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悪役領主はひれ伏さない
第70話 ここはどこ?
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「今は諦めたほうがいいわよ」
「でも――」
「焦らないで。ほとぼりが冷めるまでの我慢よ。それまでニーナをここでかくまってあげるから」
「いやいや、さすがにそれは悪いよ。だって、迷惑かかるし」
「いいのよ。だってわたしたち、親友じゃない」
「親友……」
カーラの言葉に、ニーナは胸がじんとする。
現状、組織の誰が味方かわからない。そんな状況で、幼なじみの――それも大司教が自分の味方に付いてくれることほど、心強いものはない。
目頭が熱くなるけど、持ち前の負けん気でぐっと堪える。
「じゃあ、お言葉に甘えようかな。宜しくお願いします」
「お願いされます。さて、一度お茶にしましょうか」
懺悔室を出て、カーラの部屋に入る。
中は大司教とは思えないほど質素だ。
年季の入った椅子に座りしばらくすると、カーラがティーセットを運んできた。
紅茶にスコーンにバター、それにジャムが少々。
「ジャムが付くなんてリッチね」
「久しぶりの再会なんだもの、贅沢したっていいじゃない」
「それもそうね」
ジャムなんて高級品、口にするのはいつぶりか。
苺の香りがするジャムをちょっぴり塗って、バターをのせる。
「ところで、ニーナは勇者が本国に戻ってから、どこに隠れてたの?」
「……いろいろよ」
思い出したくない、という素振りでぶっきらぼうに答える。
実際は、ファンケルベルクの街にいた。大司教として活動している、などと答えられるはずがない。
そんなことを口にすれば、頑張って大司教になったカーラの顔に泥を塗ってしまう。
(アタシが大司教なのは偶然。競争相手もいなかったし、ほとんどエルヴィンのせいだし……)
『俺は、ニーナだから頼んでいるのだ』
エルヴィンの強い視線をうっかり思い出して、ニーナは即座にかき消した。
喉に詰まりそうになるスコーンを、紅茶で流し込む。
香りが強く、苦い紅茶が、口の中でジャムとバターを溶かして流れていく。
すべて消えた後、舌の奥に強い甘みが残った。
「……ふぅ。美味しいわね」
「そうでしょう? これ、本国から取り寄せた紅茶なの。最近流行ってるらしいわよ」
「へえ。でも、お高いんでしょ?」
「そうでもないのよ。茶葉は普通のものなんだけど、製法が違うとか」
「アタシも少し欲しいなあ」
「今度取り寄せてあげるわね」
「ありがと。……ふわぁ」
カーラに出会えて緊張の糸が解けたからか。
ニーナは強い睡魔に襲われた。
目をこするが、瞼が重い。
「ここまで長い旅をしてきたんでしょう? 少し眠るといいわよ」
「うん……そうする」
瞼を瞑ると、ニーナの意識は不自然なほどプツンと切断された。
頭がぐらぐらする。
まるで船の上にいるみたいだ。
体を動かそうとすると、ガシャンという音とともに手首がなにかに引っかかった。
「ん?」
違和感に気づき、瞼を開く。
「ええと、ここは……」
目の前には、柵があった。
窓もない部屋はジメジメしていて肌寒い。
手首は鎖によって、壁と繋がれている。
「まさか、牢屋?」
なんとか否定したいが、見た目から牢屋以外あり得ない。
「どうして……」
先ほどまで、自分はカーラとお茶をしていたはずだ。
なのに目が覚めたら牢屋に繋がれていた。
まさか、寝ているあいだに異端審問官か誰かが来て、自分を捕らえたのでは?
(カーラは大丈夫かしら? アタシをかくまっていたことがバレたら、あの子だってただじゃ済まないはずよね)
自分が捕らわれたことよりも、親友の身を案じて、胸が苦しくなった。
その時だった。
牢屋の向こうから、何者かの足音が聞こえた。
その者が目の前に現れた時、ニーナの呼吸が止まった。
「おはようニーナ。そんな姿勢でよくぐっすり眠れたわね」
「……」
目の前に現れたのは、幼なじみで親友の、カーラだった。
何故、どうして……。
頭が真っ白になって、何も考えられない。
「やっぱり粗野な生まれだと、牢屋でも安眠出来るのかしら?」
「カーラ、これは、どういうことなの?」
「どうもこうも、匿ってるのよ。あなたを直接教皇様の元に届けるためにね」
「アタシを、売るつもり……だったの?」
「売るなんてとんでもない。献上するのよ」
「――ッ! なんで、こんなことをするのよ! アタシたち、親友でしょ!?」
「親友ぅ?」
カーラの目がつり上がり、口の端が不機嫌に垂れ下がった。
「吐き気がするわ。誰が親友ですって? あなたのことなんて、一度たりとも親友なんて思ったことはないわよ」
「そ、そんな……」
「あなたは入信当初から雲の上にいたからわからないでしょうね。わたしのような、なんの才能もないシスターが、どれほどの辛酸をなめさせられたか!」
「でも、カーラはイングラムの大司教になれたじゃない! 才能がないなんて――」
「まさか、実力で上がったとでも思ってるの? ああ、甘いわね。その甘さに反吐が出るわ! 努力しても結果が出ない人種が、世の中にはたくさんいるのよ! わたしだって努力した。努力した結果、なんの成果も上がらなかったの!
わたしは努力で大司教になったんじゃない。体を売って、偉い人に取り入って、のし上がったのよッ!」
充血したカーラの目を見れば、それがいかに地獄の行程だったかが窺える。
「昔から、そういう甘いところが嫌いだったのよ――」
「でも――」
「焦らないで。ほとぼりが冷めるまでの我慢よ。それまでニーナをここでかくまってあげるから」
「いやいや、さすがにそれは悪いよ。だって、迷惑かかるし」
「いいのよ。だってわたしたち、親友じゃない」
「親友……」
カーラの言葉に、ニーナは胸がじんとする。
現状、組織の誰が味方かわからない。そんな状況で、幼なじみの――それも大司教が自分の味方に付いてくれることほど、心強いものはない。
目頭が熱くなるけど、持ち前の負けん気でぐっと堪える。
「じゃあ、お言葉に甘えようかな。宜しくお願いします」
「お願いされます。さて、一度お茶にしましょうか」
懺悔室を出て、カーラの部屋に入る。
中は大司教とは思えないほど質素だ。
年季の入った椅子に座りしばらくすると、カーラがティーセットを運んできた。
紅茶にスコーンにバター、それにジャムが少々。
「ジャムが付くなんてリッチね」
「久しぶりの再会なんだもの、贅沢したっていいじゃない」
「それもそうね」
ジャムなんて高級品、口にするのはいつぶりか。
苺の香りがするジャムをちょっぴり塗って、バターをのせる。
「ところで、ニーナは勇者が本国に戻ってから、どこに隠れてたの?」
「……いろいろよ」
思い出したくない、という素振りでぶっきらぼうに答える。
実際は、ファンケルベルクの街にいた。大司教として活動している、などと答えられるはずがない。
そんなことを口にすれば、頑張って大司教になったカーラの顔に泥を塗ってしまう。
(アタシが大司教なのは偶然。競争相手もいなかったし、ほとんどエルヴィンのせいだし……)
『俺は、ニーナだから頼んでいるのだ』
エルヴィンの強い視線をうっかり思い出して、ニーナは即座にかき消した。
喉に詰まりそうになるスコーンを、紅茶で流し込む。
香りが強く、苦い紅茶が、口の中でジャムとバターを溶かして流れていく。
すべて消えた後、舌の奥に強い甘みが残った。
「……ふぅ。美味しいわね」
「そうでしょう? これ、本国から取り寄せた紅茶なの。最近流行ってるらしいわよ」
「へえ。でも、お高いんでしょ?」
「そうでもないのよ。茶葉は普通のものなんだけど、製法が違うとか」
「アタシも少し欲しいなあ」
「今度取り寄せてあげるわね」
「ありがと。……ふわぁ」
カーラに出会えて緊張の糸が解けたからか。
ニーナは強い睡魔に襲われた。
目をこするが、瞼が重い。
「ここまで長い旅をしてきたんでしょう? 少し眠るといいわよ」
「うん……そうする」
瞼を瞑ると、ニーナの意識は不自然なほどプツンと切断された。
頭がぐらぐらする。
まるで船の上にいるみたいだ。
体を動かそうとすると、ガシャンという音とともに手首がなにかに引っかかった。
「ん?」
違和感に気づき、瞼を開く。
「ええと、ここは……」
目の前には、柵があった。
窓もない部屋はジメジメしていて肌寒い。
手首は鎖によって、壁と繋がれている。
「まさか、牢屋?」
なんとか否定したいが、見た目から牢屋以外あり得ない。
「どうして……」
先ほどまで、自分はカーラとお茶をしていたはずだ。
なのに目が覚めたら牢屋に繋がれていた。
まさか、寝ているあいだに異端審問官か誰かが来て、自分を捕らえたのでは?
(カーラは大丈夫かしら? アタシをかくまっていたことがバレたら、あの子だってただじゃ済まないはずよね)
自分が捕らわれたことよりも、親友の身を案じて、胸が苦しくなった。
その時だった。
牢屋の向こうから、何者かの足音が聞こえた。
その者が目の前に現れた時、ニーナの呼吸が止まった。
「おはようニーナ。そんな姿勢でよくぐっすり眠れたわね」
「……」
目の前に現れたのは、幼なじみで親友の、カーラだった。
何故、どうして……。
頭が真っ白になって、何も考えられない。
「やっぱり粗野な生まれだと、牢屋でも安眠出来るのかしら?」
「カーラ、これは、どういうことなの?」
「どうもこうも、匿ってるのよ。あなたを直接教皇様の元に届けるためにね」
「アタシを、売るつもり……だったの?」
「売るなんてとんでもない。献上するのよ」
「――ッ! なんで、こんなことをするのよ! アタシたち、親友でしょ!?」
「親友ぅ?」
カーラの目がつり上がり、口の端が不機嫌に垂れ下がった。
「吐き気がするわ。誰が親友ですって? あなたのことなんて、一度たりとも親友なんて思ったことはないわよ」
「そ、そんな……」
「あなたは入信当初から雲の上にいたからわからないでしょうね。わたしのような、なんの才能もないシスターが、どれほどの辛酸をなめさせられたか!」
「でも、カーラはイングラムの大司教になれたじゃない! 才能がないなんて――」
「まさか、実力で上がったとでも思ってるの? ああ、甘いわね。その甘さに反吐が出るわ! 努力しても結果が出ない人種が、世の中にはたくさんいるのよ! わたしだって努力した。努力した結果、なんの成果も上がらなかったの!
わたしは努力で大司教になったんじゃない。体を売って、偉い人に取り入って、のし上がったのよッ!」
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