8 / 38
第8話 スカウト
しおりを挟む
街をとぼとぼ歩いていたら、いきなり声をかけてくる男がいた。
「君、可愛いねぇ。スタイルもいいし。モデルやってみない?話だけでもどう?」 行くところもなく、紗英は話を聞いてみることにした。
「モデルって、そんな簡単になれるもんじゃないでしょ……」
心の中で疑いを抱きつつも、紗英には他に行く場所も、頼れる人もいなかった。
男――自称スカウトの「真島」は、笑顔で言った。
「まあまあ、まずは見学だけでもしてみてよ。本当にキレイな子しか声かけてないからさ」
その言葉に、ほんの少し心が揺れた。
“誰かに必要とされたい”――その感情が、紗英を立たせた。
連れて行かれたのは、雑居ビルの一室にある「芸能プロダクション」。
入り口には一応、看板が掲げられていたが、何かが薄っぺらい。
中に入ると、綺麗なパンフレットや、モデルたちの宣材写真が壁に並べられていた。
「ほら、この子たちも最初は素人だったんだよ。君も半年もすれば、雑誌の表紙とか飾れるかもよ?」
真島は巧みに未来を描いて見せる。
奥の個室では、派手なメイクをした女性スタッフが対応に出てきた。
「まずはレッスンとプロフィール写真の撮影ね。登録費用と初期費、あわせて30万円」
「……そんな、大金……無理です」
紗英が小さく声を絞ると、スタッフはさっと口調を変えた。
「大丈夫、うち提携してるローン会社あるから。月々一万円くらいで大丈夫よ」
そして、どこかで見たことのある「消費者金融」のパンフレットが差し出された。
「みんなやってるわよ。将来への投資だと思って」
気づけば、紗英は契約書にサインしていた。
それが、自分の首をさらに締めるものだとは知らずに。
レッスンと称して、週に何度も通わされるスタジオ。
しかし、その内容はほとんど形ばかりのストレッチや撮影練習だけだった。
「モデルの世界は厳しいから。今は“下積み”が大事なんだよ」
真島はそう言いながら、レッスン費やスタジオ利用料を“追加請求”してきた。
半年もしないうちに、紗英の借金は60万円を超えていた。
一度「辞めたい」と言ったこともあった。
「辞める? 残ってる支払い、どうすんの?」
真島の目が、初めて冷たく光った。
「払えないなら、撮影仕事でもやってもらうしかないな」
「……撮影、って?」
「ちょっと肌見せる系だけど、君くらいならすぐだよ。報酬もあるし」
紗英は、唇を震わせながら首を振った。
「ムリです……」
「じゃあ、他に払う手段ある? お前が勝手に借りた金だよな」
声が低くなった。
その瞬間、紗英の背筋が凍った。
もう、逃げられない。
それから、紗英は望まぬ仕事を“撮影”という名目で強いられるようになっていった。
着る衣装はどんどん過激になり、撮られる内容も過酷になっていく。
「大丈夫、これは芸術だから」
「売れるまでの我慢だよ」
そう言われ続け、次第に自分の“人間らしさ”が削れていく感覚を覚え始めた。
夜、撮影帰りにふとコンビニの窓ガラスに映った自分を見て、紗英は立ち止まった。
やせ細り、頬はこけ、目の光は失われていた。
「……これが、私?」
誰かに認められたかった。
愛されたかった。
ただ、幸せになりたかっただけなのに。
その願いが、こんな場所にたどり着くなんて──。
「君、可愛いねぇ。スタイルもいいし。モデルやってみない?話だけでもどう?」 行くところもなく、紗英は話を聞いてみることにした。
「モデルって、そんな簡単になれるもんじゃないでしょ……」
心の中で疑いを抱きつつも、紗英には他に行く場所も、頼れる人もいなかった。
男――自称スカウトの「真島」は、笑顔で言った。
「まあまあ、まずは見学だけでもしてみてよ。本当にキレイな子しか声かけてないからさ」
その言葉に、ほんの少し心が揺れた。
“誰かに必要とされたい”――その感情が、紗英を立たせた。
連れて行かれたのは、雑居ビルの一室にある「芸能プロダクション」。
入り口には一応、看板が掲げられていたが、何かが薄っぺらい。
中に入ると、綺麗なパンフレットや、モデルたちの宣材写真が壁に並べられていた。
「ほら、この子たちも最初は素人だったんだよ。君も半年もすれば、雑誌の表紙とか飾れるかもよ?」
真島は巧みに未来を描いて見せる。
奥の個室では、派手なメイクをした女性スタッフが対応に出てきた。
「まずはレッスンとプロフィール写真の撮影ね。登録費用と初期費、あわせて30万円」
「……そんな、大金……無理です」
紗英が小さく声を絞ると、スタッフはさっと口調を変えた。
「大丈夫、うち提携してるローン会社あるから。月々一万円くらいで大丈夫よ」
そして、どこかで見たことのある「消費者金融」のパンフレットが差し出された。
「みんなやってるわよ。将来への投資だと思って」
気づけば、紗英は契約書にサインしていた。
それが、自分の首をさらに締めるものだとは知らずに。
レッスンと称して、週に何度も通わされるスタジオ。
しかし、その内容はほとんど形ばかりのストレッチや撮影練習だけだった。
「モデルの世界は厳しいから。今は“下積み”が大事なんだよ」
真島はそう言いながら、レッスン費やスタジオ利用料を“追加請求”してきた。
半年もしないうちに、紗英の借金は60万円を超えていた。
一度「辞めたい」と言ったこともあった。
「辞める? 残ってる支払い、どうすんの?」
真島の目が、初めて冷たく光った。
「払えないなら、撮影仕事でもやってもらうしかないな」
「……撮影、って?」
「ちょっと肌見せる系だけど、君くらいならすぐだよ。報酬もあるし」
紗英は、唇を震わせながら首を振った。
「ムリです……」
「じゃあ、他に払う手段ある? お前が勝手に借りた金だよな」
声が低くなった。
その瞬間、紗英の背筋が凍った。
もう、逃げられない。
それから、紗英は望まぬ仕事を“撮影”という名目で強いられるようになっていった。
着る衣装はどんどん過激になり、撮られる内容も過酷になっていく。
「大丈夫、これは芸術だから」
「売れるまでの我慢だよ」
そう言われ続け、次第に自分の“人間らしさ”が削れていく感覚を覚え始めた。
夜、撮影帰りにふとコンビニの窓ガラスに映った自分を見て、紗英は立ち止まった。
やせ細り、頬はこけ、目の光は失われていた。
「……これが、私?」
誰かに認められたかった。
愛されたかった。
ただ、幸せになりたかっただけなのに。
その願いが、こんな場所にたどり着くなんて──。
0
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
私と先輩のキス日和
壽倉雅
恋愛
出版社で小説担当の編集者をしている山辺梢は、恋愛小説家・三田村理絵の担当を新たにすることになった。公に顔出しをしていないため理絵の顔を知らない梢は、マンション兼事務所となっている理絵のもとを訪れるが、理絵を見た途端に梢は唖然とする。理絵の正体は、10年前に梢のファーストキスの相手であった高校の先輩・村田笑理だったのだ。笑理との10年ぶりの再会により、二人の関係は濃密なものになっていく。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる