まったく知らない世界に転生したようです

吉川 箱

文字の大きさ
8 / 202
咲く花月

第8話

「それで、無給はありがたいのですがさすがに申し訳ないので出世払いというか、ぼくがお金を手にするまで待っていただきたいのですルカ様」
 もっもっもっ。向かいでぼくが作ったスコーンを口いっぱいに詰め込んで、ルクレーシャスさんはこくこくと頷いている。今日のスコーンは干しイチジクのスコーンだ。
 髪色を変える魔法をかけてもらってから数日が経った。ルクレーシャスさんはすっかり離宮の生活に慣れたようだ。行儀悪くミルクティーをごくごくと飲み干して、スコーンのカスが口の周りについたまま疑問を放つ。
「どうやってお金を?」
「新しい玩具を作ろうと思います」
 コモンルームの片隅で声が上がった。
「ああっ! なぜだ、なぜこのオレがまけるのだ! フローエ、もういちどだ! きさまも、オレがかつまでぬけることはゆるさん!」
 コモンルームの隅でいくつか貼り合わせた紙を床に置き、フローエ卿とラルクがゲームに興じている。紙にはマス目がたくさん書かれている。マス目の中には指示が書いてあって、サイコロを振ってマス目を進むようになっているのだ。そう、日本人なら誰でも知っているだろう、人生ゲームである。
「またか! またなのか! なぜオレだけへんなマスでとまる!」
 フローエ卿は困った表情で横柄に拳を振り上げた少年に対して大きな体を必死に縮めている。仕立てのいいきめ細かな刺繍の施されたジュストコールに身を包んだぼくと同じ年頃の金髪碧眼の少年。鶺鴒皇ヴェンデルヴェルトの息子で、この国の皇太子ジークフリード・オットー・ランド・デ・ランダである。
「あれ、かな?」
「はい。あれです」
 ぼくの目から見ると、ジークフリード皇太子の振ったサイコロへ妖精たちが吐息を吹きかけたり、足で蹴ったりして良くない目が出るようにしているのが分かる。ルクレーシャスさんにも見えているらしく、苦笑いしてからティースタンドへ手を伸ばす。
「いいね。子供にも大人にも受けそうだ」
 実は昨日の午後、皇王も含めてぼくが作ったボードゲームで遊んでいた。ルクレーシャスさんが離宮に滞在すると言い出したからだ。どうにか偉大なる魔法使いを政治的に皇国へ取り込もうと必死なのである。毎日のように皇宮で部屋を準備すると誘いに来るのだ。それくらい、ルクレーシャスさんの存在は大きいということだろう。
「ルクレーシャス様、これは我が子のジークフリードと申します。ジークフリード、挨拶なさい。偉大なる魔法使いであらせられる、ルクレーシャス・スタンレイ様だ」
「ジークフリード・オットー・ランド・デ・ランダであるぞ」
「ジッ、ジークフリードっ! ベステル・ヘクセ殿に失礼だろうっ!」
「構いませんよ。幼子などそんなものです」
「え……っと、皇王におかれましては本日もご機嫌麗しく益々ご健勝のこととお慶び申し上げます」
 気まずい。ジークフリード皇太子はね、普通の六歳児ですよ。そもそも皇族として我儘放題甘やかされて育った上に、この国で自分より身分が上の人間など父親しかいないのだ。身分の差を感じ取って相手によって態度を変えるなんて小賢しいこと、まだできないお年頃で当たり前である。ぼくはジークフリード皇太子の態度に青くなる皇王へ心の中で「どんまい」と呟いた。
「……ちちうえ……」
 ジークフリード皇太子が退屈を隠しもせず、父である皇王の袖を引っ張る。皇王は冷たい瞳で己の息子を睨み付けた。やめなさいよ。普通の六歳児ってそんなもんだよ。ぼくが特殊なんですよ。中身二十五歳成人男子だって言えたら楽なのに。
「退屈ですよね、皇太子殿下。あちらでぼくと遊びませんか。ぼくが作ったゲームがあるんですよ」
「げぇむ?」
「ええ。人生ゲームと言いまして」
 定番だよね。この世界、中世ヨーロッパをざっくり模しているらしくてチェスはあるけど、娯楽が少ない。今まで転生して来た人たちはゲームを作ったりしなかったらしい。いや、そんなに転生者がいなかったのかもしれないけど。
「ヴェン」
「はい、ベステル・ヘクセ殿」
「スヴァンテくんの作ったゲームをあなたもやってみるといいですよ。きっと驚く。この子の聡明さを思い知るよい機会になるでしょう。できればあなたの息子も、これくらい理解できるようになってからお連れなさい」
「……」
 つまり貴様の息子はダメだと言いました。興味ないです。次からもう連れて来んな。貴族的言い回しでそういうことです。にっこり微笑んだ顔が余計に怖いですルクレーシャスさん。
「それから、スヴァンくんの家庭教師はわたくしが引き受けるので他の者は断ってね。君の子とは多分、理解度も進み具合も違うから一緒に教えるのは無理だよ。スヴァンくんの邪魔にしかならない。今から嫌というほど思い知るだろうけど」
 ぼくでも分かる貴族的言い回しを、ルクレーシャスさんはさらに分かりやすく言い直した。皇王は深く頭を下げたまま固まっている。中身が成人男子のぼくはズルをしているようで居た堪れない。
「スヴァンくん、わたくしも混ぜてもらっていいかな」
「はい。ルカ様はどの色がいいですか?」
「これは全部、君が作ったんだよね?」
「はい」
「この人形も?」
「ええ。暇なので。いつもはラルクと一緒に遊んでいるんですが、時々皆さんが相手をしてくれるので少しずつ人形を増やしたんです」
 ルーレットも人形も、木彫りである。前世でハンドクラフト大好き手芸男子だったぼくは自分で言うのも何だが結構、手先が器用だ。ジークフリード皇太子は青い人形を握り締め、譲らないぞと暗に周囲へ訴えている。
「さぁ皇太子殿下。サイコロを振って、出た数字の分だけマスを進んでください。止まったマスに書かれた指示に従いながら、ゴールを目指すというゲームでございます」
「うむ。さいごはおうになるのか。ふけいではないか。おうはちちうえであるぞ」
「皇王陛下は皆の憧れ。尊敬する皇に、戯れの中だけでもなってみたいという小さな願いでございます。お許しいただけませんでしょうか」
「ふむ……ちちうえが、よいというならばゆるそう」
 勉強はしてないのに傲慢さだけは学んでいるようだ。その父上はぼくとルクレーシャスさんをちらりと見て、それから激しく頭を上下に揺らした。
「では、皇王陛下が黄色、ルカ様が赤、ぼくが緑、皇太子が青でよろしゅうございますね?」
「うむ」
「ああ……」
 皇王は既に顔色が悪い。これ以上、ジークフリード皇太子にこの世界の英雄であるルクレーシャスさんへ無礼を働かれても困る。しかし今さら黙れと自分の息子を連れて帰るわけにも行かぬからだろう。圧力と大人の事情に塗れたゲームスタートである。
「皇太子殿下、三マス進んでください」
「……なんとかいてあるのだ」
「ルーレットを回した分、お金を受け取れます」
 もう教育は始まっているだろうに、ジークフリード皇太子はマスに書いてある指示が読めないのである。一方、マスに書かれた細く拙い字は確実にぼくの書いたのものであると推測できる。子供の手って小さいし、力がないから思うように書けないんだよね。
 皇王はしきりに額の汗を拭っている。
「手に入れた土地から宝石の鉱脈が見つかった。ルーレットを回した分だけ利益を受け取る。おもしろいね、スヴァンくん」
「ゲームには夢がないといけませんから」
「るーれっととやらをまわしたぞ。それで、オレはいくらもらえる?」
 ルーレットの数字を見てぼくは木彫りのコインを四枚、ジークフリード皇太子へ渡した。
「四で止まりましたので、四百ヴァイツ受け取れますよ。皇太子」
「うむ。たいきんか?」
「うう~ん……四百ヴァイツですと、見つかったのは水晶が少々と言ったところでしょうか……」
「すいしょうとは、なんだ?」
「う~ん……よく、家紋を彫った印章やペーパーウェイトなどに使われるのですが……皇国は印章をあまり使わない文化なのでご存知ないかもしれませんね……」
 水晶は宝石の中でも比較的安価なもので、産出量も多い。ジークフリード皇太子は満足そうに頷いているが、たったこれだけの間に皇太子にはできていないことが多くあるのだが気づいているだろうか。
感想 2

あなたにおすすめの小説

異世界遺跡巡り ~ロマンを求めて異世界冒険~

小狸日
ファンタジー
交通事故に巻き込まれて、異世界に転移した拓(タク)と浩司(コウジ) そこは、剣と魔法の世界だった。 2千年以上昔の勇者の物語、そこに出てくる勇者の遺産。 新しい世界で遺跡探検と異世界料理を楽しもうと思っていたのだが・・・ 気に入らない異世界の常識に小さな喧嘩を売ることにした。

この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました

okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

チートな親から生まれたのは「規格外」でした

真那月 凜
ファンタジー
転生者でチートな母と、王族として生まれた過去を神によって抹消された父を持つシア。幼い頃よりこの世界では聞かない力を操り、わずか数年とはいえ前世の記憶にも助けられながら、周りのいう「規格外」の道を突き進む。そんなシアが双子の弟妹ルークとシャノンと共に冒険の旅に出て… これは【ある日突然『異世界を発展させて』と頼まれました】の主人公の子供達が少し大きくなってからのお話ですが、前作を読んでいなくても楽しめる作品にしているつもりです… +-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-  2024/7/26 95.静かな場所へ、97.寿命 を少し修正してます  時々さかのぼって部分修正することがあります  誤字脱字の報告大歓迎です(かなり多いかと…)  感想としての掲載が不要の場合はその旨記載いただけると助かります

【完結】前世の不幸は神様のミスでした?異世界転生、条件通りなうえチート能力で幸せです

yun.
ファンタジー
~タイトル変更しました~ 旧タイトルに、もどしました。 日本に生まれ、直後に捨てられた。養護施設に暮らし、中学卒業後働く。 まともな職もなく、日雇いでしのぐ毎日。 劣悪な環境。上司にののしられ、仲のいい友人はいない。 日々の衣食住にも困る。 幸せ?生まれてこのかた一度もない。 ついに、死んだ。現場で鉄パイプの下敷きに・・・ 目覚めると、真っ白な世界。 目の前には神々しい人。 地球の神がサボった?だから幸せが1度もなかったと・・・ 短編→長編に変更しました。 R4.6.20 完結しました。 長らくお読みいただき、ありがとうございました。

モブに転生したはずですが?

佐倉穂波
ファンタジー
 乙女ゲームっぽい世界のモブに転生したラズベルトは、悪役令嬢レティシアの断罪イベントを「可哀想だけど、自分には関係がないこと」と傍観していた。 しかし、断罪イベントから数日後、ラズベルトがレティシアの婚約者になることが決まり──!? 第1章は、スローライフな領地編。 第2章は、陰謀渦巻く王都編。

異世界に転生したら?(改)

まさ
ファンタジー
事故で死んでしまった主人公のマサムネ(奥田 政宗)は41歳、独身、彼女無し、最近の楽しみと言えば、従兄弟から借りて読んだラノベにハマり、今ではアパートの部屋に数十冊の『転生』系小説、通称『ラノベ』がところ狭しと重なっていた。 そして今日も残業の帰り道、脳内で転生したら、あーしよ、こーしよと現実逃避よろしくで想像しながら歩いていた。 物語はまさに、その時に起きる! 横断歩道を歩き目的他のアパートまで、もうすぐ、、、だったのに居眠り運転のトラックに轢かれ、意識を失った。 そして再び意識を取り戻した時、目の前に女神がいた。 ◇ 5年前の作品の改稿板になります。 少し(?)年数があって文章がおかしい所があるかもですが、素人の作品。 生暖かい目で見て下されば幸いです。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。