アルカナの旅

式 神楽

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第8話 侵略者

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隠す気のない殺意が漂う上空、見上げることさえ苦しい圧迫感は常人では押し潰されてしまいそうなほど濃密で、背後の景色が歪んで見えるほど形を帯びている。
 時間にして十分。突如現れた怪物は微動だにせず、目を閉じ空に浮遊していた。それは人型であるのは確か、しかし頭に見える角に肌の色、鋭く大きい爪や牙が物語っている。あれは人間ではない。

 「…見つけたぞっ!」
 大気を震わせる咆哮、見開いた目は充血し赤紫に染まる髪を逆立てた怪物は人語を介し、表情も見せる。それも超が付くほどの怒りだ。

 一瞬だけだった、驚きに一つ瞬きをしたある王国騎士の人生最後の記憶。怪物、モンスター、悪魔、そのどれにも当てはまらない。いや違う、全てを兼ね備えた正に凶暴な獣。
 たった一振り、目も身体も追いつかない速さで振るわれた片腕は、一秒の内に二十もの命を吹き飛ばした。



 「すでに街中に降り立ったと思われる対象は王城目掛けて進行中です。」
 謁見の間、普段は静寂が占めるこの空間も今となっては慌ただしい。召喚された十人を隅に、作戦会議が進行していた。

 「の持ち主、そう考えるのが妥当でしょう。しかし一体何故この国にあると…」
 紗菜と昂輝が目にした例の片腕、切り落とされて尚生命力を失う事のない強靭さ、それの持ち主が今この国を襲撃している。

 「これを見てください。」
 リーナは透明なケースに保管された腕を皆に見せた。
 「襲撃があったと聞いてからずっと、静かに鼓動しているのです。」
 浮き出た血管が脈打つのをはっきりと確認できる。主人が返ってくるのを察知した愛犬のように、喜び尻尾を振るかの如く。

 「呼応しているんだな、その腕がここにいるぞってな。」
 嫌な静寂を破ったのは天の声。突然の事に甲冑を付けた騎士の視線が一斉に向いた。

 「なるほど。ではこの腕を取り返しに来た…そう言いたいのだな貴殿は。」
 鋭い眼光が射貫く、瞬よりも高い身長に分厚い胸板。まるで全体が大剣のような重厚さと頑丈さを醸している。グラン・ブロード。王国騎士長を任される彼はこの国一の強さを持つ騎士であり、事実彼の右に出る者はいないと名高い最強の戦士だ。

 「あぁ、それを見つけるまで暴れるかもな。いや、もしかしたらもう見つけていてこっちが出すまで暴れ続けるつもりかも。」
 そう言って微笑を返す。なんとも空気の読めない男だと背後の九人が溜息を吐く。そして当然、召喚されたばかりで得体の知れない彼の事を良く思わない者も多い。

 「これ一つ勝ち取るのにどれほどの犠牲を払ったのか貴様には分かるまい!大体身分も無い者たちが軍議に出席することもおかしいというのに…」
 並んだ貴族の一人が声を上げた、それに同調する者は多い。なんとも自分勝手な連中だ、辟易してしまうのを隠すことができるほど器用では無い天が言葉を継ぐ。

 「勝ち取る、ねぇ…ふっ。」
 「何がおかしい!!」
 鼻で笑われたことに気を立てた貴族共が叫ぶが、天の顔が真顔に戻ると同時に一斉に止む。無表情だというのに放つ威圧感をこの場の全てが感じ取った。

 「国二つ、それと引き換えに失ったんだろ?いい加減認めろよ力の差を。安全なところから傍観して犠牲がどうの、勝ち負けがどうの…胸糞わりぃ。」
 それは静かな怒りだった。たった今襲撃されているというのに、話されるのは自己保身のためのうわべ事ばかり。

 「この分じゃあ天災とやらに味方した方がいいかも知れんなぁ。」
 それは焚きつけるための冗談じみた言だと誰もが思った。しかしどこかこの男の持つ独特な雰囲気が孕む危険性を、騎士長グランだけが感じ取っていた。

 (この男は危険すぎる…)
 心の中そう呟いた彼の握られた手には汗が滲んでいた。彼一人敵に寝返るのならまだ勝機は十分にある。しかしだ、そうなった場合彼の後ろ九人全てが敵になる可能性は高いどころでは無い。確実だ。
 高速で頭を巡らせる、彼等が持つという特殊な能力を把握できていないという劣勢、ここで言葉を違えば終わりだ。

 「陛下言葉を発する許可を。」
 「うむ、思う存分に申せ。」
 緊張が高まる。全ての視線が注がれたグランが重い口を開いた。

 「この腕を持ち主に返却する許可を。」
 「ははっ!いいなぁ面白い!」
 グランの言葉に反応したのは天だけだった。



 「ふ、ふざけるなぁ!!」
次々に上がる叫びで謁見の間が沸き立つ。グランに詰め寄り抗議する貴族連中は必死に声を荒げて喚き散らした。

 「はははっ!」
 騒音に隠れて笑う天を楓が後ろから小突く。
 「まったく…悪い癖だよそれ。」
 昔からそうだ、彼はいつも場を乱すように爆弾を落とす。より面白い方に進めたいからと自分勝手に。質が悪いのがそれによっていつも良い結末を得るということ。

 「いや、さっきのはちげぇよ。本気で思ってた。だってそうだろ?勝手にこの世界に呼ばれて得体の知らない奴に命令されるがまま天災を。それが正しいかさえ分からない、第一お前だって神をぶっ飛ばすって言ってただろ。」
 「それは…。」
 天の言葉は最もだ。リーナの寿命を削り自分たちを呼んだ、善い存在かも分からない神。そしてそれと敵対する悪か分からない天災。
 
 「で、でもさ!いっぱい人が殺されてるんだしやっぱり…」
 小さく手を上げた優が話しに割って入る。いつもおどおどする彼にしては珍しい。彼の言葉に賛同するように頷いたのは楓、さくら、紗菜、昂輝、冬花の五人。

 「優の言葉にも賛成できるんだけどなぁ…どうしたもんか。」
 首を傾げ、ない頭を絞る瞬と丸眼鏡を拭きながら欠伸をする忠成。
 
 「っふふ、優は名前の通りだねぇ。」
 花蓮が微笑んで彼の頭を撫でた。自分より身長の高い花蓮を悔し気に見上げ、手を振り払う。
 それに、と彼女は続ける。

 「私はこの世界の住人がどうなろうと知ったことじゃあない。この十人が無傷でいられるのなら私はなんだってやるよ。」
 ゾクッと背筋が凍てつくような笑顔。当然とばかりに発せられた言葉に嘘は無い、文字通り何でもだ。自分たちを守るためなら赤子だって平気で殺めるだろう。

 今も議論が続く軍議の中、謁見の間の隅には静寂が走る。花蓮の言葉が純粋であるからこそ何も言えないのだ。何故なら十人が全員、大きさは違えど心の中に同じ思いを抱えているから。


 「やめんか!」
 威厳のある声が喧騒を貫いた。まさに鶴の一声、国王の一言が場を戻す。
 「グランよ。腕の返却の任、頼まれてくれるか。」
 「…っ!はい、仰せのままに。」
 喚くことを許さない威圧が場を覆う。何かを痛げな貴族連中の悔し気な歯噛みが軋んだ。

 「決まったみたいだな。よし!じゃあ俺たちも決めようか。」
 場を整えた天が向いたのは俯いていたさくらだ。決めるのはこの先の

 「私?あ、えっと待ってね…。」
 おどおどと慌てた彼女は、両の手を合わせて何かに祈る。
 運命の輪、彼女に発言したこの能力の特性は幸運の到来。元の世界でも飛び切りの運の良さを持っていた彼女は、何かの決め事の際必ず当てにされてきた。

 そしてそれを反映したかのような彼女の力は、必中の運命の行使。効果は二つあり、遠距離からの攻撃が必ず命中するというものと、もう一つは運の選択。
 後者が特に強力であり、部分的であるが未来予知に近い力である。

 「…見えたよ。冬花と花蓮、天と…あと忠成。それ以外は行っちゃだめ。」
 さくらが今掴み取ったのは、未来の運。今あげた四人からは幸運が、それ以外からは不運を掴んだのだ。つまり後の六人が赴けば最低でも怪我は免れない。

 「やったね!わったしの出番!」
 奇抜な帽子をくるくる回してはしゃぐ冬花。彼女は天災襲来によりショーが中断されたためウズウズしていたのだ。

 「ねね、私にやらせて!お願い、まだ自分の能力も詳しく理解してなくてさ。」
 そう言うがしかしワクワクと興奮した顔を隠せていない。ただ闘いたいだけ、というより魔術を使いたいだけの彼女は懇願する。

 「忠成はどうなんだ?」
 天と花蓮は言葉なく了承したが、黙っている忠成はどうだ。対決を楽しみにしていた彼も場所の関係で一度しか使えていない。

 「相手が大群だったら俺がやりたいけど、一人だしなぁ。まぁ今回は譲るよ、ただ!次は分かるね?」
 「忠君ありがと!」
 ガッツポーズで笑顔を見せるか冬花の顔は、今から死地に行くとはとても思えない。そんな彼らに騎士長グランが近寄ってくる。

 「そちらもまとまったようだな。時間も無い、城へ突入される前に行こう。」
 今も背に浴びせられる声を無視した彼は、疲れたような顔で歩み寄る。

 「大変そうだ。」
 「板挟みでなぁ、貴殿が羨ましいよ…。」
 天のかけた言葉に溜息を含んだ愚痴を返す。王国騎士長という厄介な立場が無ければ無能な貴族連中を許したりしない。

 「グラン、これを。」
 腕の入ったケースを渡したリーナは神妙な面持ちで天を見る。
 「無理はしないでください、必ず帰ってくると約束を!」
 祈るの様な叫び、心配を露わにした彼女を慰めるように手を握ったのは魔術師マジシャンの彼女。

 「リーナ信じて待ってて。大丈夫、私がちゃちゃっと片付けてくるから。」
 無邪気な笑顔は不安な気持ちを拭い去る。魔術師は人を驚かせ、笑顔にする。それが彼女の本分だ。

 パチンッと一回指を鳴らす。奇抜な帽子を大きく振ると中から白い小鳥が数十羽。小さく羽ばたいた彼女らは天井近くで破裂した。
 静かに雨が降る、気の立っていた貴族達の肩に触れた雫は不思議と温かい。癒しの雨はやがて止む。晴れた空中、かかる虹が心を照らした。

 「レッツ・ショー・タイムッ…だね!」
 小さく光った八重歯が眩しい、グランを含む五人は戦場と化す街へと歩を進めた。見送る彼らの顔には不安はあれど、絶望の影は無かった。
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