まったく知らない世界に転生したようです

吉川 箱

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雨水月

第10話

 夜空色の精霊が言うには、精霊たちは魔物が現れてすぐに精霊の国へ逃げてしまったから、魔王が倒されるまでのことは知らないのだという。魔物の気配が消えた後、好奇心の強いものが人間の世界へ時々やって来る。例えば精霊の王さまとか、妖精の王さまは精霊の国から出て来ない。精霊や妖精たちは元々、人間に興味がないのだそうだ。それどころか精霊や妖精を捕まえようとしたり、彼らの棲み処を荒らしたりするので嫌っているらしい。だから人間が精霊たちを見かけることが少ないのだ。
 ぼくがそう続けると、ルクレーシャスさんは苦い顔をした。分からないではない。そういう顔だ。獣人も人間に奴隷にされそうになったり、国を侵略されたりを経験しているらしい。
 精霊たちが集まって来る。午後の気怠い陽射し。爽やかな初夏の風。時々上がる皇太子殿下の苛立つ声。平和だ。
 但し、これは束の間の平和であることをぼくは何となく感じていた。いや。この世界に転生してから、ぼくはずっと一歩先が崖でいつ真っ逆さまに落ちてしまうか分からない、恐怖と焦燥を常に感じているのだ。
 ボードゲーム作りはルクレーシャスさんが離宮で暮らすようになって一ヵ月ほど経った頃、始まった。
 そう。ぼくは離宮から出られない。というか、この国の貴族は成人男子以外あまり外出しない。外出するとしても、貴族用の決まった場所にしか出かけないんだ。完全に住んでいる区画が違う。誘拐とか怖いからね……。階級社会は治安悪くなるよね。まぁ当然かなとは思う。
 だから何かを買いたい時、何かを作りたい時は離宮に商人を呼ぶことになる。フレートがその商人を案内して来たのはいつも通り、テラスでルクレーシャスさんとファビエン・バーゼルトという魔法学者の書いた新しい魔法理論について話していた時だった。そう、精霊や妖精が使う魔法と人間や獣人が使う魔法は根源が違うんじゃないかって理論を書いた人だ。
 実は今日も皇太子殿下が遊びに来ているのだが、書斎でラルクとフローエ卿と一緒にボードゲームに興じている。初めはぼくも参加して、マスに書かれた指示について「なぜだ」「どうして」との殿下の疑問に答えていたのだ。そう、幼児特有のなぜなに期である。しかし殿下が負け続けてとうとう「こんなゲームをかんがえたヤツはせいかくがわるいにちがいない!」と叫んだことでルクレーシャスさんの機嫌が最悪になり、避難して来たのだ。
「初めまして。わたくしはパトリッツィ商会の主、マウロ・パトリッツィと申します」
 丁寧にお辞儀をした亜麻色の髪にマホガニーブラウンの瞳の中年男性は、富豪らしくふっくらとした体つきである。ガリガリの人より、ある程度ふっくらしている人の方が人相が良く見えると思えるのは気のせいだろうか。
「よろしくお願いします、パトリッツィさん。こちらはぼくの先生をしてくださっている、ルクレーシャス・スタンレイ様です」
 マウロさんははっとした表情をほんの一瞬だけした。それから深々と頭を下げ、一歩後ろへ下がった。これは平民が貴族にする最敬礼みたいなものだ。
「偉大なる魔法使い様にお会いできて大変光栄にございます。パトリッツィ商会のマウロ・パトリッツィと申します」
「かしこまらないでください。今はただのスヴァンくんの先生なんです」
「承知いたしました」
 それでも一歩下がった距離を保ったまま、上半身を起こしたマウロさんの行動からはルクレーシャスさんがいかに凄い人か分かる。ただのお菓子大好きケモ耳っ子ではないのだ。
「パトリッツィさんはまず別室で、当方の執事より今回の依頼内容を説明させていただきます。後ほどぼくも伺いますね。フレート、お願いします」
「わたくしも同席してもいいかな。ねぇ、スヴァンくん」
「ええ。ルカ様もぜひ」
「かしこまりました」
 頭を下げる仕草にも、マウロさんの緊張が伝わって来る。マウロさんの後方に控えていたフレートが腰を折りながら、マウロさんの横へ移動した。マウロさんが気づいて半身を向けると慇懃に礼をして室内の方へ手を差し向けて先導する。
「パトリッツィ様、ご案内いたします」
「承知いたしました。それではスヴァンテ様、また後ほど」
「ええ。よろしくお願いします」
 ここからルクレーシャスさんとぼくの作戦会議が始まる。最近ではすっかり、ぼくをテラスの椅子へ座らせる係と化したルクレーシャスさんに抱え上げられた。そして椅子に座らされ、その場にしゃがんだルクレーシャスさんに顔を覗き込まれる。
「スヴァンくん。今、皇太子が遊んでいるゲームを作るのかい?」
 こくり、と頷くぼくをしばし見つめ、ふん、と鼻から息を吐くとルクレーシャスさんは立ち上がった。ルクレーシャスさんがぼくの向かいの椅子を引く。ルクレーシャスさんが席に着くのを待って、ぼくは口を開いた。
「平民から騎士になり王さまを目指すゲームと、ルカ様のお話を元に勇者となって魔王を倒すゲームの二種類、それぞれを貴族用と平民用に分けて計四種類作ろうと思います」
「……貴族用と、平民用、かい?」
 ベッテがお菓子の載ったティースタンドをテーブルへ置き、紅茶を淹れる。流れる手つきでルクレーシャスさんはスコーンにジャムをたっぷり載せて、頬張る。ルクレーシャスさんは咀嚼に合わせてもくもくと頬袋を膨らませた。あなた、狼の獣人だったんじゃなかったですか。本当はリスの獣人なのでは。
「ええ。貴族用は材料に宝石などを使ってできるだけ踏んだくればいいんです。平民用には木材などの安価な材料で広く買ってもらいたいと思います」
「何故、平民に広く買ってもらいたいんだい?」
「子供たちに数字や計算の概念を広めたいのです」
「……君は、一体何を……」
 ごくん、とルクレーシャスさんの喉が鳴った。ぼくは短い指をテーブルの上で組む。
「いずれ、ぼくは離宮を出たいと思っています。その時にどんな事業をするにせよ、まずは孤児院を経営してそこの子供たちに勉強を教えようと思っています」
 眼鏡越しにルクレーシャスさんはぼくへ問いかける。
「何故?」
「そこで勉強を教えた子供たちを、ぼくの元で働かせます。質の良い労働力が得られ、ぼくは慈善事業を成す貴族として体裁を保てる。一石二鳥です」
 ルクレーシャスさんはもう一度唾を飲み込もうとして、スコーンが詰まったのか慌てて紅茶を飲み干した。
「……君は本当に五歳か……いや、聡くなければならなかった環境が悪いんだな……」
 中身は二十五歳成人男子ですからね。それにぼくはたくさん予習して来たんだ。そう、「小説家ににゃろう」とか、「カケヨメ」で! 前世の知識でこの世界にないものを作ってお金を作ったら、まずは平民教育から始めるのが常ですよ! 
 今から言おうとしていることを伝えたら、ルクレーシャスさんはさらに苦い顔をするだろうなぁ。テーブルの上で組んだ親指を上にしたり下にしたりしてクルクル動かす。覚えず眉が下がるのが自分でも分かった。
「それでぼく、ボードゲームが売れたらできるだけ人気の演劇や物語を題材にした同じようなゲームを売り出したいんです」
「……それはまた、どうして?」
「今あるものはぼくがラルクに足し算引き算を教えようと思って作ったものです。例えば、有名な物語になぞらえて作ったとしたら、広く手に取ってもらいやすくなるのではないでしょうか」
「ああ、なるほど。誰も知らないゲームをいきなり買うのは余程の物好きくらいだからね。物語や演劇をなぞらえていれば、少なくともその物語や演劇が好きな人の興味を引くことができる」
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