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第13章 勇者と憤怒の紋章編
第140話 絶望を超えるもの……
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「滅びよ……滅びよ! 人よ滅びよ! 一人残らず死ぬがいい!」
オークヒーローの口から発せられた言葉が、周りにいたオーク討伐隊の意味ある言葉として聴こえてきた。
「な⁈ ヒロ! オークヒーローが人の言葉を!」
「ええ、どうやら最悪な事態に陥りました……最後の攻撃でカイザーのHPを削り切れず、一瞬の隙をついて、オークヒーローの意識が憤怒の紋章に乗っ取られたみたいです」
兵士の首をはね、凶々しいオーラをまとったカイザーが、ゆっくりと立ち上がる。
理知的だった瞳が赤い狂気の色に染め上げられ、体から黒い……漆黒の闘気が陽炎のように揺らめき、切断された左腕の付け根からは、触手状の黒い腕を生やし蠢いている。健在な右手の腕で奇妙な痣が……憤怒の紋章が黒く凶々しい光を発していた。
それはもうオークヒーローの形をした別の何か……そうとしか形容しようがない姿に変貌したカイザーに、その場にいた全員が恐怖する。
「ひっ! な、な、なんだあいつは!」
「か、勝てるわけがねえ、あんな化け物……」
「助けてくれ……お願いだ! 俺だけでいい……助けて」
その姿を見ただけで、人の本能が訴えかける。コイツは絶対に見逃してくれないと……全てを憎む凶々しい殺気に誰もが正気を失いかけていた。
オークヒーロー? そんな存在が霞むほどの圧倒的な恐怖に、気を失う者まで現れた。
ヒロとリーシアが変貌したオークヒーローに注意を払いながらも、すでにヒロは溜めを完了し、リーシアと共に再びその身に闘気をまとい、戦いに備えていた。
「ヒロ、乗っ取られたという事は、つまり……」
「おそらくオーク達の狂化が始まってしまいました」
「ま、マズイです! アリアさんやシーザー君たちが⁈」
「まだ間に合うかもしれません。元凶である憤怒の紋章を僕に宿らせれば……最悪オーク族の狂化だけは防げるはずです。あれはオークヒーローの種族特性である、眷属強加の力が、憤怒のスキル能力をオーク族に伝播させることで起こる現象だと推測しました」
「今、アレを倒せば助かる可能性があると?」
「ええ、確証はありませんが、起こってしまった事を悔いても何も始まりません。今できるのは、カイザーの体を乗っ取った憤怒を倒し、奴を僕の体に宿らせて最悪の事態を収拾することです」
「でも……話には聞いてましたが、あんなものをヒロに宿らせて、本当に大丈夫なのですか?」
リーシアがオークヒーローの腕で、凶々しいオーラを発する憤怒の紋章を見て心配していた。
「わかりません……ですが、僕の持つスキル『不死鳥の魂』が憤怒の紋章から僕を守ってくれる可能性はあります」
ヒロは今一度、パーティーメニューを操作し、スキル名を選択して効果を確かめる。
【不死鳥の魂】
何度死んでも蘇る、不屈の魂に与えられるスキル
いかなる存在も、その魂を変質させる事はできない
蘇生確率にプラス補正
蘇生時に、蘇生ボーナスを付与(HP・MP+20 各ステータス+10)
蘇生時に体力回復効果
むろん、このスキルがヒロを紋章の意思から確実に守ってくれる保証はどこにもない。だがヒロは可能性に賭ける事にした。それは少女が願ったワガママを叶えるためであり、オーク達を救うと自分で決めた道だからであった。
少女はそれ以上は何も言わない。自分のワガママ叶えるために、男が命を賭ける。ならば少女にできる事は一つだけ……男を信じて共に歩くだけだった。
「リーシア……おそらくアイツは絶対防御スキルを使ってくる可能性が高いです。温存しているヒールを使います」
「ですがそれでは⁈」
「不足の事態です。真のエクソダス計画を遂行するために、僕たちが死んでしまっては意味がありません。それにまだ望みはあります」
その言葉にリーシアが顔をヒロに向けてその瞳を見た時、少女はその瞳は嘘をついていないと悟ると、一瞬でも男を疑った自分を恥じていた。
そしてリーシアは笑いながらうなずくと、新たなる覚悟と共に憤怒に対峙する。
二人はもう迷わない。命を掛けた先にある幸せを掴み取るために、闘志を燃え上がらせる!
「出した惜しみはできません! リーシア、使いますよ!」
「許可します! 今度は私がトップで行きます! フォローを!」
リーシアが飛び出し、ヒロがそれに続く!
憤怒の紋章が凶々しく輝くと、腕から伸びた触手が向きを変えてリーシアに狙いを定める。
「させるか! スナイプスロー!」
ヒロは素早く腰から引き抜いたダガーを投げていた! 一条の銀光が触手に向かって一直線に空中に軌跡を描く!
「グオォォ!」
スキルの効果により、寸分違わず触手に銀光が突き刺さったと思った瞬間、触手の表面で弾かれしまう!
「やはり絶対防御スキル! リーシア! ヒールを!」
「分かっています!」
銀光を宿したまま弾かれダガーを見たヒロが、腕を振るう! すると腕と魔力のワイヤーでつながったダガーが生き物のようにその軌道を変え、背後の地面に突き刺さった!
巻き起こる大爆発!
リーシアに狙いをつけて触手を振おうとしていた憤怒は、突如起こった爆風に後ろから煽られ、空中に吹き飛ばされていた。
「覇神六王流! 連凰脚!」
逃げ場のない空中を飛ぶ憤怒に、リーシアが震脚の力を使って跳び上がる!
憤怒はバランスを崩しながらも、前から迫り来るリーシアに、まだ距離があるにもかかわらず触手を振るっていた! すると急に触手の長さが伸びリーシアを襲う!
だがそれを予想していたリーシアは、闘気をまとわせた必殺の飛びヒザを触手にぶつけて対抗する!
ヒザの防具と触手がぶつかった瞬間、ヒザ蹴りをするために折りたたんでいた足を伸ばし、その爪先がさらに触手の側面を蹴り込む!
瞬時に打ち出された二段攻撃に、触手の軌道は大きく外れ、リーシアは触手による串刺しから免れた。
そして蹴りの勢いを殺さずに駒のように空中で回転すると、その右手を強く握り込み、自分の元へ飛んできた憤怒の体の中心に拳を突き出していた!
「ヒール!」
リーシアの拳がヒールの光に包まれて紋章の体に当たろうとした時、左腕の付け根からもう一本の触手が生まれ、リーシアの拳をガードしてしまう!
「なっ! しまっ!」
完全に決まったと思ったリーシアが、突然のガードに気を取られてしまい、憤怒の右手が動いている事に反応が遅れてしまった!
「滅びよ!」
憤怒の紋章が凶々しいオーラを一際放つと、その右拳がリーシアの脇腹に打ち放たれていた!
「カハッ!」
闘気による防御が間に合わず、拳がリーシアの脇腹に直撃し、脇腹の骨を何本か砕く。
闘気をまとった拳で殴られたリーシアは、そのまま横に殴り飛ばされ、地面を何度もバウンドしてようやく止まった。
「リーシア!」
ヒロが憤怒を警戒しながら、倒れたリーシアに声を掛けるが返事はない。
憤怒がヒールを受け、黒く変色した触手を切り離すと、また新たなる触手を生やす。
「やられた! 憤怒はリーシアのヒールを警戒して、奥の手の触手を隠していたのか! クソッ! なんで予想できなかった!」
「滅びよ! 滅びよ! 人はすべからく滅びよ!」
憤怒が触手に闘気を集め、周りに凶々しい気勢を発し始めた。
それは押し潰す重圧ではなく、体にまとわりつきジワジワと絞め殺すような、怨嗟の気勢がその場にいた全員の動きを奪う。
「こ、これは⁈ 体が……」
ヒロまでもが体の自由を奪われ、動きを止められてしまう。
「滅びよ! さあオーク達よ。人を殺せ! 一人たりとも生かしておくな! 罪深き人よ……この世から滅び去れ!」
するとオーク城の石壁の上に、城の中で待機していたオーク達が立ち並び、次々と水堀りの中に飛び込んで行く……水掘りに飛び込んだオークの数は少なくとも百を超えていた。
岸にたどり着き這い上がるオークの戦士達……誰もがその目に狂気の色を宿し、同じ言葉を発していた。
「ブヒーブヒ! ブヒヒブヒヒブッヒ!」
水掘りの近くで動きを止められていた兵士たちは、恐怖で顔を歪めながら、必死に体を動かし逃げようとするが、まとわりつく怨嗟がそれを許さない。
「や、止めろ……助けてくれー!」
一人の兵士に無常にもオークの槍が深々と突き刺さる。
「ぎゃあぁぁ!」
手足に槍を刺された兵士は悲鳴を上げると、オークが槍を引き抜き、再び兵士の体に穂先を突き立てる。
「痛い、やめてくれー!」
オークは何度も何度も時間を掛けて、兵士の体に槍を突き立てる。急所をわざと外し、痛みで叫く兵士の声を聞きながら、できるだけ痛みを与えて殺そうとしていた。
まるで憎い仇に復讐を遂げたみたいに、オーク達の顔は歓喜に満ちていた。
そして次々と岸に上がるオーク達が、動けない兵士たちに群がり殺戮が始まった。
あちらこちらで、兵士たちの叫び声が上がる。
一人の兵士に十人以上のオークが群がり、少しずつ槍を刺し苦痛を与えていく。
「やめてくれー! お願いだ! せめて一思いに殺してくれー!」
しかし兵士の願いは叶えられない。少しずつ死に近づくと恐怖と痛みに、精神が耐え切れなくなると、ついには発狂してしまう。
「は、ははあは、あはあ、はあはや、」
それでもオークの槍は止まらない。
「…………」
ついに声が出なくなり、完全に死んだ兵士……だが、そんな兵士の遺体をオーク達はさらに槍で突き続けた。
体の原型が分からないほど刺し刻まれた時、ようやくオーク達が次の獲物に向かう。
「嫌だ、嫌だ、嫌だー! だ、誰か助けてくれー! ぎゃーっ!」
「マズイ、このままだと……闘気が……クソ!」
ヒロが必死に憤怒に抵抗するため闘気を練り上げまとおうとするが、憤怒の発した気勢に体の自由を奪われてしまい、思うように闘気が練れない。
今だ諦めず抵抗を続けるヒロを見た憤怒が、笑みを浮かべていた。
それは良いことを思いついたと……悪ガキのような無邪気な笑みだった。
「人よ、最大の苦しみを味わって死ね!」
その言葉にヒロは嫌な予感を覚え、急いで闘気を練り上げようとした。
すると、岸で兵士たちを殺していたオーク数名が、ヒロの方へと歩いてくる。
正確にはヒロの後方で倒れているリーシアに……。
「まさか……クッ、早く……もっと早く闘気を!」
憤怒は笑っていた。ヒロが見せる焦りと苦悶の表情を見て……ただ笑っている。
これから起こるショータイムに期待を膨らせ、醜悪な笑みを憤怒が浮かべていた。
リーシアに近づくオークたち……その中にはヒロが見知ったオークの姿もあった。
「オク次郎さん……」
「ブヒーブヒ! ブヒヒブヒヒブッヒ!」
古参オークの中でヒロと死闘を繰り広げたオクタと同じ強者のオーク……どこか気が抜けた喋り方だが、仲間を安心させる温和なオークだった。
そんな温和なオクタが、狂気を宿した目で倒れたリーシアの前に立つ!
そして数人のオーク達と共に、オク次郎が槍を掲げる。
「ブヒーブヒ!」
「滅べ! 愛する者を失う痛みを感じながら滅び去れ!」
「止めろ! リーシア! 目を覚まして下さい! ダメだ! やめろぉぉっ!」
ヒロの願いも虚しく、意識をなくして横たわるリーシアに向かって、狂気の槍が突き下ろされた!
〈絶望を超える悪意が希望に襲い掛かる!〉
オークヒーローの口から発せられた言葉が、周りにいたオーク討伐隊の意味ある言葉として聴こえてきた。
「な⁈ ヒロ! オークヒーローが人の言葉を!」
「ええ、どうやら最悪な事態に陥りました……最後の攻撃でカイザーのHPを削り切れず、一瞬の隙をついて、オークヒーローの意識が憤怒の紋章に乗っ取られたみたいです」
兵士の首をはね、凶々しいオーラをまとったカイザーが、ゆっくりと立ち上がる。
理知的だった瞳が赤い狂気の色に染め上げられ、体から黒い……漆黒の闘気が陽炎のように揺らめき、切断された左腕の付け根からは、触手状の黒い腕を生やし蠢いている。健在な右手の腕で奇妙な痣が……憤怒の紋章が黒く凶々しい光を発していた。
それはもうオークヒーローの形をした別の何か……そうとしか形容しようがない姿に変貌したカイザーに、その場にいた全員が恐怖する。
「ひっ! な、な、なんだあいつは!」
「か、勝てるわけがねえ、あんな化け物……」
「助けてくれ……お願いだ! 俺だけでいい……助けて」
その姿を見ただけで、人の本能が訴えかける。コイツは絶対に見逃してくれないと……全てを憎む凶々しい殺気に誰もが正気を失いかけていた。
オークヒーロー? そんな存在が霞むほどの圧倒的な恐怖に、気を失う者まで現れた。
ヒロとリーシアが変貌したオークヒーローに注意を払いながらも、すでにヒロは溜めを完了し、リーシアと共に再びその身に闘気をまとい、戦いに備えていた。
「ヒロ、乗っ取られたという事は、つまり……」
「おそらくオーク達の狂化が始まってしまいました」
「ま、マズイです! アリアさんやシーザー君たちが⁈」
「まだ間に合うかもしれません。元凶である憤怒の紋章を僕に宿らせれば……最悪オーク族の狂化だけは防げるはずです。あれはオークヒーローの種族特性である、眷属強加の力が、憤怒のスキル能力をオーク族に伝播させることで起こる現象だと推測しました」
「今、アレを倒せば助かる可能性があると?」
「ええ、確証はありませんが、起こってしまった事を悔いても何も始まりません。今できるのは、カイザーの体を乗っ取った憤怒を倒し、奴を僕の体に宿らせて最悪の事態を収拾することです」
「でも……話には聞いてましたが、あんなものをヒロに宿らせて、本当に大丈夫なのですか?」
リーシアがオークヒーローの腕で、凶々しいオーラを発する憤怒の紋章を見て心配していた。
「わかりません……ですが、僕の持つスキル『不死鳥の魂』が憤怒の紋章から僕を守ってくれる可能性はあります」
ヒロは今一度、パーティーメニューを操作し、スキル名を選択して効果を確かめる。
【不死鳥の魂】
何度死んでも蘇る、不屈の魂に与えられるスキル
いかなる存在も、その魂を変質させる事はできない
蘇生確率にプラス補正
蘇生時に、蘇生ボーナスを付与(HP・MP+20 各ステータス+10)
蘇生時に体力回復効果
むろん、このスキルがヒロを紋章の意思から確実に守ってくれる保証はどこにもない。だがヒロは可能性に賭ける事にした。それは少女が願ったワガママを叶えるためであり、オーク達を救うと自分で決めた道だからであった。
少女はそれ以上は何も言わない。自分のワガママ叶えるために、男が命を賭ける。ならば少女にできる事は一つだけ……男を信じて共に歩くだけだった。
「リーシア……おそらくアイツは絶対防御スキルを使ってくる可能性が高いです。温存しているヒールを使います」
「ですがそれでは⁈」
「不足の事態です。真のエクソダス計画を遂行するために、僕たちが死んでしまっては意味がありません。それにまだ望みはあります」
その言葉にリーシアが顔をヒロに向けてその瞳を見た時、少女はその瞳は嘘をついていないと悟ると、一瞬でも男を疑った自分を恥じていた。
そしてリーシアは笑いながらうなずくと、新たなる覚悟と共に憤怒に対峙する。
二人はもう迷わない。命を掛けた先にある幸せを掴み取るために、闘志を燃え上がらせる!
「出した惜しみはできません! リーシア、使いますよ!」
「許可します! 今度は私がトップで行きます! フォローを!」
リーシアが飛び出し、ヒロがそれに続く!
憤怒の紋章が凶々しく輝くと、腕から伸びた触手が向きを変えてリーシアに狙いを定める。
「させるか! スナイプスロー!」
ヒロは素早く腰から引き抜いたダガーを投げていた! 一条の銀光が触手に向かって一直線に空中に軌跡を描く!
「グオォォ!」
スキルの効果により、寸分違わず触手に銀光が突き刺さったと思った瞬間、触手の表面で弾かれしまう!
「やはり絶対防御スキル! リーシア! ヒールを!」
「分かっています!」
銀光を宿したまま弾かれダガーを見たヒロが、腕を振るう! すると腕と魔力のワイヤーでつながったダガーが生き物のようにその軌道を変え、背後の地面に突き刺さった!
巻き起こる大爆発!
リーシアに狙いをつけて触手を振おうとしていた憤怒は、突如起こった爆風に後ろから煽られ、空中に吹き飛ばされていた。
「覇神六王流! 連凰脚!」
逃げ場のない空中を飛ぶ憤怒に、リーシアが震脚の力を使って跳び上がる!
憤怒はバランスを崩しながらも、前から迫り来るリーシアに、まだ距離があるにもかかわらず触手を振るっていた! すると急に触手の長さが伸びリーシアを襲う!
だがそれを予想していたリーシアは、闘気をまとわせた必殺の飛びヒザを触手にぶつけて対抗する!
ヒザの防具と触手がぶつかった瞬間、ヒザ蹴りをするために折りたたんでいた足を伸ばし、その爪先がさらに触手の側面を蹴り込む!
瞬時に打ち出された二段攻撃に、触手の軌道は大きく外れ、リーシアは触手による串刺しから免れた。
そして蹴りの勢いを殺さずに駒のように空中で回転すると、その右手を強く握り込み、自分の元へ飛んできた憤怒の体の中心に拳を突き出していた!
「ヒール!」
リーシアの拳がヒールの光に包まれて紋章の体に当たろうとした時、左腕の付け根からもう一本の触手が生まれ、リーシアの拳をガードしてしまう!
「なっ! しまっ!」
完全に決まったと思ったリーシアが、突然のガードに気を取られてしまい、憤怒の右手が動いている事に反応が遅れてしまった!
「滅びよ!」
憤怒の紋章が凶々しいオーラを一際放つと、その右拳がリーシアの脇腹に打ち放たれていた!
「カハッ!」
闘気による防御が間に合わず、拳がリーシアの脇腹に直撃し、脇腹の骨を何本か砕く。
闘気をまとった拳で殴られたリーシアは、そのまま横に殴り飛ばされ、地面を何度もバウンドしてようやく止まった。
「リーシア!」
ヒロが憤怒を警戒しながら、倒れたリーシアに声を掛けるが返事はない。
憤怒がヒールを受け、黒く変色した触手を切り離すと、また新たなる触手を生やす。
「やられた! 憤怒はリーシアのヒールを警戒して、奥の手の触手を隠していたのか! クソッ! なんで予想できなかった!」
「滅びよ! 滅びよ! 人はすべからく滅びよ!」
憤怒が触手に闘気を集め、周りに凶々しい気勢を発し始めた。
それは押し潰す重圧ではなく、体にまとわりつきジワジワと絞め殺すような、怨嗟の気勢がその場にいた全員の動きを奪う。
「こ、これは⁈ 体が……」
ヒロまでもが体の自由を奪われ、動きを止められてしまう。
「滅びよ! さあオーク達よ。人を殺せ! 一人たりとも生かしておくな! 罪深き人よ……この世から滅び去れ!」
するとオーク城の石壁の上に、城の中で待機していたオーク達が立ち並び、次々と水堀りの中に飛び込んで行く……水掘りに飛び込んだオークの数は少なくとも百を超えていた。
岸にたどり着き這い上がるオークの戦士達……誰もがその目に狂気の色を宿し、同じ言葉を発していた。
「ブヒーブヒ! ブヒヒブヒヒブッヒ!」
水掘りの近くで動きを止められていた兵士たちは、恐怖で顔を歪めながら、必死に体を動かし逃げようとするが、まとわりつく怨嗟がそれを許さない。
「や、止めろ……助けてくれー!」
一人の兵士に無常にもオークの槍が深々と突き刺さる。
「ぎゃあぁぁ!」
手足に槍を刺された兵士は悲鳴を上げると、オークが槍を引き抜き、再び兵士の体に穂先を突き立てる。
「痛い、やめてくれー!」
オークは何度も何度も時間を掛けて、兵士の体に槍を突き立てる。急所をわざと外し、痛みで叫く兵士の声を聞きながら、できるだけ痛みを与えて殺そうとしていた。
まるで憎い仇に復讐を遂げたみたいに、オーク達の顔は歓喜に満ちていた。
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一人の兵士に十人以上のオークが群がり、少しずつ槍を刺し苦痛を与えていく。
「やめてくれー! お願いだ! せめて一思いに殺してくれー!」
しかし兵士の願いは叶えられない。少しずつ死に近づくと恐怖と痛みに、精神が耐え切れなくなると、ついには発狂してしまう。
「は、ははあは、あはあ、はあはや、」
それでもオークの槍は止まらない。
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「嫌だ、嫌だ、嫌だー! だ、誰か助けてくれー! ぎゃーっ!」
「マズイ、このままだと……闘気が……クソ!」
ヒロが必死に憤怒に抵抗するため闘気を練り上げまとおうとするが、憤怒の発した気勢に体の自由を奪われてしまい、思うように闘気が練れない。
今だ諦めず抵抗を続けるヒロを見た憤怒が、笑みを浮かべていた。
それは良いことを思いついたと……悪ガキのような無邪気な笑みだった。
「人よ、最大の苦しみを味わって死ね!」
その言葉にヒロは嫌な予感を覚え、急いで闘気を練り上げようとした。
すると、岸で兵士たちを殺していたオーク数名が、ヒロの方へと歩いてくる。
正確にはヒロの後方で倒れているリーシアに……。
「まさか……クッ、早く……もっと早く闘気を!」
憤怒は笑っていた。ヒロが見せる焦りと苦悶の表情を見て……ただ笑っている。
これから起こるショータイムに期待を膨らせ、醜悪な笑みを憤怒が浮かべていた。
リーシアに近づくオークたち……その中にはヒロが見知ったオークの姿もあった。
「オク次郎さん……」
「ブヒーブヒ! ブヒヒブヒヒブッヒ!」
古参オークの中でヒロと死闘を繰り広げたオクタと同じ強者のオーク……どこか気が抜けた喋り方だが、仲間を安心させる温和なオークだった。
そんな温和なオクタが、狂気を宿した目で倒れたリーシアの前に立つ!
そして数人のオーク達と共に、オク次郎が槍を掲げる。
「ブヒーブヒ!」
「滅べ! 愛する者を失う痛みを感じながら滅び去れ!」
「止めろ! リーシア! 目を覚まして下さい! ダメだ! やめろぉぉっ!」
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だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。
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国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。
そして、勇者は 死んだ。
──はずだった。
十年後。
王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。
しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。
「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」
これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。
彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。
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