて消えた。
 春香は膝をつき、声を失ったまま地面に手をつく。

「おい、春香さん!」
 祐真が駆け寄るが、彼自身の視界にも違和感が広がっていた。
 空が裂け、木々が逆流するように上空へ吸い込まれていく。
 光と闇が反転し、音が遠のく。

 ──祐真は見た。
 消えたはずの3歳の美桜、森の奥で手を伸ばしていた少女の姿を。

「まさか……美桜……?」

 そして、次の瞬間。
 世界が真っ白に弾けた。
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