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第73話 赤い影
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夜明け前の藍都学園都市は、濃い霧に包まれていた。
美佳は眠れぬままベッドを抜け出し、カーテンを少しだけ開ける。街灯が白い靄の中でぼんやりと滲み、ビルの輪郭すらかすんでいる。
ポケットに入れたままの鍵が、今も肌に冷たい。昨夜、あの“非通知”からの声を聞いて以来、その冷たさは妙に意識に引っかかっていた。
「……鍵を手放すな、か」
小さく呟くと、背筋をなぞるような寒気が走った。
スマートデバイスの画面が突然点滅する。着信ではなく、通知もない。ただ、画面の中央に赤い点がぽつりと浮かび、ゆっくり脈打つように明滅していた。
「……何これ?」
指で触れると、画面が切り替わり、知らない地図が表示される。地図の中心には赤い影のようなマーク──その下には、かすれた文字でこう表示されていた。
『旧藍都病院 地下三階』
呼吸が浅くなる。旧藍都病院──今は廃墟になっているはずだ。数年前の火災で閉鎖され、立入禁止区域に指定されている。
あの場所に、何があるというのか。
不意に、背後から声がした。
「……何を見てるんだ?」
驚いて振り返ると、純がドアの隙間から顔を覗かせていた。いつもより険しい目つきだ。
美佳はためらいながらも、画面を見せる。
純は数秒黙っていたが、やがて低い声で言った。
「……やっぱり来たか」
「やっぱり?」
「この病院の座標は、LAPISでもマークされてた。だが、本部内じゃ誰も触れようとしない“封鎖案件”だ」
封鎖案件。つまり、公式には存在しないことになっている情報。
純の視線は、赤いマークから美佳の手の中の鍵へと移った。
「……その鍵、多分そこに繋がってる」
美佳は息を呑む。昨夜の声も、この座標も、全部この鍵が呼び寄せたというのか。
「行く気か?」
純の問いは、挑むようでもあり、試すようでもあった。
答えを出せずにいると、純はわずかに口角を上げた。
「……行くなら、準備はしておけ。あそこは、普通の廃墟じゃない」
窓の外では、霧の中からゆっくりと赤い朝日が顔を出し始めていた。
その光は美佳の胸の奥に、不安と同時に抗いがたい衝動を灯していた。
美佳は眠れぬままベッドを抜け出し、カーテンを少しだけ開ける。街灯が白い靄の中でぼんやりと滲み、ビルの輪郭すらかすんでいる。
ポケットに入れたままの鍵が、今も肌に冷たい。昨夜、あの“非通知”からの声を聞いて以来、その冷たさは妙に意識に引っかかっていた。
「……鍵を手放すな、か」
小さく呟くと、背筋をなぞるような寒気が走った。
スマートデバイスの画面が突然点滅する。着信ではなく、通知もない。ただ、画面の中央に赤い点がぽつりと浮かび、ゆっくり脈打つように明滅していた。
「……何これ?」
指で触れると、画面が切り替わり、知らない地図が表示される。地図の中心には赤い影のようなマーク──その下には、かすれた文字でこう表示されていた。
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あの場所に、何があるというのか。
不意に、背後から声がした。
「……何を見てるんだ?」
驚いて振り返ると、純がドアの隙間から顔を覗かせていた。いつもより険しい目つきだ。
美佳はためらいながらも、画面を見せる。
純は数秒黙っていたが、やがて低い声で言った。
「……やっぱり来たか」
「やっぱり?」
「この病院の座標は、LAPISでもマークされてた。だが、本部内じゃ誰も触れようとしない“封鎖案件”だ」
封鎖案件。つまり、公式には存在しないことになっている情報。
純の視線は、赤いマークから美佳の手の中の鍵へと移った。
「……その鍵、多分そこに繋がってる」
美佳は息を呑む。昨夜の声も、この座標も、全部この鍵が呼び寄せたというのか。
「行く気か?」
純の問いは、挑むようでもあり、試すようでもあった。
答えを出せずにいると、純はわずかに口角を上げた。
「……行くなら、準備はしておけ。あそこは、普通の廃墟じゃない」
窓の外では、霧の中からゆっくりと赤い朝日が顔を出し始めていた。
その光は美佳の胸の奥に、不安と同時に抗いがたい衝動を灯していた。
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