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しおりを挟むプロローグ
いつも通りの一日だった。
起床し、朝食を取る。ついでに弁当も作る。
登校。弓道部の朝練を終え、授業を受けてからまた部活。そして部員達とふざけあいながら帰宅。ゆったり風呂に浸かって、家族と夕食を食べてひと休み。秋の夜長を、読書とネットで過ごす。で、就寝。
それだけだった。普段と変わらない、何の特徴もない平穏な一日。
「だから僕は、家で寝てなきゃおかしい」
なのに自分は『ここ』にいる。ってか『ここ』どこ?
暗い空間にいた――手探りで恐る恐る床や壁を調べて回った結果、どうやらどこかの部屋の中にいることはわかった。ただ、取り囲む黒い壁には、所々に薄らと星のような淡い光が浮かんで見える。そのせいで、夜空の下にいるような錯覚に陥った。
もちろん自分の部屋ではない。家具も何もない。大体、出入り口さえない。
部屋の隅にもたれ、一日の記憶をたどりつつ、一体何がどうなっているのかと思案に暮れていたその時――。
〝随分と落ち着いているな〟
「!?」
声? だが辺りを見回しても、誰かがいる気配はなく、何かが変化したわけでもない。
〝叫んだり喚いたりすることもなく、周囲を探った後は、部屋の隅で警戒しながら状況整理か〟
と、声は続ける。老人が話しているような低い声音だ。自ら何者かを語る気はないらしい。
「誰?」
〝神、と言ったら信じるかね?〟
「無理」
何言ってんだ、こいつ。
〝それは残念。知っているとは思うが、君にはこれから異世界に行ってもらう。ちなみに一方通行だから、もう元の世界には帰ってこられない〟
「おいおいおいおいおい!!」
会話になってねぇよ! しかもアホなことをすらすらと……。
〝向こうでやるべきことは担当者に聞いて欲しい。ではすまんが、最後にこの状況を理解して了承する旨のサインをだな……〟
「できるかああ!!」
さすがに声を荒らげてしまった。当たり前だ、意味がわからんだろ!
〝おや、嫌かね? おかしいな……話は通してあると聞いていたんだが〟
声の主はちょっと困った風に語尾を弱めた。
話は通してあるだと? 冗談にも程がある。
「そんな話は聞いてない! いいか! 大体だな、異世界とか聞かされてどこに信じる馬鹿がいる!? 話が通ってるほうがおかしいわ!」
力の限り叫ぶ。
〝ふむ、どうやら君は本当に違うようだな。これは失礼した。申し訳ない〟
「あのな、申し訳ない、じゃなくて、ちゃんと家に帰してもらえるんだろうな!?」
〝もちろんだ〟
声はそう答える。
とりあえず、話のわかる奴らしい。もしここで、無理だ、まあ頑張れみたいなことを言われて放り出されたとしたらたまったもんじゃない。
もしくは、もう死んでるんだよね~君、とか言われて問答無用に異世界とやらに転生させられちゃうアレ。いや、就寝までちゃんと生きてた記憶がある以上、このパターンは薄いか。
とにかく、助かった~。
〝いや本当にすまなかった……しかし、となると姉か妹のほうだったか〟
……前言撤回。こいつ洒落にならんこと言いやがった。独り言のような呟きだったが、確かに僕の耳に届いた。
「おい、いまなんつった?」
〝ん? 君に話が通っていないとなると、おそらく君の姉妹が話を聞いてい――〟
「んなわけないだろ! 姉さんや真理に手を出したら容赦しねえぞ!」
確かに僕には姉と妹がいる。三つ上の雪子姉さんと二つ下の真理。
二人とも今日はとくに変わった様子はなかったはずだ。こんな異常な事態を知らされているとは思えない。
僕の代わりにどちらかを連れ去る? 冗談じゃない。
〝しかしな。君は深澄家の長男、深澄真君だろう?〟
「どうして知ってるんだよ?」
〝深澄家の子供に話は通してあるから、と私は聞いているのだが?〟
声はさらに困ったように言う。問答無用で拉致したわりには、こちらの困惑に理解を示してくれているらしい。少し感心。
うん、まずは落ち着こう。そう言えば、相手の名前すら知らないんだ。
「あのさ。とりあえずそっちの名前とか教えてくれる?」
〝おお、自己紹介がまだだったな。名乗りもしないですまなかった。私はツクヨミという〟
「ツクヨミね……ツクヨミ? ってまさか、あの月読!?」
〝おや、知っているのか、これは博識なこと〟
「三貴子の一人に数えられるあの月読命?」
〝おお、その通り。他の二人に比べて私はどうにも、まいなーでなあ〟
いや確かにそうだが、ビッグネームに変わりはない。神話や歴史は(ごく一部だけど)大好きだから、声の主が本物だとしたらそりゃ大層な存在だってことぐらいわかる。
「その月読様がどうして我が家について知ってるんですか?」
〝……本当に何も知らないのだな。よかろう、順に話そう〟
そうして月読様は実に丁寧にあらましを説明してくれた。語られていく内容は、まさに青天の霹靂――。要約すると、こういうことだ。
僕の両親は異世界から日本にやってきたらしい。のっけからぶっとんだ話だが、つまり異世界出身者というわけ。
言われてみれば、小さい頃から両親、姉妹以外の身内に会ったことがない。祖父母は早くに他界し、親戚との縁も切れたと聞かされていた。何となく納得していたのだが、まさかそんな理由があったとは。
異世界時代の因縁で、向こうの神様と僕の両親はひとつの契約を交わした。「いつか大切なものをひとつ捧げよ」と。それが、この現状の元凶なのだそうな。
邪神かそいつは! なんだその性質の悪い契約は! 異世界云々って話は何も聞かされてないぞ!
だけど僕の両親は、その契約を呑まざるを得ないほど切羽詰まっていたらしい。
思えば姉と妹に僕。三人が三人、家事全般を叩き込まれたうえ、なぜか格闘技系の習いごとをさせられていた。まさかあれは伏線だったのか!? いつひとり立ちしても大丈夫なように!?
でも父さん、母さん。僕の弓道は格闘技……でしょうか? あれは少し違うと思うのですが。まあ僕は体が弱かったからしょうがないけど。
父さんがリアリティ溢れるファンタジーノベルを得意とする作家なのも、実際にそんな世界を体験していたからか!? あのドラゴンステーキの味の描写と馬小屋の寝心地を語る場面は、確かに臨場感たっぷりだった。てっきりレトロゲームのオマージュかとばかり思ってたのに。
向こう側の世界は、父さんの作品に見られるような剣と魔力のファンタジーライフを地でいく場所なのだそうだ。
そういうわけで、どうしても誰かが向こうに行かなきゃならない。ただ、有り難いことに能力的には優れた状態で送られるみたい。なんでもいろんな負荷の関係で、僕らの世界から召喚される人は、大抵超人になるんだそうな。
月読様が言うには、こちらの世界に住んでいるというのは、いろんな意味でかなり凄まじいことだとか。
例えば、僕らにとって幻想の産物に過ぎない魔法を発現するための源――魔力。元来、魔力は人間なら誰もが持っているものらしい。
ところが地球では外から常に圧力が加えられており、その魔力が体の奥底に封じられているという。それゆえ、この世界に住む大半の人は魔力を知覚さえできないのだそうだ。もっとも、ごく少数の人は自分の内にあるその力に気付き、圧力を打ち破って、超常的な力を発現させることが可能らしいが。
同様に肉体にも、超重力下にいるような極めて強い負荷がかかっている。そういった理由で、地球というのは、実はとんでもなく過酷な場所だと教えてもらった。僕には今ひとつわからないけど。
神と呼ばれる方々の加護や、祝福の力もほとんど届くことのない不毛の世界――。それが僕が今日まで生きてきた世界だと。故に魔力も肉体も、負荷から解放されることによって異世界では強力になるみたい。
普通に生きていただけなのに、なんてご都合クオリティ。
ただ、向こうで超人になれると言っても、物凄い重い服を脱いで力が解放される的なノリだから、別に不老不死になったわけでもないので普通に死ぬよ、ということらしい。
「や~本当に怒鳴っちゃってすみませんでした。色々ご苦労なさってるんですね、月読様も」
なんだかんだと話を聞くうち、つい互いの家族のことまで話し込んで、非常に特徴的な姉と弟に挟まれた月読様の苦労を労ってしまった。初対面の僕にまで愚痴りたくなるんだ。本当に大変だったのだろう。
〝やや、わかってくれるとは!! こんなに晴れやかな気分は何百年ぶりか……しかしそれを言うなら真殿のほうこそ〟
月読様は姉妹に挟まれた僕の複雑な立場も理解してくれた。色々と気遣いがいるんだよ、姉と妹に挟まれるとね……。
綺麗な姉と可愛い妹がいて羨ましい、とかいくら言われても結局姉妹だし。むしろそうやって妬む連中が鬱陶しいだけだというのに。
そんな僕の苦労に共感してくれた月読様。
断言しよう、月読命だけを信仰する宗教があったら僕は入信する! 月読様万歳だ!
「しっかし、僕らは普通に生活しているようで凄いところに住んでいたんですね……それにしても、女神様はなかなか現れませんね」
〝ありとあらゆる世界で最も過酷だぞ。他の世界の者からすれば、深海の底、溶岩の海に住んでるが如き環境だ……ん、ああ、遅いのう、彼奴〟
例えが洒落になってないです、月読様。ちなみに言うとあれだ、なんだかんだ話し込んでいるうちに月読様が突然目の前に現われた。月読様は、老人だと踏んでいた僕の予想とは異なり、癖のない白髪を伸ばした美青年。身長は僕よりも高く、スマートな印象を受ける。
で、今は月読様が出してくれた茶を飲みつつ、いつの間にかそこにあった卓袱台を挟んで世間話をしながら、「担当者」という神様を待っている。月読様によると、向こうは唯一神である女神と精霊という存在によって構成されている世界らしく、その「女神」というのが担当者らしいのだが――。
来ないのである、これが。
ついでに言えば、月読様から提示されたよくわからない書類にはもうサイン済みだ……納得したうえで、だよ?
何せ自分が行かなきゃ姉さんか妹が行くことになる。
悩んださ。そりゃもう!
まずゲームができなくなってしまう。これから行く世界に機械は存在しないので、持ち込み禁止らしく、携帯もPCも運べない。やりかけのゲームは諦めろということか。
しかもマイPCには、家族には見せられない十八歳未満はやっちゃいけないゲームが入っている。不在の内に家族に暴かれたら、弁解のしようもない。
色々と考え出したら不安になってきて、月読様にそのことをオブラートに包みつつ、異世界に行く人物はウチの家族以外の人にしてください、というお願いもしてみた。
悪役みたいな台詞を吐かせてもらうなら、とりあえず深澄家以外の人で済むのであれば、どこの誰になろうが知ったことじゃない。
追い詰められると自分の小ささがよくわかるもんだ。
でもダメだった。きっぱりと拒否された。
だから自分については早々に諦めた。自分の優先順位の低さに、当の本人である僕が一番驚いたよ。
だけど、せめて我が家に残った秘めたる黒歴史や負の遺産だけはどうにかしたい!
会えなくなる家族にあんなものやこんなものを見られたら――。
「あの子にあんな趣味があったなんて……」
「我が子ながら何と節操のない!」
「何て弟なの! 私のこともひょっとしてそんな目で!?」
「お兄ちゃん不潔!」
いやあぁぁぁぁぁぁ!! らめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!
耐えられねえよ!? 想像だけで死ねる!!
〝案ずるな〟
だが月読様は頼れる男だった。羞恥に身悶え、狂気にとらわれようとしている僕にこう言ってくれた。
〝男の夢たる数々の書物とゲームソフト、そして真殿のHDDの中身は私が責任を持って消去しておこう〟
僕を見て慈愛に満ちた顔で頷く月読様。何もかも、何もかもわかっていらっしゃったんだ、この御方は。
神だ、あんた神だよ! たとえマイナーな神でも、僕のランキングであんた今一位だ! 主神になったよ!
HDDとか随分専門的な用語知っているな、ってのはこの際どうでもいい。これで先刻の悪夢が杞憂に終わるであろうことにただただ感謝したかった。
「ところで、あっちの世界に行ったら筋力や魔力が凄くなるのはわかったんですが」
〝うむ〟
「他に、何か特殊能力は使えないんですか? 物語の主人公が持つような……」
大量の魔力があるならそんなもの不要かもしれない。でも男のロマンとして異能には憧れる。
異世界に行くと能力もらえるって一種のテンプレじゃん。だったら欲しいじゃん。漫画や小説の話だけどさ! まあ、僕は今まさにそんな体験をしているんだし。
その世界にはファンタジーではおなじみのエルフやドワーフ、それに獣人なんてのもいるらしいし、それらを相手にするなら異能くらい使えてもいいんじゃね?
というか、あったほうが安全安心じゃんってわけだ。
〝もちろんあるぞ〟
「マジっすか!? どんな? どんなのがもらえるんです?」
ダメ元だったのに~。何事も言ってみるものだなあ。
〝それはわからん。申し訳ないが、行ってみてからどうなるか、というところだな。今の段階では曖昧なことしか言えぬ。私もできれば助言してやりたいが、一度真殿が向こうに行ってしまえば交信もできぬし……〟
「そうですか……それって好きな能力を創造できるっていう万能な感じですか。今は空白、ってだけで」
〝いや、違う。これは、私の神性に関係があるのだがね〟
「?」
〝私は夜や月を司ると言われておるが、実際の属性は実に曖昧でな。そういう意味では、君の言うように『空白』というのも私の属性として強ち外れてはいないのだ。私の力をできる限り真殿に与えるが、それがどう芽吹くかは真殿の適性によっていかようにも変わるだろう〟
説明し終えた月読様は、こっちに来いと僕に手招きをする。
隣に座ると額に手を当てられ、ナニカを体の中に流し込まれた。額から首の後ろへと流れ、背骨に沿って体中を巡り僕の中に沈み込んでいく……これが彼のくれた恩恵なのか?
「はー……何かが内に溜まっていくのがわかります。力の源なんですかね?」
〝そうだ、理解が早い。力を把握するのも意外に早いかもしれぬな。知覚認識は問題なし。後はソレを表出するイメージができれば、大抵の場合、能力を発動させられる。まあ、手の平から放出する感じが一番わかりやすいか。ちなみに今は無理だぞ? ここはまだこちらの世界だからな〟
やってみようとしたが、月読様に笑いながら釘を刺されてしまった。
〝真殿は契約上のこととはいえ請われて行くのだから、あちらの女神からも力を授かるだろう。今までの世界を捨てさせるのだ、せめてこのくらいの役得がなくては、な〟
また申し訳なさそうに月読様は頭を下げる。
「いや、月読様。むしろ僕は感謝しているんです。もし……もしも貴方の言ったことを僕が断ったまま、何の説明もなく姉か妹のどちらかがいなくなっていたら、僕は一生後悔したでしょうから」
〝優しいなあ、真殿は……む、ようやく来おったか〟
「やっとですか。長話、しちゃいましたね。いや、できちゃいました、ですね」
〝望むのであれば声を記録してそのまま伝えたり、夢枕を使うこともできるのだが、本当にこれだけでいいのか?〟
「はい、構いません」
月読様が手に持っていたのは二通の手紙。
別れる家族に何か残せないかという僕の提案に、月読様は色々心を砕いて考えてくれたが、結局僕は手紙を選んだ。両親に向けてと姉妹に向けて二通。
親については異世界って言えばわかるんだろうけど、姉さんたちに事実をそのまま伝えるのは躊躇われたので、手紙を別々にしてもらった。父さん達がそこも含めて二人に話すというのなら、それはそれで両親に任せるさ。
機械はダメだったけど、他に向こうに持っていける物はないかと改めて聞いたら、少しだけど許可が出たので、数冊の本と筆記具(ボールペンやシャーペンはだめだったので鉛筆と万年筆にした)を選んだ。食料も持っていきたかったが、なぜか却下された。召喚には色々決まりごとがあるんだろうか。
「ん? ……うお!?」
持ち物を確認していると、突然自分の体が半透明になっていくことに気付く。
〝なに!? 私に挨拶もせずに連れて行く気か!? 何を考えておるのだ、あの馬鹿娘は!〟
月読様も慌てている。今は異世界に連れて行かれる前兆だとわかっているから安心だけど、いきなりだったら泣き喚いていたかもしれないな。
〝すまぬ! これから真殿が会う神は、少し……いや隠しても仕方ない、かなり問題がある女神だ。だが、その、できる限りで良いから、大目に見てやって欲しい〟
月読様はどこまでも思いやりを持った人だ。きっとこれまでも対人関係で緩衝材として間に入ってきたのだろう。苦労したんだろうなあ。
僕は笑って頷く。
異世界に行くのを僕に決意させてくれた。大した存在でもない僕の話を聞いてくれ、心を落ち着かせてくれた。そんな月読命の言葉だ。多少は破天荒な女神だろうと、受け入れるさ――。
◇◆◇◆◇
……ええ、そんな風に思っていたこともありましたよ。
「白金の部屋とでも言うのかねえ」
僕は圧倒されていた。
夜空に囲まれたような部屋にいたと思ったら、今度は煌々と白く輝く、目に優しくない部屋。
〝あら、もう来たの〟
第一声。この声が女神か?
〝月読爺さんの力も結構弱くなってんのねえ。あんなマゾな世界にいたらしょうがないか〟
第二声。おそらく女神。
〝大体、久しく会ってないからって、私の性格まで忘れて男を候補に挙げてくるんだから、耄碌してるのは確定よね! アハハハハ〟
第三声。め、女神? ……うん、多分女神。
〝私好みの女の子が二人もいたのにさ。どっちかにしろってのよ、ったく……私が保険を掛けていなかったらどうなっていたことやら〟
第四声。め、めが、めが、めがみ?
〝ま、我慢我慢。でね、深澄とか名乗ってたっけ? あんたは、あんたの両親と私の間の契約によってこの世界に喚ばれたわけだけど――〟
第五声。あれか、きっと悪い冗談だな、これは。
〝実はこっちの世界、ちょっと目を離している隙に種族間のバランスが異常に崩れちゃってね。ちょっとヒューマンが大ピンチなのよ。魔族やら亜精霊やらが好き勝手始めちゃってさ〟
ちょっと目を離してる隙に、だと?
〝んで、契約のこと思い出してね。ヒューマンならひとねむ……じゃなかった、瞬きほどの時間で子孫を作るだろうから、喚んで手伝わせようかと思ってね。ん?〟
……今こいつ一眠りって言いかけたよな?
〝アハハハハ!! あんた本当にあの二人の子供? え、ちょっと、ちょっと待って。あら、長女と次女は良い線いってるじゃない。あーこれはひどい。無理だ。あ、念のために確認っと〟
つ、月読様。これ、僕には無理かも。
〝あ、ちゃんと血は繋がってる。あんた悲惨ね~。もう、どこの醜いアヒルの子だってのよ! 白鳥成分ゼロ。あんた不細工ね~〟
丸齧るぞ、こら。
〝あんたに力与えるとかマジ無理だから。悪いけどさっさと視界から消えてくれる? 存在がキモイし〟
……怒りが頭を何周かして、かえって思考がクリアになってくる。これほどひどい自己中キャラを僕は知らない。
別の世界から自分勝手に人を引っ張ってきといてそんな言い方あるかよ!
ありえねえ、流行にしか興味のない今時の刹那的女子高生でももう少し真面目な態度取れるわ。
「……」
ダメだ。罵倒しようにも言葉が出てこない。
なんて言ったらいいか、もう口をパクパクさせるばかりだ。
〝なにキョドってんの? 会話も無理とかありえないし。私、この世界の唯一神にして処女神でもあるのよ? あんたみたいなのが同じ空間にいるだけでもう罪。孕んだらどうしてくれるのよ?〟
こ、こいつが神……こいつが唯一神。
嫌だ。い、嫌だぞ僕は。こんな奴が神様やってる世界などまともなわけがない。絶対行きたくない。
月読様、お願い、本気で助けてください。マジで無理です!!
〝もう来ちゃってるもんなあ……召喚にもクーリングオフのシステムを作って欲しいわね〟
「あ、あんたな!? そっちの都合で喚んでおいてそれはねえだろ!」
〝うっわ野蛮! 喋ったと思ったらソレ? 声すら醜いとか。手伝ってもらおうかと思ったけど、やっぱりいいわ〟
「はあ!?」
〝私の世界のサーガに相応しい勇者をもう別に手配したから。あんたは私に迷惑掛けないように世界の果てでじっとしてなさい。いいわね。ホント、保険を掛けておいて正解だったわねえ〟
いいわけあるか!! なんだよそれ!
僕なりに覚悟して、元の世界を捨ててここに来たのに!
〝もうだいぶ高度下がっちゃってるからな~。落としただけだと死なないだろうし。あ~あ、あの世界の人間って本当にしぶといのよね、参るわ〟
出会ってたった数分で、ここまで身勝手な言葉を吐かれるとは……こんな不当な扱いをされる理由ないよね!? そうだよね!?
〝それと、ひとつ言っとくけど。私の美しい世界の住民たちにあんたの醜い胤をばらまくんじゃないわよ? 結婚も勘弁してね、世界が汚れるから〟
もう、聞きたくない。こんなことは初めてだ。
これは本当に絶望的だ……今から自分が向かう世界の唯一神がどうしようもない相手だと判明しました。由々しき事態です。
〝ああ、そうだ。あんたに力を渡すなんてすっごく嫌だけど、『理解』を与えるくらいなら、まあ良いかな。仕方ないわね、妥協しましょう。今後のためにも〟
勝手に納得してる。マジで冗談じゃないよコレ。つーか神様ってこんな上から目線が普通? 月読様が特別なのか、こいつが特別なのか。後者を信じたいな、僕の精神衛生を考えても。
〝ちょっとミスミの。きいてるの?〟
名前がなぜか『の』で省略された。『あれ』とか『これ』よりは良い扱い、かな?
「なんだよ」
もう敬語すら使う気が起きない。でもきっと許されると思う。そうさ、僕のほうが正しいのさ。
〝あんたが魔族や魔物と話せるように、ヒューマン以外の言葉を『理解』できるようにしてあげるって言ってんの。だから、できるだけ低位の、オークやゴブリンに交じって暮らすのよ。他の種族、間違ってもヒューマンに迷惑かけるんじゃないわよ? じゃ、行け〟
「ひどい言い草っ、っとわ、わわわわわ!?」
〝あーーー!! 叫び声までひどい! ちょっとニンフ達! この空間を徹底的に洗浄しておきなさい! また湧かれたらたまんないわ〟
いきなり落下の感覚に襲われる。
最後に聞いた声。湧かれたらたまんないだと? 僕は黒い悪魔Gの化身か何かか!
Gだって一生懸命生きているんだぞ!?
せめてここで「ああ、ごめんなさい。実は一目貴方を見た時から恋に落ちていたのです。すべては神位を保つため。厳しく当たってごめんなさい」とか「ああ、お父様(って誰だよ)。どうしてこんな仕打ちを私にさせるのです。彼にこんな試練を与えるだなんて」みたいなことを涙ながらに言ってくれれば、少しは許せたのに……。
いや、それはありえないな。
発言は全て、すっごくナチュラルで躊躇いも一切ありませんでした、はい。
あのくそ女神……いや、女神なんて二度と呼ぶか!!
ちくしょーーーーーーーー!!
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