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10.屋島の取引編

第69話(1185年2月) 帰国と決心

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 京を出て数日後、熊若は山陰鉄道に乗っていた。山陰道の冬は雪が多い。鉄道は最優先で除雪することが、出雲大社の法によって定められている。

「騎馬に引けを取らない速さだ――これが蒸気機関車か」

 熊若は列車の窓に木の板を掛けた。ガラスが無いため、景色を見ようとすれば、風が吹き込み、車内は震えが止まらないほどの寒さになる。

 暗い列車の中で、熊若の気持ちは憂鬱だった。
 蓮華のことを貴一に話すかどうか、ずっと迷い続けている。

――安倍の居場所を知るために、陰陽師に体を与えたことがわかれば、法眼様はきっと心を痛める。蓮華ちゃんも知られたくはないはずだ。でも、隠したまま京での出来事を話すことができるだろうか……。

 蒸気機関車が出雲大社駅に着いた。重い鉄扉を開けると、貴一が駅まで出迎えに来ていた。貴一のうれしそうな顔を見て熊若は心を決める。

――黙っておこう。蓮華ちゃんは、僕が助けに行けばいい。

 熊若は貴一に対し、右肩の怪我は矢による傷だと嘘をついた――。

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 出雲大社・大神殿

 貴一が熊若を大神殿に連れて行くと、鴨長明・弁慶・木曽義仲が待っていた。チュンチュンは南宋からの米の輸送、絲原鉄心は山陽鉄道工事の陣頭指揮を取っていて不在だった。

 熊若の帰りを一番喜んでくれたのは、身代わりによって助けられた義仲だった。

「おぬしのおかげで命拾いしただけではなく、備前で頼朝軍に一泡吹かせることもできた。わしの命はおぬしの物だ。好きに使ってくれ」

 皆でひとしきり喜び合った後、貴一が長明に言った。

「一年不在だった熊若に出雲の現状を説明してくれ。その後、源氏軍の平家討伐について話そう」

「昨年の暮れに集計したものになりますが――」

 長明は準備していた資料を皆に配った。

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(出雲国・石見国・長門国・伯耆国・因幡国・周防国・安芸国・備後国・備中国を合算 1183年→1184年)
石高 73万石 → 109万石
人口 40万人 → 65万人
牛馬 1500匹 → 3000匹
鉄 1400トン → 1400トン
弁慶隊 7000人 → 10000人
騎馬隊 500人 → 1000人
鉄投げ隊 500人 → 1000人
民兵 7000人 → 10000人 →(備前の戦後)7000人

大型蒸気船 40艘
大型船 40艘 小型船 100艘
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「コホン、石高は4カ国を併合したことにより伸びましたが、人口も増えたため、まだ20万石を輸入しております。ただし、山陽道の開拓を進めているので今年の秋からは輸入は必要なくなるでしょう。兵も1万ほど増やすことができますが、その分、兵の質の低下が懸念されます」

 熊若が手を上げる。

「神楽隊は増やせないのですか?」

 貴一、弁慶、義仲がお互いを目で促しあうが、誰もすぐには話さない。
 しばらくの沈黙の後、貴一が重い口を開いた。

「……えーと、ワケあって備前の戦のあと、蓮華と小夜、それにメンバーの多くが神楽隊から離れた。民兵もメンバーの大量離脱に衝撃を受けている。だから今は神楽隊を一時的に軍から切り離し、ライブ活動しかさせていない。詳しいことは後で話すよ」

 貴一は地図を広げる。

「義経が動くとなると、得意の速攻で四国の屋島にいる平家を落とすだろう。そして、平家最後の軍事拠点である、周防国の彦島に迫るはずだ」

 彦島とは周防国(山口県南部)の先端にある島である。出雲大社軍は海戦を避けていたため、周防国を支配しても、彦島には手を出していなかった。その彦島で平家は九州から四国、本州に向かう船へ睨みをきかせ、物資を奪っていた。

「鬼一は平家が負けるといっておるが、後どのぐらい耐えられるのだ?」

 弁慶の問いに貴一はため息をつく。

「源氏に船が集まれば半年もかからないだろうね。夏前には平家は滅ぶ」

「――あの栄華を誇った平家がのう」

 弁慶がしみじみと言った。
 義仲が頭をかきながら言う。

「となると、次の源氏の相手はわしらか。しかし、半年では5000ほどしか兵は増やせんな。奥州からの馬の輸入も急には増やせないし――やれやれだな」

 貴一は彦島の記してある部分をトントンと叩いた。

「そこでだ。平家の残兵を吸収するのが、俺たちの次の作戦になる。水軍経験のある兵をごっそりいただく。水軍を育てる費用も節約できるし兵も増える。一石二鳥だ」

「虫が良すぎる作戦だな。そう上手くいくのか?」

「俺には最終決戦の場所がわかっている。海から逃げてきた平家の兵を助け、追撃する源氏を阻止する準備を今から始めれば、戦までに充分間に合う」

「その場所はどこだ?」

 貴一は地図を扇子で指す。

「――壇ノ浦だ」
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