心の鍵は開かない〜さようなら、殿下。〈第一章完・第二章開始〉

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Side フェアルド(引かないで)

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「おい、その緩みっぱなしの顔をどうにかしろ。気持ち悪いぞ」
昨夜フィオナに言われた“イエス“の返事が嬉しくて、また「よろしくお願いします」の後はにかんだ笑顔が可愛いすぎてあのまま抱きしめて攫って帰ってしまいたいのをどうにか堪えて紳士的な態度を崩さず、笑顔のフィーに見送られて侯爵邸を辞したフェアルドはまだ昨夜の余韻が抜けきらず、執務の間も頬の筋肉が緩みっぱなしだった。
「心配せずとも必要な場ではちゃんと被りますよ、皇弟という仮面をね。ここでは不要でしょう」
ここは皇帝の執務室で、今室内にはフェアルドと皇帝バルドだけだ。
謁見の間ではしかつめらしい顔を崩さない二人だが、ここでは違った。
表に出ていない時の二人は、ただの仲の良い兄弟だった。

「やれやれ……十六になっても婚約者候補の一人もあげぬから心配していたお前のまさかそんな表情が見れる日が来るとはな」
「私はやっと探し求めていた女性ひとを見つけたのです、邪魔しないで下さいね?」
「するか。次の皇宮の夜会には二人で出席するのだろう?」
「そのつもりです。昨日のパーティーの出席者以外にも、フィーが私の婚約者だと知らしめなければいけませんからね」
「ああ……、ロベリアの兄妹か」
「あれで最高位の公爵令息令嬢だというのだから驚きです。次の夜会では公爵本人の参加以外は認めない旨を通達してくださいね、名代は認めないと」
「その兄妹を謹慎させておくだけじゃいかんのか?」
「あの家の兄弟姉妹は全員親に似て俗物です。ご存知でしょう?」
兄本人も、娘を是非妃にと結婚前から現在に至るまで随分迷惑を被っている筈だ。
「……あの家は子供が多いからな。羨ましいことだ」
「量より質の問題です」
「お前な……言うにこと欠いて」
「本当のことです。大体兄上は義姉上に対して草食すぎます」

もっとこう、「向こう一週間は蜜月期間だ。妃と寝室に篭るぞ」くらいやっても良いのに。
三十四と三十三では少し厳しいかもしれないが、望めぬ年齢ではない。
その間の執務くらいは自分が代行出来るので、ハッスルしてしまえば良いのだ。
周囲も「早く子供を」とせっついているのだから文句の言いようもないだろう。

「草食なのはお前もだろう、その歳までよく我慢できるな?」
兄皇帝が知る限り、フィオナと出会う前から現在に至るまで、弟が女性を近づけるのを見たことがない。
何かの仕事で女性の文官と会う時でさえ、男性の文官を同行させて二人になるようなことはしなかった。
まさか弟は不能なのかと一時期本気で心配したものだ。
「俺は肉食ですよ?フィーの許可さえ下りれば毎日抱き潰して離しません。夫婦の寝室以外でもフィーを出来るだけ愛でる為に執務室にもフィー専用エリアを設けるつもりです」
「は?」
“専用エリア“とはなんだ?
「そのままですよ。結婚したら私はラナンキュラス公爵邸に籠ります。城には必要最低限出仕しますが基本は自邸で決裁します。ですがただ執務室に篭っているとフィーが“仕事の邪魔をしてはいけない“と近づかなくなってしまう可能性があるでしょう。その為に“いつ遊びに来ても良いんだよ“と言う意味を込めて執務室の一画にフィーの好みとサイズにぴったり合ったソファとテーブルを置いて居心地の良い空間を作るんです。日当たりも良くて、綺麗な庭が見渡せる場所が良いでしょうね。日除けのカーテンを特注して……あと執務室は人の出入りが激しいのでそいつらの目からフィーを隠すためにも周囲を本棚で囲おうと思います。フィーは本が好きなので。読むのも早いので定期的に新刊と入れ替えさせる必要がありますね。ソファは窓向きに置いて背もたれが高く、そのままお昼寝も出来るように大きなものを置こうかと思っています。そこにふわふわしたクッションを敷き詰めたらどうかと思ってるんですが……」
いきなり異星人なことを言い出した弟をギョッとして見つめる皇帝だったが、上手い返しが思い付かず、
「ただ続き間にその部屋を作るんじゃいかんのか?」
ややあってこう返すと、
「それではドアを閉めたら完全に遮断されてしまうではありませんか?」
いや、ドア開ければ会えるだろ??
「だからこそ執務室に専用エリアが必要なんですよ。邸の規模自体はあまり大きくしないつもりですがこれを踏まえると執務室にはそれなりの広さが必要です。私個人の私室は最低限で構いませんがフィーの部屋は妥協しないつもりです。ドレスルームを広く取るのはもちろん、寝室とリビングを分けて尚且つそれらの部屋への出入りが不自由でないよう「ちょっと待て」、兄上?」
「いや、突っ込みどころが多すぎてだな。まず、ラナンキュラス公爵で皇弟のお前の部屋が最低限てどういうことだ」
フィオナ嬢のドレスルームがどうのと言ってたが、自分だって必要だろうに。
「?そのままですよ。朝はダイニングか寝室でフィーと朝食、昼は執務室で好きなことをしているフィーを愛でながら執務をしてそのままお昼はフィー専用エリアにお邪魔して一緒にとろうかと。もちろん彼女が嫌がったら泣く泣く別にしますが、夜はダイニングで共にとってそのまま夜は夫婦の寝室へ__「怖いわ!」、」
「もちろんフィーにこんなことは言いませんし無理強いもしません。あくまで私の希望です。それだけ__彼女は私の全てなんですよ」















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