堕ちていく

菊池まりな

文字の大きさ
25 / 38

第25話 ふたりで描く、未来の地図

しおりを挟む
春の終わり。公園の桜はほとんど葉桜になっていたけれど、街路樹には新芽が芽吹き、やわらかな緑が風に揺れていた。
その日、紗英は仕事を早めに切り上げて、自宅のアトリエ兼リビングで原稿のスケッチに向かっていた。

「ただいまー」

ドアの向こうから航平の声が聞こえる。彼は鍵を持っていないのに、まるで自分の家のように明るく振る舞う。
紗英は思わず笑ってしまった。

「おかえりなさい。…って、私、何も用意してないよ」

「いいの、今日は僕がご飯作ってくるって言ったでしょ。ほら、じゃーん!」

航平が持ってきたタッパーには、彩り豊かなタコライスと、わかめたっぷりのスープ。

「また、私の好物ばっかり…ほんと、覚えるの早いね」

「もう、毎回感心されると照れるから。さ、冷めないうちに食べよ」

ふたりは小さなテーブルを囲み、笑いながら食事をした。
航平と話していると、なぜだか心が静かになる。焦りや不安を忘れて、自分のままでいられる。

食後、食器を洗い終えたあと、航平がベランダに出ようと提案した。

「風、気持ちいいよ。夜景、見に行こ」

車椅子に座る紗英をゆっくりと押して、ふたりでベランダへ出た。高層階ではないが、街の灯りが柔らかく瞬いていた。

「こうしてると…時間が止まってるみたい」

紗英が呟くと、航平はふっと笑って答えた。

「でも、ちゃんと進んでるよ。少しずつでもね」

その言葉に、紗英はなにか、心の中の奥深くでつかえていたものが少しだけほどけていくのを感じた。

「航平くん、ねえ…」
彼女は、少しだけ躊躇いながら口を開いた。

「もし、将来のこととか考えたら…どう思う?」

航平は驚いたように一瞬まばたきをして、すぐにまっすぐな目で紗英を見つめた。

「紗英が考えてくれるなら、すごく嬉しい。…僕は、ずっと考えてたよ。どうすれば紗英のそばにいられるかって」

「私、自分の足で歩けなくなってから、何かを誰かと一緒に作るとか、未来を夢見るなんて、いけないことだと思ってた。重荷になるって、思ってたから」

「違うよ。重荷なんかじゃない。…君といっしょにいることで、僕はやっと“生きてる”って感じられるようになったんだ」

その言葉に、紗英の目から大粒の涙がぽろぽろと零れ落ちた。

「ねえ、これからも…傍にいてくれる?」

「ううん、傍にいさせてほしい。…僕たちの未来を、君と一緒に描いていきたい」

夜風がそっと吹いて、紗英の髪を優しく揺らした。
その中で、紗英は頷いた。涙で顔がくしゃくしゃになっても、笑顔がにじんでいた。

「うん…描こう、ふたりで」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...