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一章 シガナ村での日々

6話 「王都に伝わる昔話」

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あれから7日経ち、今日は騎士様とやらが来る日だ。
村人達もいつもより張り切って動いている。

ちなみに、俺はあれから1度も日本に帰っていない。
一度気分転換に帰ろうとしたら、ソニアさんが泣きそうな顔になった為、すぐに辞めたのだ。

これからは本当に大事な時以外は帰らないようにしよう。正直こっちの世界にいた方が楽だしな。

「お、結構育ちましたね」

先に畑に来ていたソニアさんに話しかける。
作物は畑から顔を出し、緑で埋め尽くされている。
成長が早いとは聞いていたが、まさかここまで早いとは…

「はい!肥料のおかげなのか、いつもよりもしっかりと大きく育ってくれてます!」

「それは良かったです。収穫が楽しみですね!」

「はい!」

「そういえば、もう肥料の匂いには慣れましたか?」

「うっ…が、頑張ってはいますが、正直まだ慣れてはいないです…」

ソニアさんが苦笑いしながら言う。
まぁ、女性なら尚更匂いは気になるだろうしなぁ。

「…お風呂とかあればいいのかな」

俺がボソッと呟くと、ソニアさんが慌てて首を振る。

「お、お風呂なんて高価な物、この村には無理です…!ウチには可燃石を買う余裕なんて…!」

「いや、五右衛門風呂なら簡単に作れるかもですよ」

可燃石とか言う初めて聞く単語が聞こえたが、これは後回しでいいだろう。

「ごえもんぶろ…?」

「はい。 まず人が入れるくらいの大きさの物を作って、土台を作った後に、その下に焚き火を置くんです。
そしてもう1人が焚き火の火を調整しながらお湯を温めていく。
これが五右衛門風呂です」

俺は木の枝で地面に簡単なイラストを描き、説明する。

「なるほど…!確かにこれなら手軽に作れそうです…!」

「でしょう?じゃあ今度作ってみましょうか」

「はい!」

「あ、なんなら今度、日本に行った時に五右衛門風呂の写真とか持って来ましょうか?」

ソニアさんは日本の文化に興味津々で、事ある事に日本の事を聞いてくる。

「写真…!みてみたかったんです! …でも、ご迷惑じゃないですか?」

「全然迷惑だなんて思ってませんよ。 あ、そうだ。他になんか欲しいものとかあります?良かったらついでに買って来ますけど」

「本当ですか!? じゃあ…本が欲しいです! 日本の文化がわかる本!」

「分かりました!じゃあ次行った時に買って来ますね。
そうだな、明日にでも行ってきます」

「やった!」

ソニアさんが笑顔で喜んでいる。
こんなに喜んでくれるなら、もっと早く提案してれば良かった。

「アラン様達がいらっしゃったぞー!」

村人の1人が言う。
村の入り口を見ると、鎧を着て兜を被った騎士達が5人おり、その先頭に鎧を着た金髪の青年が立っていた。

「あの人がアランさんです」

まじか、めっちゃイケメンじゃん…!
いかにも好青年って感じだし、あの歳で部下を持ってるのか、さぞ優秀なんだろうなぁ

「…あ、ヨウタさん。 ちょっとこちらへ」

ソニアさんに手を引っ張られ、自宅へ連れて行かれる。
中に入ると、ソニアさんが扉を閉め、小声で話す。

「ヨウタさん。アラン様が帰るまで、部屋にいてはくれませんか?」

「え、どうしてです?」

「ヨウタさんには、国籍や住所がありません。 身元不定人を村に住まわせているとなると、絶対に問題が起きます。
ヨウタさんの本当の事を知っているのは私だけですし、
アラン様は優しい方ですが、規律には凄く厳しいので…


そこまでは考えが及んでいなかった。
確かにそうだ。
俺は今この村では身元不定人、つまり第三者から見たらめっちゃ怪しい人なんだ。

「アラン様が帰ったら迎えに来ますので、お願いできますか?」

「分かりました。ではここで待ってますね」

「すみません。ありがとうございます」

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ソニア視点

「ささ、アラン様、ここが新しい畑になります」

ヨウタさんを部屋に連れて行った後、畑に戻ると父がアラン様を畑へと案内していた。

「おぉ、俺が前に見た時からは比べ物にならないくらい良くなりましたね!」

「そうでしょうそうでしょう!」

村の皆には、ヨウタさんが起きる前に予め伝えているから、村人からヨウタさんの情報が漏れる事はない。

「あと、村に来る時に見たのですが、川から村に水が引かれていたのと、川に見知らぬ建造物があったのですが、それもシガナ村の人達が?」

「はい!皆で知恵を出し合って、制作しました!」

私は目が泳がないように気をつけながら嘘をつく。
するとアラン様は顎に手を当て、考えるようなポーズを取る。

「なるほど、これを皆さんが自力で…」

その場にいた村人全員が唾を飲む。

「素晴らしいアイデアだと思います! 是非王都や他の村でも使わせていただきたいくらいです!」

「おぉ!それは是非そうして下さい」

父が安心したように言う。

「見る限り作物はまだ育ちきっていないようなので、今回はこの情報を税とさせていただきますね! 一度王に報告し、また後日詳しくお話を聞きに伺います!」

そう言って、アラン様は他の騎士達を連れて去っていった。

アラン様達を見送って少しした後、私達は息を吐いた。

「ふぅ…なんとかヨウタ様の事は誤魔化せたな」

父が言う。
本当にバレなくて良かった。
身元不定人のヨウタさんが見つかると、最悪の場合ヨウタさんが罪に問われてしまう可能性がある。
敵国のスパイとして疑われたり…

だから本当にバレなくて良かった。

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アラン視点

俺はシガナ村を出た後、シガナ村の近くの川にある建造物を見ていた。
丸い木が回って川の水を汲み上げ、新しく作られた道に水が運ばれ、新しい川になって村へ続いている。

何度見ても素晴らしい建造物だ。
何もかもが計算し尽くされている。

だが、先月来た時はこんな物はもちろん無く、むしろ村の存続自体が怪しい状況だった。

それが1ヶ月未満で急に好転し、こんな建物を作るまでに成長するだろうか?


ーー誰か、あの村の人々に知恵を与えた者がいる。

と、俺は睨んでいる。
だが、それならば何故隠す必要がある?
素直に本当の事を言えば済む話だ。

言えない理由がある…?

「アラン様。大体この建造物のチェックは終わりましたので、王に伝える際はスムーズに伝えられるかと」

部下の1人が言ってくる。

…このまま王都に帰って良いものか…

何かが引っかかる。

「でも本当に凄いですねこの建物。 あの村が急に発展するとは…なんかまるで昔話みたいですよね」

俺はその言葉を聞いてハッとした。
そうだ。昔話だ。

この国、ドラグラード王国には、有名な昔話がある。

~~~

今から約300年ほど前、この世界は今よりも争いが絶えなかった。
国同士、更には国に住む者同士でも争いが絶えなかった。
我が国ドラグラード王国も例外ではなかった。

ドラグラード王国は、今では3大国と呼ばれるようにはなったが、昔は小国だった。

対した武力も無ければ、生産力もない。
そんなドラグラード王国は、滅亡しかけていた。

その時だ。光が差し、その光の中から1人の男が現れたのだ。
男は私達とは明らかに違う身なりをしており、膨大な知識を持っていた。

その男の知恵によって、国は瞬く間に発展していった。

鉄と呼ばれる金属を見つけ、剣や鎧に加工する技術。
畑で取れた作物をより美味しく食べる調理技術。
争うだけでは無く、話し合いによる解決をする交渉技術。

などなど、私達は男から様々な知恵を授かり、いつしか、ドラグラード王国は大国と呼ばれるようになった。

だが、そこで王は邪な考えを抱いてしまった。

"この知恵が他の国に渡るのはまずい。この男を地下に幽閉し、永遠に知識だけを与えてもらうのだ"

最初は男に感謝をしていた国民だったが、王の命令には逆らえず、騎士達は男を地下に幽閉した。

だが、男は文句一つ言わなかった。
ただひたすらに他人を思い、知恵だけを与え続けてくれたのだ。

だが、王には感謝の気持ちなど無かった。

王はついに、男を人間扱いしなくなったのだ。
寝る時間を与えずに知恵を絞り取り、食事は最低限しか与えなかった。

そんな事を繰り返していたある日、騎士が地下に行くと、男は自らの舌を噛みちぎり、自害していたという。

それから、ドラグラード王国の発展スピードは急激に低下した。
この王国は、あの男の知恵のお陰でここまで大きくなれたのだと、王はその時に気がついたのだ。

それからは、真っ当に、人を愛し、人に優しくあろうとする王になると誓ったのであった。

~~~

これがドラグラード王国に伝わる昔話だ。
急激に発展した村、そして見知らぬ建造物…
これを見て疑わない方がおかしな話だ。

「皆に伝えろ。 村人に気付かれぬよう、村を見張れ。 怪しい人物がいるはずだ」

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陽太視点

「…以上が、ドラグラード王国に伝わる昔話です」

「な、なるほど…」

俺は今、自室でソニアさんからこの国に伝わる昔話を聞いていた。
話を聞いた感想は、悲しい物語だな。だった。

まず現れた男だが、間違いなく俺と同じ転生者だろう。
俺以外にも来ていたとは…でも300年前か。

「昨日急にこの昔話を思い出して、そしたら凄く怖くなって…だってこの昔話の男の人って…」

「はい。まず間違いなく、俺と同じ状況だった人でしょうね」

「ですよね…だからもし、アラン様がヨウタさんを見つけて王都に連れて行かれたりしたら…」

「この昔話みたいになってしまうんじゃないかと思ったんですか?」

「はい…それがとても怖くて…」

ソニアさんが目に涙を溜めながら言う。
この人は本当にどこまでも優しい人だ。

ただ、ソニアさんの判断には本当に感謝しなければいけない。
下手したら本当にソニアさんの言うとおりになっていた可能性が高いもんな…

俺は優しくソニアさんの頭を撫でる。

ソニアさんと過ごしていて、気づいたことがある。
それは、ソニアさんは撫でられると安心するタイプという事だ。

今みたいに泣いた時や落ち込んでる時は、撫でてあげると元気になってくれる。

「……ヨウタさん。ちょっとだけお散歩しませんか?」

「お散歩ですか? 良いですよ、行きましょう」

俺とソニアさんは靴を履き、外に出た。
当然この世界に街灯なんて物はないので、外は暗い。
村人の家の焚き火による灯りのお陰で真っ暗ではないのが唯一の救いか。

俺達は村人達がよく使う広場へとやってきた。
ここには大きな焚き火が置いてあるため、明るく暖かい。

ソニアさんが火起こしをして火をつけ、辺りが暖かくなる。

「あ、一々火起こしするの大変でしょうから、一瞬で火がつく道具も今度持ってきますね」

ライターの事だ。 どんな時代でも火は貴重だ。
特にこの世界ではな。

「そんな道具があるんですか!?」

「はい!ライターって言って、小さいですけど、ボタンみたいなのを押すと火がつくんです!」

「へー!それは凄いですね!是非見てみたいで……」

笑顔で話していたソニアさんの顔が、急に曇った。
そして、みるみる焦った表情に変わる。

「ソニアさん?どうしまし…っ!?」

突然、後ろから羽交い締めにされた。
状況が理解出来ないまま、無理矢理立たされる。

「だ、誰だ!?」

俺が大きな声で言う。
目の前ではソニアさんが立ち上がり、酷く震えている。

そんな俺の前に、1人の男が立つ。

昼に村の入り口で見た、騎士のアラン様だった。

「誰だ。とはこちらのセリフだ。 貴様は誰だ」

「あ、アラン様…!その人は…!」

「ソニアさんは黙って下さい。黙らないようなら、貴女も罪人になるでしょう」

ソニアさんはビクッとして一歩下がる。

いや、待て待て待て…

「ざ、罪人って、どういう事ですか!」

俺がアラン様に問いかける。

「言葉の通りだ。だが、罪人になるかどうかは貴様次第だ。 もう一度聞こう。 貴様は誰だ」

俺が身元不定人だったら、村人達が罪人になるって事か…
くそっ…!ソニアさんが恐れていた事になっちまった…!

「お、俺は…ただの旅…」

「言っておくが、嘘をついていたと分かった場合、どんな理由があろうと、貴様を斬る」

俺は全身が震え上がった。
この人は、本気だ。

ここは日本じゃない。普通に殺人も起きるし、戦争だって起きる。

「…分かりました。本当の事を言います」

ソニアさんが涙を流す。
きっと昔話の結末を思い出して不安になったのだろう。

「大丈夫ですよソニアさん。俺は絶対に死にませんから」

俺はソニアさんに笑顔を向ける。

それを見たアラン様は、部下に命令をする。

「その男を離してやれ」

「はっ!」

羽交い締めが解かれ、自由の身になる。

「さて、改めて聞こうか。 貴様は誰だ?」

「俺は…一之瀬陽太。一之瀬が家名で、陽太が名前。年齢は23歳。 無職。
そして、ここではない、別の世界から来ました」

その瞬間、この場にいた全員が目を見開く。

「…その事を知っている者は?」

「……」

「おい。答えろ」

ソニアさんを巻き込む訳には…

「私1人だけです。 ヨウタさんは、私にだけ秘密を明かしてくれました」

ソニアさんが代わりに言ってくれた。

アラン様が見つめて来たので、頷いた。

「なるほど…では今から、この村の人々全員の前で同じ事を言ってもらおう。
お前達、村人を全員ここへ連れてこい。 子供がいる家庭は、片親だけでいい」

「はっ!」

アラン様が命令すると、騎士達が村人を連れてきた。
徐々に村人が集まり、村人は緊張した様子で立っていた。

「これで全員だな。 よし、もう一度最初から言え」

ソニアさんの肩を、ガレアさんが優しく抱いていた。
ソニアさんはずっと泣いている。

「はい。 まず皆さん。騙していてごめんなさい。 実は俺、旅人じゃないんです」

村の皆に笑顔で言う。
当然だが、驚いた表情をする。

「俺は…一之瀬陽太。一之瀬が家名で、陽太が名前。年齢は23歳。 無職。
そして、ここではない、別の世界から来ました」

先程と同じ事を言うと、村人全員がざわつく。
騎士の1人が咳払いをすると、皆静かになった。

「信じられないかもしれませんが、俺はある日、普通に生活をしていたらこの村に転移してきました。
皆で作った水車も、水路も、俺がいた世界の技術で、
畑に撒いた肥料や、初めて皆さんに食べさせた食料は、俺がいた世界で買ってきた物でした」

そしてもう一度、深く頭を下げる。

「それが本当だという証拠はあるか? 確かに建造物などはこの世界の技術では考えつかない物だったが、決定的な証拠がほしい」

「では、今から実際に俺がいた世界から便利な道具を持ってきましょうか」

「なに…!? 世界を行き来出来るのか!?」

「はい。俺もつい最近知ったんですけどね。
この村の畑の近くに小屋があったでしょう? どうやらあの小屋と、俺の世界が繋がっているらしいんです」

実際に、他の場所で試しても上手くいかなかったしな。

「だが、貴様が帰ってくるという保証はないだろう。 殺されるのが怖くて、ずっと向こうの世界に居続ける事も可能なはずだ」

「はい。可能です」

「ならば…」

「信じて下さい。 俺は必ず帰ってきます」

俺はまっすぐアラン様を見つめる。
アラン様は俺の目をじっと見る。

「…ならば条件だ。 貴様がもしこの世界に帰ってこなかった場合…」

アラン様は剣を抜き、ソニアさんに向ける。

「ソニアさんの首を切り落とします」

「なっ…!?」

ソニアさんは震え、村の皆もオドオドしだす。

「本当に帰ってくるのなら、何も問題はないだろう?」

俺はゆっくりとソニアさんの元へ行き、座り込んでいるソニアさんの目線と同じになるようにしゃがむ。

そしてソニアさんの頭を撫でる。

「よ…ヨウタさん…?」

「大丈夫ですソニアさん。 俺は逃げないし、絶対帰ってきます。
絶対に、ソニアさんを殺させません。怖い思いさせちゃってすみません」

ソニアさんは、手で涙を拭い、ジッと俺を見つめる。

「大丈夫です…!ヨウタさんの事は信じてます…!何も怖くなんかありません!」

「ありがとうございます。 
…ガレアさん。こんな事になっちゃって本当にごめんなさい。 ただ、言った通り、絶対に帰ってきます」

「…元は死ぬはずだった命。 それをヨウタさんに救ってもらったのに、その恩人を疑うわけがないでしょう」

ガレアさんが笑顔でいう。
絶対に不安なはずなのに、優しく笑ってくれた。

俺はこの村の人達が大好きだ。
毎日精一杯生きる為に頑張っている。
だから、俺も頑張ろうと思えるし、ソニアさんが近くにいるから、勇気が湧いてくるんだ。

「アラン様、行きましょう」

「…あぁ」

俺は、小屋の前まで来た。
後ろには全員居る。

「では今から向こうの世界へ行き、とある道具を持ってきます」

「とある道具?」

「はい。ライターと呼ばれる、ボタン一つで誰でも簡単に火が出せる道具です」

それを聞くと、皆がざわめきだす。
俺は、アラン様に3本指を立てる。

「30分以内には必ず帰ってきます」

「分かった。では30分経っても戻らない場合は…分かっているな?」

俺はソニアさんと目を合わせ、頷く。

そして俺は小屋の中へ入る。

「じゃあ、行ってきます」

俺の身体が、光に包まれた。

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ソニア視点

…私は怖かった。
ドラグラード王国に伝わる昔話を思い出した瞬間、これはヨウタさんと同じだとすぐに分かった。
そして、悲惨な結末をヨウタさんで想像してしまった。

散々利用されたあげく、最後には自ら死を選ぶ。

私は、ヨウタさんに頼りすぎている現状が怖かった。
少しずつ、昔話と同じになっている気がしたから。

でも、ヨウタさんは優しいから、困った表情を見せるとすぐに助けに来てしまう。

だから、そんなヨウタさんを利用されたくなくて、アラン様には内緒にしようとした。

上手くいったと思った。これでまた、気兼ねなくヨウタさんと過ごせるって…
気分が舞い上がり、ヨウタさんをお散歩に誘った。

…そのせいで、ヨウタさんがアラン様に見つかってしまった。

その瞬間、身体中の血の気が引いていくのが分かった。
考えられる中で1番最悪な状況になってしまったからだ。

目の前でヨウタさんが問い詰められている。
ヨウタさんは何も悪い事なんてしてないし、むしろ恩人なのに、何もできない自分が無力で、涙が出てきた。

「…ならば条件だ。 貴様がもしこの世界に帰ってこなかった場合。ソニアさんの首を切り落とします」

アラン様の言葉で、私は心臓が止まりかけた。
向けられた剣。
一振りで、私の人生が終わる。
それを考えたら、身体の震えが止まらなかった。

「大丈夫ですソニアさん。 俺は逃げないし、絶対帰ってきます。
絶対に、ソニアさんを殺させません。怖い思いさせちゃってすみません」

ヨウタさんが、私と目線を合わせて、頭を撫でながら言ってくれた。
ヨウタさんに頭を撫でられると落ち着くから、好きだ。

…帰って来なかったら私を殺すらしいけど、ヨウタさんが帰ってきた結果、ヨウタさんが酷い目に遭うのなら…

…もう、いっそ帰ってこない方が良いのかなと思ってしまった。

もちろん死ぬのは怖いし、死にたくない。
でも、それと同じくらい、いや、それ以上に、ヨウタさんに死んでほしくない。

でも、ヨウタさんは絶対に帰ってくると言ってくれた。
なら、私は帰ってきたヨウタさんの力になれるように、全力を尽くそう。

そう、心に誓い、ヨウタさんを見送った。
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