上 下
52 / 63
三章 夏休み編

52話 「席替え」

しおりを挟む
「あちー…」

真夏の学校。しかも窓際の席という直射日光が当たるこの席で、現在俺汗だくになって机に突っ伏していた。

「相変わらず陽太は暑がりだねぇ」

「お前らが異常なんだよ…なんで汗ひとつかいてないんだよ…」

俺の周りには、いつも通り春樹、柊、七海、桃井がいる。

夏という事で先週ようやく衣替えの許可が出て、俺達の制服は半袖になった。

俺と春樹は半袖のワイシャツに第一ボタンを開けるというオーソドックスなスタイルだ。
対して柊達女子は半袖のワイシャツの上からベストを着ている。
柊がホワイトのベスト、七海がグレーのベスト、桃井がピンクのベストだ。

「如月君は体温が高いですからね…私達よりも暑さを感じやすいんでしょう」

そう言って柊はさっきから下敷きをうちわがわりして俺の事を扇いでくれている。
正直かなりありがたい。

「私が買ってきたスポドリも如月先輩あっという間に飲んじゃいましたもんね~。 本当に熱中症だけは気をつけて下さいよ?」

桃井に言われ、俺は「おー…」と頷いた。

「まぁ、次の時間は席替えだし、その窓際から卒業出来るから大分マシになるんじゃないの?」

「前には春樹いるし右には七海がいるし席自体は悪くないんだよな…この暑さだけを除けば」

「次も似たような席になるように祈るしかないね」

「先輩達のクラスは今日席替えなんですね! いいなぁ~私のクラス席替え夏休み後らしいんです…」

「クラスによってそんなに違うもんなのか」

そう言うと、予鈴がなり桃井はバッと時計を見た。

「やばっ…!? 次移動教室なの忘れてました…! 失礼します!」

桃井はそう言うと急いで教室を出て行った。

「では、私も席に戻りますね」

柊はそう言うと下敷きを扇ぐのを止める。
その瞬間強烈な暑さが襲ってくる。

「うっ…あちぃ…」

「はぁ…仕方ないな…私が代わりに扇いであげるから」

柊の代わりに青葉に扇いでもらい、柊は安心して自分の席に戻った。

次は席替えか…この席はめっちゃ暑いが、並びだけは理想的なんだよな…
窓際の1番後ろだから周りに春樹と七海しかいないし。

柊が近くにいない事だけが残念なポイントだな。

そんな事を思っていると、先生が教室に入ってきて早速席替えが始まった。

頼む窓際だけはやめてくれ頼む…!
そしてあわよくば柊達と近くの席でありますように…

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「…なんっでだよ」

ウチのクラスの席替えの方法は、先生が2つのクジを引くというものだ。

片方の箱には生徒の名前が書いてある紙が書いており、もう片方の箱には席の場所が書いてある。

なんと1番最初に引かれたのは俺の名前。
そして肝心の席は…前と何も変わらず窓際の1番後ろだった。

「「どんまい陽太」」

「やっぱ俺運悪ぃなぁ…」

その後もクジ引きは続き、半分を過ぎた頃、春樹の名前が呼ばれた。

そして春樹の場所は…

「おや、僕も変わらずここみたいだね」

「おぉ…なんか救われた気分だ…」

前が春樹というだけで大分気が楽だ。

そしてその少し後に七海が呼ばれ、七海は春樹の隣になった。

「なんだ。私は前に移動しただけか」

「これで後は陽太の横に柊さんがくるのが理想なんだけどね」

確かに、春樹の言う通りになれば更に学校生活が楽しくなる事間違いなしだ。

そして、次に柊の名前が呼ばれた。
その瞬間クラスから歓声が上がった。

先生がクジを引き、柊の席は…

1番前の席に決まった。
チラッと柊の事を見ると、悲しそうな顔をしていた。

「あー…やっぱりそう簡単にはいかないか…」

「悲しいけど仕方ないね」

「…そうだな」

そしてその後もクジは引かれ続け、八神は柊の隣となり、なんと俺のとなりは神崎になってしまった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

全ての生徒のクジが引き終わり、皆それぞれ席を移動する事になった。

まぁ俺と春樹はそのままで、七海は一つ前に移動するだけだけどな。

そして、俺の隣に神崎が座った。

「あんたの隣か~…てかあんた汗かきすぎじゃない?」

「悪いな…暑いの苦手なんだ」

「ふーん…見てるだけでこっちも暑くなるわ」

神崎は思った程悪いやつじゃないというのは分かっている。
だがやはり苦手な物は苦手だ。

「あーあ…どうせなら天馬の隣が良かったなぁ…柊さんが羨ましいわ」

八神は窓際の1番前の席で、柊は神崎の列の1番前の席だ。

前の柊の席よりは近くなったが、柊はずっと浮かない顔をしていた。

「…ねぇ、あんたら3人って柊さんと仲良いんでしょ?」

神崎は俺達3人に聞く。

「まぁ友達だけど…それがどうかした?」

七海が質問すると、神崎はニヤリと笑い、俺の顔の前に人差し指を1本立てた。

「1つ貸しね?」

「…はぁ?何言っ…」

「先生~。 私目ぇ悪いから前の席が良いんだけど~」

「む…そうか…困ったな…誰か神崎と席を変わってくれる人はいるか?」

「か、神崎お前…」

横を見ると、神崎は自分の口の前に人差し指を立て、「しゃべるな」と合図を送ってきた。

「誰もあんたの隣になりたいと思う人は居ないから手ぇ挙げないっしょ。 …1人を除いてね~」

神崎が言うと、クラス内で1人だけ手を挙げた人が居た。

柊渚咲だ。

「おぉ柊か。 神崎の代わりに後ろに移動してくれるのか?」

「はい。 神崎さん、この席で構いませんか?」

「前ならどこでも大丈夫~ありがとね~」

そう言って神崎と柊は立ち上がる。

「お互いにWin-Winだし、私はあんたに貸しを作れる。 完璧っしょ?
んじゃそう言う事で~」

神崎はそう言うと荷物を纏めて前に移動して行った。
そして、嬉しそうな顔をした柊が俺の隣に座った。

「皆さん、よろしくお願いしますっ!」

「おー」

「やっと皆近くの席になれたね」

「渚咲が後ろってめっちゃ安心する」

「ふふ…私も皆さんの近くで安心します」

クラスの男子達は笑顔で会話している柊を見て羨ましそうな視線を向けてくるが、当の本人は全く気づいていない。

…いや、もしかしたら気づいている上で無視してるのかもしれない。

「如月くん。 これからよろしくお願いしますね?」

「あぁ。 よろしくな」

この日、柊はずっとご機嫌だった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「ただいまっと…」

春樹と七海と別れ、柊と時間をずらして帰宅すると、キッチンから鼻歌が聞こえてきた。

手を洗ってからリビングに行くと、鼻歌を歌いながら野菜を切っている柊が居た。

「めっちゃご機嫌だな…」

「あ、如月くんおかえりなさいっ!」

「おう。 そんなに席替え嬉しかったのか?」

「もちろん! これからは休み時間にわざわざ移動しなくてすみますし、グループ課題の時とか楽しそうですし!」

「あー確かに。 調理実習の時とか柊無双しそうだな」

「ふふ…その時は期待していて下さいね!」

柊が言うと、柊のスマホが鳴った。

「あら…誰でしょう…?」

柊は手を洗い、手を拭いてからスカートのポケットに入れていたスマホを取り出す。

「あ、如月くんのお母様です」

「だからなんでだよ」

なんでいつも息子の俺じゃなくて柊に電話をかけるのだろうか。
柊によるとたまに2人きりで通話もしてるらしいし、本当に訳が分からない。

「はい柊です。 はい、如月くんにはいつもお世話になっております。 
はい…はい…分かりました。 ではスピーカーにしますね」

柊はそう言うと通話をスピーカーにし、スマホをカウンターに置く。

『やっほー陽太、元気ー?』

「やっほーじゃねぇ。 いつも柊じゃなくて俺のスマホにかけろって言ってんだろ」

『だって渚咲ちゃんの声聞くの好きなんだもーん』

「はぁ…で?要件は?」

『相変わらず要件要件って…可愛くない息子だわぁ…
夏休みの話よ~』

「「夏休み…?」」

俺て柊の声が重なる。

『渚咲ちゃんが来るのは確定してるでしょー?』

「ご迷惑でなければ…!」

『全然迷惑じゃないから大丈夫よー! …で、もし良かったら渚咲ちゃん以外の友達も連れてきていいわよ~』

「柊以外の友達…?」

『春樹ちゃんと七海ちゃん! 
あんたの口から聞いただけで母さん声とか顔とか知らないし、この際に紹介してちょうだい』

「あぁなるほど…」

『部屋は余ってるし、人数は多い方が楽しいしねー!』

「…んじゃ、もしかしたら5人になるかもしれない」

『あら? 陽太、渚咲ちゃん、春樹君、七海ちゃんの4人じゃなくて?』

「新しく桃井小鳥っていう後輩の友達が増えた。 だからもしかしたらそいつも行くかもしれん。
もちろんまだ聞いてないから分からないけどな」

『あらあら、何人でも歓迎よー! 陽太が楽しんでるみたいで良かったわ~。
本当に陸上部に居た時からは考えられないくらい!』

「陸上部…?」

母さんの「陸上部」と言う単語に柊が反応し、俺は全身が震え上がった。

「…母さん。 その話は…」

『え? …まさかあんた話してないの…?』

「…別に良いだろ。 んじゃ切るからな」

そう言って無理矢理通話を切ると、柊は俺の目を見る。 俺は柊から目を逸らす。

「如月君…?」

「…何でもねぇ。 さっき母さんが言った事は忘れてくれ」

俺はそう言って逃げるように自分の部屋に戻った。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「…如月君。さっきのはどういう事ですか」

夕飯を食べ終え、部屋に戻ろうとすると柊に服の袖を掴まれた。

「しつこいぞ。 なんでも無いってさっき…」

「あの反応を見て何でも無いで納得出来る訳がないでしょう」

「…俺の過去なんかどうでも良いだろ」

「私の過去についてしつこく聞いてきたのはどこの誰ですか」

柊にそう言われ、俺は顔を逸らす。
すると柊は溜息を吐き、立ち上がって俺と目線を合わせる。

「如月君。 私と貴方の関係はなんですか?」

「…友達」

「はい。 友達です。 
如月君は去年私の過去の話を全部聞いて、受け入れてくれましたよね? 
全てを話したその日から、私達は本当の友達になれたと思っていました」

「……」

「如月君。 全部話して下さい。 
私、如月君の事をもっとよく知りたいんです。 
よく知って、更に仲良く…」

「…なれねぇよ」

俺が小さく呟くと、柊は目を見開き、「えっ…?」と声を漏らした。

「俺が全部話したら、この関係は壊れちまうんだ。 だから言わねぇ。
その方がお互い幸せなんだよ。 だから忘れろ」

八神にはバレたから仕方なく全てを話したが、自分からこの話をするつもりはない。

柊、春樹、七海、桃井は確かにいい奴だし、大事な人達だ。

だが、いい奴だからこそ怖い。
安心すればするほど、裏切られた時の衝撃が大きいから。

中学の時、親友だと思っていた奴に裏切られてから、俺は誰も信じないと決めたんだ。

柊達は確かに友達だ。そこに嘘はない。
だが、深く踏み込む気も、踏み込ませる気もない。

俺がもしこの考えを皆に話したとして、誰が受け入れてくれるというんだ。

「な…なんでそんな事言うんですか…? 如月君は私の事が信じられませんか…?」

「…あぁ」

「っ…! 何を怖がってるんですか…!? 私が貴方の事を否定するとでも思ってるんですか!?」

「…お前には関係ないだろ」

柊に涙目で言われ、俺はついそう発言してしまった。

すぐにハッとして柊を見ると、柊は目を見開いていた。

「…なんですかそれ…」

「……」

「関係ないって…なんですか…」

柊はギュッと自分の拳を握りしめていた。

「…もういいです! 如月君の事なんて知りません!」

柊はそう言って涙目のまま自分の部屋に帰ってしまった。

「…はぁ…何やってんだ俺は…」

母さんは別に悪くない。 どっちみち実家に来たらバレてたしな…
悪いのは全部俺だ。

今が楽しいからと問題を先延ばしにし、全てを話す勇気を出せなかった俺が悪い。

俺は乱暴に頭を掻き、自分の部屋に戻った。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:38,538pt お気に入り:29,931

ナルシストの如月くん

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:1

転生犬は陰陽師となって人間を助けます!

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:239

悪役令嬢に転生とか意味わかんないんですけど!?

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:57

異世界探検物語

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:0

処理中です...