月が導く異世界道中

あずみ 圭

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五章 ローレル迷宮編

不殺の開戦

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 きっとこれが最善だ。
 十九層グレイブパレスの奥部。

 次の層への転送陣を前に僕は頷く。
 巴と澪にも聞いてもらって修正を加えた作戦だ。
 けっきょくこうやってヤソカツイの迷宮を目的地一歩手前まで進んでも僕には六夜さん達を、不死を受け入れた日本人達の心を折る方法が思いつかなかった。
 僕らはこれから相手のホームに乗り込んで、そして相手を誰も殺さず、僕を憎む人を含めて協力してもらわなくちゃいけない。
 しかも間違いなくクズノハ商会にとっても脅威になるレベルの戦力も複数いるときたもんだ。
 どう考えたって現代の孔明が必要になる大難題だ。
 だから、あの宿での……いろんな情報が頭の中で綺麗に噛み合って浮かんだ基本的なアイデアは奇跡だったんだろうと思う。
 ……切っ掛けになったのはいろはちゃんとアカシさんの、二人にとっては何気ない言葉のやり取りだったんだけどね。
 
「さてさて、大仕事ですな。血が滾る」

 刀の柄に触れながら、銀髪モードの巴が嬉しそうに僕を見て笑う。
 この層が強敵だったから強化した訳じゃない。
 これからそのレベルの巴の力を必要とするから、さっき力を与えたんだ。
 巴はルトの時にはその場にいなかったから、修練以外で力をふるえる場に喜びを感じているってのもあるかも。

「誰一人潰せぬというのも大変ですけれど。若様の命とあらば万事完璧にこなしますわ。ただ出来れば六夜辺りには痛い目も見せてあげたいところ。私の前に立たないかしらね、あれ」

 腰辺りまで艶やかなストレートの黒髪を伸ばした澪が後半物騒な事を口走りながら目を細めて微笑む。
 その姿は艶然そのもの。
 巴の笑みもどこか色気を感じさせるけど、澪も最近ますます仕草が色っぽい。
 今のは端々に殺気が漏れているから、出来れば向けられるよりも眺めているだけにしたい類のものだけどね。
 ただ、僕としては相手の状況次第とはいえ澪にはハクモクレンさんかギネビアさん、それか六夜さんの相手を任せたいところだった。
 宿で僕に刃をむけたから、ってのが理由のほとんどを占める澪とは考えは違えど、望む組み合わせは一致してた。

「これだけのモノを持ち込み、しかも巴様から神器に相応しき指輪までお貸しいただき……このベレン、今日ならば千の軍勢をも打ち砕く!」

 ……。
 正直なところ。
 ベレン、ホクト、シイの三人は今日一番きついかもしれない役割を担ってもらう事になる。
 何故なら始まりの冒険者を除くほぼ全員を相手にして、事が成るまで持ち堪えてもらうから。
 最初は増員を考えていて三人に話を振ったんだけど、彼らの答えは“装備の”充実だった。
 今日相手にするだろうピクニック勢はおそらく百には満たず、これは集めた情報から分析してもらった。
 エース級は相当な手練れもいるからライムやアクエリアス、アルケー四天王、いや四人衆だっけか? それらを招集する気でいた僕に何と三人全員から待ったがかかった。
 望むのは万全な装備、全力を出す許可だと。
 それでいけると、彼らは真剣な顔で訴えてきた。
 三人とも、何か思うところがあったのかもしれない。
 この迷宮のここ何層かは特にクズノハ商会でも修練に使いたいくらいの厳しい場所もあったから、それも影響しているとか。
 だからベレンには巴と澪、遠隔で識と環にも参加してもらって持ち込んでも大丈夫そうな武器を大量に持ち込む許可を与えた。
 さっきからやる気に満ちた表情で見つめている指輪は巴が与えた、倉庫の様に亜空を用いる事が出来るアイテム。
 難しい技術論はさっぱりな僕としては、大容量の倉庫を開けるアイテム、と認識している。
 巴も頷いていたから遠からずといった効果だろう。
 自由自在とはいかず毎回それなりの魔力を消費するから今日ベレンの魔力はほぼあれ用に使われる事になるんじゃないかな。
 
「忍装束。これさえ間に合えばもはや敵なし。壁役でも支援でも火力でもこなしてみせる……」

 ……。その二。
 ホクトは巨体にはアンバランスこの上ない忍装束に身を包んでいる。忍者ルックである。
 さっき着替えた当人のモチベーションはかなり高い。
 この層の最後に格が違うトラップが一個あって彼は片腕消し飛んでたけど、それはもう治療が終わってる。
 まあ見た目はあれでも防御力は高いし、服に隠れている部分にも幾つか装飾品タイプの装備を増強している。
 元々素手と肉体のスキルだけで高レベルの冒険者を狩りまくるアルケーの彼だ。
 修練に加えて装備と連携まで備えた今のホクトなら、いくら相手が伝説の傭兵団でも戦闘力で劣るとは思えない。
 体術と魔術の連動スキルとかは文句なしに強力だし。
 ただあれはホクトが呼ぶように忍術じゃなくてNINJUTUだよねってのと、発言が明らかに忍びじゃないってのだけが問題点か。
 
「お供させてもらってるのに、今日も一番大変なのは若様たち。その上アクア様エリス様にまでご助力頂いたら私的にしばらく立ち直れない。傭兵ども、覚悟しなさ……しやがれ、みたいな」

 シイは援軍を一番喜ぶと思ったのにアクエリアスコンビの名前を出した途端、必要ない、頑張れます的な態度に変わったんだっけ。
 作戦の概要を伝えた後は全員ホームランで倒すとか意味不明な発言も加わった。
 腰のベルトには幾つかの、色とりどりの試験菅。
 腕には濃緑色で鈍く光るブレスレット、耳にはイヤリングを新たに身に着けていた。
 近接型森鬼としても、エルフの祖としても全力で戦うとかなんとか。
 弓矢も使わないし魔力もさほど得意じゃないシイから聞くとは思えない珍しい言葉だった。
 ちなみにライムは一応宿に呼んである。
 あいつで時間稼ぎも出来ない相手が今日襲来するとも思えない。
 まさに保険という意味合いが大きい。

「……皆、いける?」

 そろそろと思って声を掛けてみると、返ってきたのは同じ視線。
 よし。
 打ち合わせた通り、まずは僕が陣に乗る。
 もう見慣れた光に包まれて、数秒後の景色は十中八九浴びせられる先制攻撃。
 もしかしたら交渉の席かも……。

「な訳ないか」

 六夜さんの言葉から推測できていたは言え、一人で出現した僕を迎えてくれたのは戦場の空気と殺意。
 それに問答無用の攻撃。
 矢だけじゃなく投擲槍ジャベリンに短剣、手斧、レベル様々な攻撃魔術に弱体化を引き起こす結界の展開、状態異常狙いの魔術と種類も豊富ときたもんだ。
 
「壮観だ。だけど、まだ脅威じゃない」

 数歩前に出る。
 頭は冷静だ。
 今の時点で一番怖いのは六夜さんのあの不意打ち。
 それに彼以外の始まりの冒険者の未知数の実力。
 つまり、僕の初手は……。
 
『っっっ!?』

 界を感知と探索に設定して相手戦力を把握する。
 同時に隠蔽効果を解除された魔力体が誰の目にも見える形で出現した。
 当然その構築に用いた魔力は向こうにも伝えられていき、驚きか畏れか、何らかの効果を与えられた感触が僕らの間にある空気を伝って感じられた。
 攻撃が、恐らく僅かの間だけだろうけど、止んだ。
 降り注ぐ攻撃、まとわりつく魔術。
 折角もらった隙に、その両方を魔力体から放った衝撃波で一蹴する。
 界でも感知できないならどうしようもないけど、六夜さんはじめ始まりの冒険者らしい気配は近くにはない。
 そして把握したい事は全部掴めた。
 数秒後、僕の背後に五つの気配。
 みんなが到着した。
 澪が構築した僕ら六人を繋ぐ情報を共有するネットのおかげでこの辺は抜かりなく連携が出来ている。
 
「六夜さんたちがどう絡むつもりかまだわからない。気をゆる――」

 っ!
 攻撃の再開。
 豪雨の如く展開される魔術の波状攻撃。
 加えて……。

「ふむ、中々の隠形じゃが六夜ほどではないのう」

 巴がスキルを暴いてこちらに接触しようとしていたアサシン風の部隊の姿を露見させる。
 数は七。
 ついでに彼らの援護も兼ねていたであろう遠距離攻撃を手にした太刀を一振りして焼き尽くしてみせた。
 そのまま近接部隊に向けられる巴の刀の前にベレン達三人が躍り出て構える。

「先にやられたが! こちらも突貫といこうかご両人!」

 ベレンがこちらを見る事なく叫んだ。

「当然。全員死なない程度にぶっ飛ばーす!」

「提案するまでもなく同じ意見か。もとより乱戦に持ち込んで撹乱する気だった。数では圧倒的に不利だからな」

 その状況で乱戦にするのは決死の覚悟を伴う状況が多いと思うけど、三人の目には死を望む光はない。
 アサシン達を狙う弾丸よろしく突っ込んでいき、一合で七人中二人が地面を勢いよく転がりもう二人が脱力して崩れ落ちた。
 ベレンの動きは止まらない。
 手にした大斧を全身の力を込めて振りかぶり、砦に展開する相手の本陣めがけて投げつけた。
 すぐさま彼は指輪の力を起動して新たな斧を手にすると、無手になったベレンを狙ったアサシンが突き出した刺突剣を得物で弾き返す。
 よし、戦いになるレベル。
 これなら……。

「やはりここからだったか。罠も大した効果は見込めず、か。数はともかく質はそれなりの物を仕込んだというのに」

「六夜さん、ナナサンでブギーパレスを抜けてくるって言ってたくせに。罠だってあっちが本命……」

「まあまあ、連絡はしましたから後二分であちらの部隊がこちらに戻ります。私達は私達の仕事をしましょう」

「!?」

 振り返るとそこには三人の人影。
 感知の界でも全く気付けないなんて。
 しかも……六夜さんだけじゃなく他の二人も。

「……後ろを取るのがお好きですこと」

 澪が臨戦態勢で冷ややかに呟く。
 
「そのまま攻撃を仕掛けぬのは余裕か、驕りか。どちらと見るべきかの」

 巴の言葉にも僅かに怒気が含まれている。
 気取られなかったのならそのまま攻撃を仕掛けるべきだろうに、そうせず言葉を発してわざわざ僕らに気付かせた事が気に障っているんだろうな。

「とんでもない。もう少しそちらの手札を見たい所だったが、予想外の事態に慌てて上から引きずり降ろされたのだから。私のコレは仲間ごと隠せはするがそのまま攻撃は出来ん不便な代物でね。制約もそれなりなのだよ」

 コレ、と隠れるジェスチャーを示す六夜さん。
 仲間ごと、ここまで完全に気配と姿を消せるだけで十分おっそろしいスキルだよ。

「……」

「一体その出鱈目な魔力はなんだね? 正直度肝を抜かれた。長い人生でもそれほどの魔力を身に宿したモノなど見た事がない」

「さあ、世間では魔人とかなんとか言われてますけど。僕も理由はよくわかりません」

「……とんだタヌキだったという訳か。私の読みも外れたな。君はもう少し素直な性質かと思っていたが」

「で、察するにそちらがミューズダンサーのハクモクレンさんとオーバーマッシュのギネビアさんですか?」

『……』

 あれ。
 装備や外見から多分間違いないと思うんだけど、視線を向けた二人が沈黙している。
 違ったか?
 だとしたらちょっとカッコ悪いな。

「……私アローダンサーだもん。神職でもないのに神とかつく職業なんて……」

「……プリーストかビショップだもん。僧侶感ゼロの職になんてついた覚えないもん。なんでそんなの知ってんのよ……」

 多分、どっちも強力な固有職ユニークジョブだと思う。
 でもこの二人にはどうやらあまり良い印象の名前じゃないみたいだった。
 呟きながら顔が横を向いていく。
 始まりの冒険者の場合、ジョブなんてものはギルドバースという能力で生まれたもので今ある冒険者ギルドとは厳密には別モノな訳で。
 自分の職の名前くらい自分たちで設定できなかったんだろうか。
 ま、好都合だ。
 巴と澪に頼んだコトもまだのようだしね。
 少しだけ時間稼ぎがしたいとこだった。
 この三人との戦闘なしでそれが出来るなら大歓迎。

「あー、ショウゲツ君か。彼ならもしかしたらその辺も知っていたかもしれんな」

 六夜さんが頭を掻き苦笑しながら思い当たる可能性を口にした。
 大正解です。

「後で刑部家行って説教しちゃる」

「女の秘密を軽々と口にする事がどれほどの禁忌か、躾が必要ですねあの駄犬には」

 駄犬?
 なんか僕の発言で何故かショウゲツさんがとばっちりを受けそうな気配だ。
 珍しく僕本人はあまり痛くないケースだな。貴重だ。
 すみません、ショウゲツさん。
 部屋にいてもいいお代って事で許してください。

(若、終わりましたぞ)

(こちらも滞りなく)

 よし。
 巴と澪から聞きたかった報告が届いた。
 ここからが本当の意味での戦いの始まりだ。
 頑張――
 
「六夜さん、いけますよ」
 
「!?」

「やれやれ、修正は出来たか」

 何の魔力も感じない、ただフロア中に響く声がした。
 っ。

「何か、くるぞ」

 僕たちの周囲に複数の気配。
 直接の攻撃じゃないようだけど……。
 自分に、そして他の二人に言い聞かせるように。
 僕は呟いていた。
 声こそ聞こえていなくてもベレン達にも澪のおかげで伝わっているだろう。
 確かに、ここは敵陣。
 相手に有利は当たり前。
 
高嶺たかね君のせいで私の精神がダメージ」

 ハクさん。

「私も」

 それにビアさんも、やや恨みがましそうに声に応えた。
 高嶺、か。始まりの冒険者ではない名。
 界でも感知できない魔力でもなく、かといって絶対にただの肉声ではない声。
 迷宮の管理者だか管理人だかデザイナーだかの人か?

「時間稼ぎ、でしたか」

 六夜さんの出て来たタイミングが少し妙に感じたのをこっちの都合にもいいからって楽観的に判断しすぎたかな。
 急げ。
 一番しなくちゃいけない事、ベレン達へのフォローが出来るうちに、やっておかないと。
 彼が姿を現した目的を尋ねつつ口には漏らさず詠唱込みの魔術をいくつか構築した。
 他の支援系と干渉しない、彼らの邪魔にはならないヤツを。 

「すまんな。だが、先の巴殿の問いを返すようだが敵の本陣で無茶な戦いをしようという割には、君らには余裕があり過ぎる。それは驕りか、さもなければ過ぎた余裕ではないかな」

 謝罪の意図がない謝罪の言葉。
 けど不思議と腹は立たなかった。

「相も変わらず無礼な男ですね、貴方は。何をするつもりかは知りませんが、私としては貴方に強者への礼儀を教えたいところですけど」

 受ける覚悟はあるのかと澪の目と口が言っていた。
 明らかな挑発、そして威嚇だった。
 それとほぼ同時に、気付いていた複数の気配が転移を果たす。
 これは。

「それは奇遇だ。私も出来ればそうしたいと思っていた。ライドウ君は別として巴殿と澪殿なら、澪殿の方がやりやすい」

「! そぉ……」

 六夜さんは澪の挑発と威嚇をかわすどころか、真正面から返してきた。
 僕としては団体戦でのらりくらりと相手をやり過ごすのが一番楽なんだけど。
 澪はかなりやる気になってしまっている。
 僕ら三人を包囲するように出現してきたマリコサンズも気になるし。
 オルタフロアで出会った子は、いないみたいだ。
 
楽園守護者ガーディアン決意鋭刃ディーレター不退転ホワイトカード

『!』

 立て続けに三つの術を発動させた。
 魔力体の左腕が霧消して、僕ら全員に支援を施した訳だけど……。
 識と環に考えてもらった出来たばかりの術をわざわざ使った。
 それぞれ種族個性強化、能力強化、状態異常無効。
 更に発動を阻害されたりするのも考えて魔力体の魔力を消費して発動してみせたのに、結局妨害らしい妨害は一切なかった。
 ふむ。
 ま、やらせてくれるのに越した事はないんだけど、だとするとこのマリコサンズは一体?
 赤青黄色、白黒灰色……。
 まあ、カラフルだ。
 僕らを囲む様に十二人。
 胸を張り腕を組んで浮いている。
 髭も、凄いな。
 カイゼル、ちょび、あご、、ほお、どじょうにラウンド。
 見本市みたいだ。
 
「じゃ、マリコサン達、いくよ」

『応!!』

 フロア中に響くややのんびりした男の声に綺麗にはもった応の号令。
 声もまた少女のようなのから成熟した女性のものまで様々だ。
 しかし、見れば見るほどに髭はない方が可愛い気がする。

「インバイトデュエルエリア」

「っ!?」

 相変わらず何の力の流れも感じない。
 突然、ハクモクレンさんとギネビアさんの姿が消えた。
 全く、この空間に限っての神様を相手にしているようなもんかね。
 たまらん。
 もっとも、名乗り方から考えれば絶対支配者というのでもないようだけど、ね。

「巴さん!?」

 澪の声。
 視線を巴に向けると、そこには誰にもいなかった。
 けど、いる。
 かなり離れた場所に巴の気配があるのがわかった。
 そこには他に二つ人の気配が……。
 
「強制転移か。おっかない」

 インバイト、デュエルエリア。
 名称通りの能力ならMMOによくあるプレイヤー同士の戦闘エリアに転送する、みたいなスキルか。
 ダンジョンデザインなんて能力そのものがゲームっぽいし、ここの管理人は六夜さん達とは相性が良いかも。
 だけど、二人と一人か。
 人数が合わないんじゃないか。

「高嶺、どういう事だ」

 おっと。
 六夜さんからしてもこの組み合わせが予想外?

「突然ですけどプラン変更です。その人を抑えるの、六夜さんじゃ相性も悪すぎなんで手を入れました」

 その人って、僕か。

「承知の上だが? 俺が楽な所をもらう訳にもいくまい」

 で、楽ってのが澪の事か。
 ここでの戦い、しかも生死が勝敗じゃないって制約があるとしても、それは澪を舐めすぎじゃないかなと思う。
 彼にピンポイントで澪に恐ろしく有利な装備や能力を持っているとは思えないし。

「いやいや。災害の黒蜘蛛。こいつが知性を持って主を持って行動しているってだけで、楽にはなりませんて。じゃ、よろしくです」

「お、おい!」

 その声と共に六夜さんと……澪が消えた。
 今度はスキルの宣言らしきものもなかった。
 残されたのは僕とマリコサンズ。
 ま、まさか僕の相手って彼女達なのか。
 それとも声の主、高嶺って人?
 いっそ放置?
 ここでは誰も殺す気はないからベレン達と合流して皆のフォローさせてくれるっていうのならそれが一番か。

「……僕は、ひょっとして放置?」

「まさか。ライドウ、いやミスミマコト君。君にも相手はいる。始まりの冒険者は彼ら三人だけじゃないんだよ? じゃ、インバイトっと」

 ん?
 デュエルエリアって続かない?
 瞬間。
 景色が変わった。
 空気もだ。
 まさか、僕だけ迷宮の外に出された!?
 そんなのまでアリなのか!?

「うっわ、冗談きついんですけど。どこをどう判断したら私が彼の相手に適任って事になるの、高嶺君……高嶺? あのクソガキ、沈黙か」

 とりあえず目の前で僕を見る事もなくテーブルに突っ伏している女性はスルー。
 攻撃の意図もないようだし。
 そして見渡す。
 部屋だな。
 女の子の部屋だ。
 それも現代日本に近い。
 そこそこファンシー寄りで、ピンク寄り。
 うちの姉妹とは大分違う系だ。
 姉さんはクッションマニアな部屋だったし、妹は質実剛健というかシンプルというか飾り方を知らんというか、まあそんな感じだった。
 こういう系統のは……姉さんの友人のレスリングしてる人が確かこんなだったな。
 いや、あの人はもっとひどかったか。
 違う、ひどいんじゃなくて、もっとその、ひどい。
 じゃなく!
 もっと可愛い部屋だった。
 ぬいぐるみとかフリルとかピンクとかベッドとか。
 凄かった。
 そう、酷いじゃなく、凄かった。
 ここは普通とそれの間というか、すんなり入れる可愛い感じだ。
 うん。うまくやれた。
 この世界ではあまり見ないふかふかのラグと低いテーブル。
 椅子を使わずラグにそのまま座る構図だ。
 実際僕はそこに立っていて、彼女は座って突っ伏してる。
 この人も始まりの冒険者なら年齢に意味はない。
 ただ外見の年齢も顔が見えないからさっぱりだな。
 うーん、若そうではあるけど。
 しばらくブツブツ呟いていた彼女はしばらくして黙るとおもむろに顔を上げて僕を見た。
 あ、若め。
 二十歳くらい、同世代の外見だな。

「初めまして、マコトさん。私は緋綱、お察しでしょうけど始まりの冒険者の一人です。隠す事でもありませんし、こうして会った以上調べればわかる事ですから言いますが、不本意ながら初代の巫女でもあります。ああ、すぐお茶をお出ししますので……靴を脱いでお座りください」

「あ、お構いなく……」

 すっと立ち上がると僕の横を何をするでもなく通り過ぎていく緋綱さん。
 敵意は欠片も感じられなかった。
 ええっと。
 ひとまず示された場所。
 テーブルを挟んで彼女の対面となる位置に靴を脱いで座る。
 界で場所を把握してみると、そこはどうやらさっきまでと同じフロア。
 良かった。
 得られる情報の精度が少し下がっているのが気になるところではあるものの、この空間自体に僕への害はない。
 念話は、誰からも応答がない。
 巴と澪については無事はわかる。
 分断された以上、彼女が僕の相手? という事になるんだろうか。
 予想と大分違う。
 いや完全に想定の範囲外だ。
 
「というか当たり前に僕の名前知ってたな。で? 始まりの冒険者で、初代の巫女ね。あとは……子ども以外じゃあ珍しく僕よりも背が低かったな」

 貴重だ。
 子どもか特定の亜人種族を除いて同年代の見た目で僕よりも背が低い人は少ない。
 さっき緋綱さんの頭は僕の顎くらいの高さを通過していった。
 新鮮な感じだな。
 
「お待たせしました。あら正座とは行儀が良い方ですね。崩して頂いて結構ですよ」

 緋綱さんが戻る。
 特に不自然を感じない時間で。
 湯気の立つ大きめの湯呑みを僕の前に出し、盆も置いて彼女も座った。
 中はコーヒーだった。
 あ、そういえば緋綱さんの髪色は藍色。
 六夜さん達は白とか銀。
 ん?
 
「ありがとうございます」

「……ごめんなさい。うちの男どもは皆コーヒーだったからつい淹れてしまったけど、お茶か紅茶の方が好みでした?」

「いえ僕もコーヒー好きです」

 緋綱さんの言葉に応じながら、僕は気付いた。
 始まりの冒険者。
 それは名前を聞いてわかってた。
 だけど……。

「初代の、巫女?」

「え?」

「あの、さっき緋綱さん初代の巫女とか言いませんでしたか?」

 頭に入ってくると、とんでもない単語だった。
 巫女ってあれだよな。
 先輩んとこのパーティーに当代のがいるっていうローレル連邦の象徴。

「ええ。ルトとの約定もあったし諸々事情があってすぐに降りたけど……私がローレル連邦の巫女、その初代であり原型ね」

 ……人材豊富だね、“始まり”の皆さん。
 予想外の展開、予想外の肩書を持つ人物との出会い。
 落ち着く為にコーヒーを一口啜った。
 うん、めっちゃ美味い。
 迷宮コーヒーとして特産物展開すれば大当たりすると思う。
 と、一応商人らしい事も考えつつ。
 時間稼ぎができるのは良しとして、これからどうするべきか。
 僕が一口コーヒーを口にしたのを見て、微笑みながら自分も湯呑みに口をつける緋綱さん。
 対面からは梅こぶ茶の匂いがしていた。

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