アルカナの旅

式 神楽

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第12話 草を食む、旅の始まり

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  不穏な影は鳴りを潜めている馬車乗り場、南門に駐在している門番のおかげだろうか。大きな天幕の中に入り受付の男に話しかける。

 「馬車を一台借りたいのですが…」
 「…」
 声が小さいからだろうか、さくらの声にこたえる気配が無い。しかし話しかけているのは分かっているようで、おどおどと狼狽えるさくらに舌打ちを飛ばす。

 「あの、」
 「なんだなんだ!何か用があるならはっきり言いなよ嬢ちゃん!」
 女一人だと思っていい気になっているのだろうか、さくらを睨みつける目は明らかに舐め切っている。
 何事かと外で待っていた天が天幕に入ると今にも泣きそうなさくらが助けを求めていた。自分が話しをつけると意気込んでいたが、元々人付き合いの得意でない彼女には些か重い任務であったようだ。

 「なんだ、もめごとか?」
 「な、なんだよあんた?」
 天の放つ不気味な雰囲気に少したじろぎながらも、今更引けない勢いをそのままにした男は訝し気な眼で睨む。

 「馬車を一台、何か難しいことでもあるのか?」
 「…あんたらを乗せる馬車はねぇんだよ、帰んな!」
 何かがおかしいと気づく。この男は何故こうまでして馬車を斡旋しないのだろうか。ジッと見つめる天の目に気圧され目線を外した男は何かを隠している様子。
 
 「仕方ない…」
 そう言って胸元に手を入れた天に警戒態勢を取った男が唾を飲む。冷や汗を垂らし両拳を握った手は震えている。懐から飛び出す手を凝視し、いつでも反撃ができるようにと、しかしそんな心配はふいになる。

 「ほら、困ったら見せろって貰ったんだ。」
 抜かれた手には首飾りが握られていた。ナイフの類でないことにホッと息を吐いたのも束の間、先に付いたものにヒュッと喉が鳴った。

 「そそそ、それは…っ」
 「な。早いところ頼むよ。」
 チャラチャラと音を立てて眼前に揺らされるのは、金に輝く鍵。独特な形のそれに刻印された紋章は紛れもない王家の紋章。目の前の少年が何故こんな物を持っているのか等はどうでもいい、その鍵が示すのは彼が王に認められた人物であるということ。

 目の前にちらつく鍵は疑いようのない本物である、がしかしおt子にも事情があるのだ。苦しそうな顔で天の耳に寄せ小声で話す。
 「別にあんたが気に食わねぇってわけじゃねえ。ただあるお方の命令で誰にも馬車を貸すことができねえんだ…」
 キョロキョロと辺りを探すように眼を配せた男は、天へと懇願する。

 「なるほどな…」
 おそらくは先ほどから自分達をつけ狙う兵の雇い主だろう。ずいぶんと早い根回しであることから相当お怒りの様だ。それを聞いて尚更この街に留まることは出来ない。

 どうにかならないものか、黙考しながら天幕を歩き回る。隙間からはロープに繋がれ、草を食む馬が見える。本当に一台も貸し出していないようだ、そんな時。沢山いる馬の中で一際目立つ黒い馬が、一頭だけ厳重に鎖と繋がれている馬は大きく息を吐く。

 「なああの馬は何だ?」
 純粋な疑問、他よりも二回り以上でかい黒馬に興味が惹かれる。
 「あぁあれは王族御用達の…ん?王族?」
 「それだ!」
 二人の声が重なる、思っていることは同じだろう。男は慌てた様子で鉄鍵を取り天幕を出た。天も後に続く。

 高い柵に囲まれ飼育されている黒い馬は近くで見るとさらに大きい。近づいて来た二人に目もくれず、のんびりと餌を食んでいる。そして何より驚くべきなのは脚が六本あるということだろう。

 「こいつはスレイプニルっつう種族の牝馬でな、俺を含めて王族以外には決して懐かない気高いやつだ。」
 それでは意味が無いだろう、という言葉を飲み込み彼女を見上げる。艶のある毛並みに発達した筋肉、誰も背に乗せないと言わんばかりの風格はまさに女王のそれだ。

 「懐いてもらうしかない、か。鍵貰ってくぞ。」
 「お、おい!危ないぞ!!」
 男の手から鉄鍵を攫い、高い柵を軽く乗り越える。黒馬に付いた鎖を素早く外し距離を取る。
 
 「ブルルルゥゥッ!」
 荒い鼻息をしたスレイプニルが軽やかに足踏みをする、天に顔を向けた彼女はジッと動かず値踏みするかの様な目をした。

 ゾクッと背中を何かが撫でた。感じたことの無い感覚に戸惑う。目の前の人間は何者か、ただ笑顔を見せているだけにも関わらず目に見えぬ不気味な何かに浸っていく。
 無意識に足が進む、ゆっくりと首を垂れながら彼の下へと近づいて行った。気が付いた時には頭を撫でられていた、毛を撫でつけられることで不気味な感覚が消えていく。

 「ははっ、いい子だ…これでいいか?」
 「…っ!」
 眼の前の光景に驚きが隠せない男は言葉にならない呻きを零す。今まで決して懐かなかった、それどころかもはや服従した様子をスレイプニルは王族にさえ見せたことの無い。

 しばらく呆然とし我に返った男は急いで車を用意する。王家の紋章が入った車は大きさや質の面でも他に差をつけた一番の物だ。
 天幕に横付けされた馬車にスレイプニルを繋ぐ。

 「おおお!!どっちもでけえなぁ!」
 「脚が六本!かっこいい…」
 興奮する瞬に、恍惚とした笑みを向ける忠成。
 「中も超綺麗だよ!」
 冬花とさくらは颯爽と中に入り内装に目を輝かせている。流石王族御用達の馬車だ、使われている調度品も一級品なのだろう。

 「スレイプニルは御者を必要としない。道を記憶し、言葉を理解する。あんたが言えばどこへでも連れてってくれるだろうよ。」
 「ほーそうなのか、偉いなマリア。」
 今付けた、彼女の名前はマリア。気に入ったのか天の手に擦り寄る彼女は嬉しそうに鳴く。声を掛けなければいつまでも眺めていそうな瞬と忠成を馬車に乗せ、最後に天が扉を閉める。

 「じゃ、世話になった。しばらく借りることになると思うがよろしくな。」
 「おうよ、気をつけていきな。」
 見送りに窓から手を上げる。準備中に話をしたが代金は要らない、というより王族専用車には値段をつけられないらしい。

 ユートリア王国馬車組合会長のイロン。話すうちに分かったが第一印象よりも悪い男ではない様で、彼も上からの圧力にピリピリしていたようだ。さくらにも必死に頭を下げて和解したようだ。今も笑顔で別れを交わす。

 門から出る、見送りのイロンが見えなくなりついに街から離れた。旅は新しくマリアという仲間を加えて幕が上がる。窓から乗り出した体に心地よい風が撫でた。眩しい光に目を細め、一面に広がる草原を抜けていく。



 「おーー!」
 可愛い声が踏み均された道に上がる。
 「こらリリム、手を離さない。」
 両手を掲げて叫ぶ幼女を窘めた低く優しい声。身ぎれいな服に身を包む紳士と愛らしい幼女の異質な組み合わせは、ゆっくりと土道を歩いて行った。
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