アンケート

菊池まりな

文字の大きさ
33 / 103

第33話 最愛の記憶-真の代償

しおりを挟む
「最も愛したものを──代償に?」

その言葉が、美佳の胸を撃ち抜いた。

何かが胸の奥から引き剝がされるような痛み。呼吸が浅くなる。目の前の光景が、ぐにゃりと歪む。再構築空間の内部はすでに崩壊の兆しを見せていたが、それ以上に、彼女の“核心”が危機に瀕していた。

(まだ……わたしの中に、大切なものが残ってる?)

そう自問した瞬間──映像が閃光のように走った。

──青空の下、教室で笑う少女たち。
──教科書を開きながら、ふざけ合う放課後の風景。
──誰かと手を取り合って走った、校庭の残像。

(違う……これは、わたしの……!)

声にならない叫びが空間に反響する。LAPISの再構築プログラムは、Type:Zeroの起動によって美佳の意識を完全に掌握しようとしていた。しかし、美佳自身の中に残っていた“最も愛した記憶”が、それに抗っていた。

「……誰にも渡さない……」

美佳の声が、かすかに震えていた。

「その記憶は……わたしが、わたしであるためのもの」

Type:Zeroの中枢に接続されていた制御フレームが一つ、砕けた。その衝撃で空間に奔流のような光の波が走る。記憶の断片が美佳を包み、その中心にひとりの少年の姿が現れた。

「朝倉……純……?」

彼の姿はぼやけていたが、彼女には確かに分かった。これこそが、美佳が一度も削除できなかった、唯一の記憶の核。

文化祭の日、彼と交わした約束。
冬の夜、雪の中で交わした言葉。
そして──あの日、彼が手を差し伸べてくれたこと。

(それが……わたしの、最も愛した記憶……)

『美佳、君はまだここにいるか?』

通信越しに、純の声が聞こえる。彼は、学園都市の地下から無理やり干渉しているらしい。だが、その声は不思議なほど真っ直ぐに、美佳の心へ届いた。

「……わたしはここにいるよ。まだ、終わってない」

そうつぶやいた瞬間、美佳の手のひらが淡い光を放った。彼女の中にある最も大切な記憶が、LAPISの再構築に抵抗するエネルギーとなって放出されていた。

「Type:Zero、記憶負荷制御不能──」

警告が再び鳴り響く。

「自己修復機能、作動不能。強制シャットダウンまで──30秒」

再構築空間の天井に、赤いカウントダウンが浮かぶ。だが、美佳はその数字を見つめながらも、すでに別の決意を固めていた。

(なら──わたしの手で、この空間ごと終わらせる)

彼女は心の奥底に封印していた“禁忌のコード”を呼び出す。それは、LAPISの初期設計者である有栖川玲によって、最終的な暴走を止めるために埋め込まれた自爆コード。

「“Hello, World”」

美佳は静かに呟いた。それが起動キーだった。

空間に亀裂が走る──
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

冷たい彼と熱い私のルーティーン

希花 紀歩
恋愛
✨2021 集英社文庫 ナツイチ小説大賞 恋愛短編部門 最終候補選出作品✨ 冷たくて苦手なあの人と、毎日手を繋ぐことに・・・!? ツンデレなオフィスラブ💕 🌸春野 颯晴(はるの そうせい) 27歳 管理部IT課 冷たい男 ❄️柊 羽雪 (ひいらぎ はゆき) 26歳 営業企画部広報課 熱い女

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろう、ベリーズカフェにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

処理中です...