穏やかに生きたい悪役令息なのに、過保護な義兄たちが構いすぎてくる~イヴは悪役に向いてない~

鯖猫ちかこ

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 こんこんこん、とノックの音が三回響いたのと扉が開いたのはほぼ同時だった。
 そのお陰で玲於さんはおれから離れる暇もなかった。

「いちゃいちゃ終わったあ?あっ終わってない!」

 そう言いながらも杏さんは特に慌てた素振りも見せずにベッド脇の椅子に真っ直ぐ歩いてきた。
 出ていく時は気を遣って出ていったのだろうに、それをぶち壊すのが上手い。
 杏さんはわざとやってるんだろうけれど。

「夕方になったら妹さん来るんでしょ、あと少ししたら帰りましょうか」
「あ……」
「挨拶を」
「馬鹿、どういう繋がりだよってびっくりしちゃうでしょ、この間まで高校生だったんだよ」
「バイト先の社員とか」
「往生際が悪い!明日とかまた来ればいいじゃないですか」
「……」

 ぎし、と軋むベッドに腰掛けたまま、玲於さんは少し不貞腐れたようなかおをする。
 おれだって残念だけど。
 そんなかおするんだ、と思った。

「退院はいつ?」
「いつだろ……今週中には」
「伯母さんたちが迎えに来るよね」
「多分……」
「家はこの付近になるのかな」
「ええと……」

 伯母から貰った住所があった筈。
 鞄のポケットに仕舞っていたメモを取り出すと、それを覗き込んだ杏さんが、ここから車で三十分くらいかな、と呟いた。
 あれ、そういえば愛莉の制服は以前おれが通っていた中学のものだった。
 伯母の家からは離れてるし、どうやって登校してるのだろう。交通機関を乗り継いで?
 伯母の家へ完全に引っ越してるのならの近くの中学に転入とか……そしたら制服代……新しい制服代稼がなきゃ、前の制服だと浮いちゃうだろう。上履きや鞄、セーターや体操服にジャージに……幾らかかるかな。
 そうだ、そんなに遠いなら帰りも早く帰さなきゃ。暗くなっちゃう。
 もしかして毎回伯母が迎えに来てくれてた?毎回三十分かけて?
 迷惑かけてるのなら謝らなきゃ……

 そんなことをひとりぶつぶつと考えていると、街までも電車で二、三十分くらいかな、と杏さんが呟いた。
 街まで行く用事のないおれは、そうですか、なんて気のない返事を返してしまって、慌ててすみません、ここら辺の地理わからなくて、と言い訳をする。

「や、伊吹くん車の免許持ってなさそうだし……まあ車もね、ないよね?だから電車通勤かなって」
「電車通……?」
「勿論面倒みたげるよね、社長?」
「いや学校はどうした」
「就職組だったんだって。それがこの入院でだめになったらしいですよ」

 玲於さんのところでお世話になれたら、願ったり叶ったりだ。
 近くにいれるのも嬉しい。けれど実際そうなりそうになってしまうと日和ってしまう。
 そんな大きな会社に雇ってもらえる程のスキルを持ってない。
 玲於さんは、大学に行かないのか、とおれを見て、それからそうだなあ、と首を傾げた。

「あっ、雑用……ないか、そうだ、掃除とか!それくらいなら……」
「家政夫か?いいよ」
「それじゃあ違うBLゲーム始まるじゃないですか……何勝手に個人で雇おうとしてるんだか」
「そういう話じゃない?」
「当たり前でしょ、伊吹くんがそんな子に見えますか」
「あの、おれ、料理とか出来ないです」
「ほら!こんなに純粋!かわいい!」

 普通に仕事させてあげて下さい、と杏さんがぷりぷり怒って、玲於さんは苦笑しながら、いいよおいで、と簡単に答えた。
 こんなに簡単に仕事って決まるものなんだろうか。
 もしかしてバイトかな?バイトだって有難いけど。こんな面接とかもなしに。

「あ……これって枕営業ってやつですか?」

 思いついたように口にしたそのおれの問いに、杏さんが吹き出した。


 ◇◇◇

 ふたりがまた明日ね、と帰っていくのを少しさみしく見送りながらも、なんだかこの世界でもやっていけるような気がしてきた。
 ふたりが大丈夫だよ、助けるよと口にしてくれることで、自信がついた……というのとはまた違うけれど、心強い味方がいるのは安心出来た。
 愛莉以外は敵どころか誰もおれに興味関心を持たない世界だったのに、瞳を覚ましてからは愛莉をはじめ、伯母に玲於さんに杏さんにとおとなに守られてるということを実感した。
 おれ自身もおとなにならないととわかっているのだけれど。
 守られることがこんなに安心すると思わなかった。いや、知ってはいたんだろうけど、体感することなんてなかったから。
 思わず思い出してはにやけてしまうおれに、おにーちゃんご機嫌ね、と愛莉も嬉しそうだ。

「ほんとにこの残りのお花持って帰ってもいいの?」
「うん、もう花瓶に入らないし……あんまり病院ににおいの強い花はよくないんだって」
「へえ……でもさっき看護師さんが綺麗ね~、羨ましい、って言ってたよ、持って帰るにしても多いしナースステーションにもお裾分けしようか」

 それは持ってきた本人を見てるからもあるのじゃないかと思いつつ、それでもいいよと頷くと、そうだ、と愛莉が振り向いた。
 ドライフラワーにしようよ、と。

「伯母さんに聞くか、ネットで調べてみる。薔薇のドライフラワーってよく見るし」
「大変じゃない?」
「大丈夫だよ、だっておにーちゃん、このお花嬉しかったんでしょ?お部屋に入った時にね、甘いにおいがするなって思ったんだあ」

 その時の、このお花を見てる時のおにーちゃん、すごくしあわせそうだったから。
 そう言って愛莉はその花弁にまだこどもらしいピンクの頬を寄せた。
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