月が導く異世界道中

あずみ 圭

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六章 アイオン落日編

鳶加藤への祝福

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 後日、理人は僕を連れて運命の彼と向き合った。

 その前日も、くたくたになっていつ朝になったのかもわからないくらいに抱き潰された。
 僕は理人に支えながらでないと姿勢を保っていられないくらいだったけれど、理人は「これで、俺に天音のフェロモンがたくさんついてるでしょ? 最強の鎧だよ」と微笑んで、家を出る前にもまた口でされて、理人は僕の白濁をためらいもなく飲み干していた。

 搾り取るみたいに最後まで吸われるの、どうしようもなく気持ちよくてお尻が濡れると、理人はそれも丁寧に舐めてくれた。

 そうして約束した場所に到着したとき、彼は僕らが寄り添う姿を目にした途端、絶望的な表情をして鼻と口を塞いだ。

 理人本人のアルファフェロモンよりも、理人に纏う僕のフェロモンが強く香っていたためだろう。
 彼は言葉も出ないようで、首を激しく横に振りながら、人目もはばからず大粒の涙をこぼして嗚咽を漏らした。

 その悲痛な姿に、僕まで泣いてしまいそうになる。
 理人を渡したくはない。その気持ちは変わらないけれど、同じオメガとして、運命に出会えたのにつがいになれない彼の絶望が、胸をダイレクトに突いたのだ。

 聞くことはしないけれど、彼がどんな人で、どんな生き方をしてきて、理人に巡り会えたとき、どんなに嬉しかったか……。

 おそらく理人とキスをした夜、幸せな未来を確信しただろう。
 それなのに理人に背を向けられ、どんなに必死の思いでフェロモンを暴発させたのだろう。

 たった半日で僕のことを調べ上げ、保健所で僕を見かけて呼び止めたとき、今思えば顔がひきつれていた。あのときは歓喜に満ち溢れた興奮状態に見えたけれど、焦燥感と緊張に押し潰されそうだったのかもしれない。

 ――彼は、どれだけ理人を強く欲したんだろう。
 ――彼は、理人とつがいになることを、どれほど望んだんだろう。

 僕は理人と同じ学校で、同じ委員になって、同じ通学電車でヒートを起こしてつがいになれたけれど、たくさんの偶然が重なっただけで、先に彼が理人と出会っていれば、僕は理人の隣にいなかっただろう。

 辛くて悲しい思いもたくさんした。それでも、理人の隣にいられる僕は今、とても幸せで。

「すまない」
「ごめんなさい」

 僕と理人の謝罪の言葉は、意味がないものだとわかっている。彼が聞きたいのは謝罪じゃなく、理人からの愛の言葉だったはずだ。

 僕は彼の前で泣いてはいけないと、ぐっと唇を結んだ。
 理人は僕の手をぎゅっと握りながら、彼にはっきりと告げた。

「あの夜も伝えたけど、もう一度言う。俺には愛するつがいの夫がいる。君とは生きていけない」

 理人の手と額からたくさんの汗。
 息も荒く、肩が大きく上下に動いている。

 運命を断ち切るという苦しみを、僕ではわかってあげられない。
 だからせめて、必死で闘う理人の手を強く握り返し、心の中で「愛してる」と繰り返す。

 しばらくの沈黙ののち、彼は結局、ひと言も発さずに席を立った。
 瞳を虚ろにしてふらふらと歩くから、僕は席を立って手を貸そうとした。

「天音」

 理人は僕の手を引き、首を振った。そのときにはもう、理人の汗は引き始めて、ずいぶんと穏やかな表情になっていた。

 もう一度彼が行った方を振り返り見る。
 すると彼を待っていたのだろう。往路に停車してあった黒い車からスーツの男性が降りてきて、倒れそうに歩いていた彼を支えて車に乗せた。
 
 車のドアはすぐに閉まり、彼を乗せた車は走り去って行く。
 それと共に、太く硬い運命の糸が伸びて細くなり、やがてぷつりと切れた……そんなイメージが、僕の頭に浮かんでいた。




 帰り道、真鍋さんにも報告しようと理人が言い、店に寄る。

「運命よりも、積み重ねてきた気持ちが勝ったか。本物だな。……よかったな、高梨君」
「はい。真鍋さんにはすっかりお世話になってしまって……本当の父には心配かけたくなくて言えない代わりに、真鍋さんをお父さんみたいに思って、たくさん相談しちゃいました。本当にありがとうございました」

 僕が言うと、隣に座っている理人が髪を撫でてくれる。
 顔を見れば、うん、と頷いて微笑んでくれた。

 気持ちを確かめ合ってから、目が何回も合うのが凄く嬉しい。
 真鍋さんとの話の途中なのに、理人に見惚れてしまう。

「ハァ……俺って損な役回り」

 真鍋さんがため息まじりになにかをつぶやくものの、僕はまだ理人に見惚れていて、聞き逃してしまった。

「え? なんですか?」
「天音、聞き返さない」

 理人が苦笑いをする。

 どうして? と思っていると、理人は今度は、真鍋さんに微笑んだ。

 ……あれ? 気のせいかな? 笑顔が挑戦的に見えなくもない。こんな理人もかっこいいけれど……。

「俺の愛するつがいのこと、これからも、よろしくお願いしますね」
「……な、もう! 理人、恥ずかしいよ!」

 人前で愛するつがいなんて、と慌てて理人の腕を掴むと、真鍋さんは「やってらんねー」と呟いて、とうとう席を立った。

「真鍋さん! お見苦しいところをお見せしてすみません」
「べーつに。幸せなつがいのために、ケーキセットでもおごるよ。座ってな」

 そう言って厨房に入っていく真鍋さん。
 しばらくすると、店のスピーカーから曲が流れてきた。

「あ……」

 "きみのとなりで"だ。真鍋さんが流してくれているんだ。 


君と積み重ねていく毎日が 
幸せも積み重ねてく
この出会いも毎日も
すべてが奇跡
僕たちは奇跡を積み重ねて 
この先を歩いてく
いっしょにいよう 
ずっといよう
奇跡が軌跡になるように
君の隣で 
いつも隣で


「やっぱりいい曲だね」
「うん」

 僕たちは曲を楽しみながら、テーブルの上でそっと手を重ねた。

 運命ではないけれど、あの日あのときに重なったいくつもの偶然が、僕たちを「事故つがい」として結びつけてくれた奇跡に、感謝と幸せを感じながら。


 事故つがいの夫は僕を愛さない 完
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