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連ドラのほうは偶然か否か、初恋の人が保育園の先生(保育士)という男が主人公のストーリーだった。その男をオレが演じ、保育士を演じたのは清楚なイメージの若手女優だった。彼女を見た時胸がざわついた。なんの偶然か、彼女はオレが雑誌で語った憧れの女性――幼稚園の先生――を彷彿とさせる容姿の人で……
大きくて目尻がキュッとつり上がった目が“猫っぽい”。覗き込まれると吸い込まれそうになり、笑うと弓形に細くなる黒くて澄んだ瞳。“先生”も確かそんな感じだった。はっきり言ってタイプだった。いつもならうれしくなるのに、この時は複雑な気持ちになる。戸惑いのほうが大きかった。なんで彼女がこのドラマにキャスティングされたのか? 誰かが何か意図してかと勘繰る。何か不自然なものを感じてならなかった。
このドラマの台本を読んでさらに愕然とした。主人公の設定があまりにも自分の体験談と似ていたからだ。その設定とキャスティングにオレは頭を抱えたが、所詮これは役だ。ただの役にすぎないと自己暗示をかけて、その役を忠実に演じることにした。
その内容はこうだった。
初恋の人が保育園の先生の主人公は、既婚者で妻と息子の三人暮らし。夫婦共働きで朝は嫁が息子を保育園に預け、夕方迎えに行くのは旦那の自分だった。そうやって息子を保育園に迎えに行く日々を送るうちに、男はある一人の女性保育士と親しくなっていく。二人は互いに魅かれ合い、ある日朝も自分が息子を保育園に送ると切り出した夫に妻は不信感を抱く。それから妻が動き、事態が急変する。相手に見当を付けた妻はしばらくは黙っていたが、ある日浮気相手と見られる保育士のアパートを訪ねてくる。そこにいた夫と鉢合わせすると、乱心の妻が持っていた包丁を振り回し、それを止めようとした夫が腕を切られ怯んだ隙に、傍らにいた保育士が腹部を刺される。その後保育士は搬送された救急車の中で心肺停止状態になり緊急手術が施されるもその日に死亡。男は幸い軽傷で済んだが、その後妻と離婚。子供は嫁の両親が預かることになり、男は一人ぼっちになるという重たいストーリーだった。
ファンの間ではこれが話題になり、例の雑誌のインタビューで都月歩が語っていた思い出を穢していると批判が殺到しネットや雑誌の記事にもなったが、それについての制作側からの返答は謝罪ではなく、“あくまでもこれはフィクションであり、モデルはいません”というものだった。ここまで再現しておいてよく言うなと、ファンが代弁してくれた。そんな苦情を言われても内容は変更されず、そのドラマは地上波でも放送されることが決定していた。
問題になったその当時、誰がそのドラマを企画し、誰が脚本を書いたのかで憶測や批判が相次いだ。よりによってその監督が過去にもめたことのある人物だったのだ。因縁めいたものを感じてしまうのも無理はない。
オレは昔からよく、儚いと言われてきた。色白で痩せ型だからだろう。身体は弱くないのにいつもか弱そうに見られる。そのせいかイケメン扱いされていながら、複雑な生い立ちだったり、恋人が殺人犯に殺されたり、モテない男の友人に彼女を奪われたりと、幸せになれない役のオファーが来ることが多かった。日焼けしてイメージを変えようとしたこともあったが、事務所から「イメージに合わない」「需要がなくなる」と言われ、日焼け対策を怠ると強く叱責された。
勇ましい刑事役でもくればいいのに、そう思っているとさっきの連ドラと同時期に入った仕事は単発ドラマの警察官役だった。刑事ではないが、やっと来たか! そう喜んだのも束の間。その内容も最悪だった。
前職が警察官で、その仕事を誇りに思ってやっていた自分には屈辱的な役だった。オレが演じる警察官が逃走中の犯人を執拗にパトカーで追跡し、その結果犯人の男がバイクの運転操作を誤り、死亡事故を起こすというものだった。追い詰めた張本人の警察官は、そのことを仕方のないこととして正当化して生きていくという役柄は相当な精神的ダメージを与えられた。そのドラマを見た視聴者から「役にはまりすぎて嫌いになった」というコメントも多く寄せられた。それは役者冥利に尽きる――本来そう思うべきなのかもしれなかったが、オレにはそうはできなかったのも事実だ。だが、だからと言っていつまでも落ち込んではいられない。そもそも自分が見なければ良いことだ。そんなことを引きずっていたら身が持たない。
そんな時オレは、よく自宅にある防音室で音楽を大音量にして聴いていた。叫ぶこともあった。それで“役抜き”ができた。人に知られたら――親しい友人は知っている奴もいるが――変に思われるかもしれないが、別におかしくなったからじゃない。そういう音楽のダークな歌詞に引き寄せられたわけでもない。そうやってオレは、一度そこで感情を最大限に爆発させることで発散していたんだ。崩壊しそうになる自分を……
今となってはこの声を誰にも届けることはできない。
この気持ちを誰がわかってくれるだろう。
誰が本当にオレのことをわかっていたんだろう。
何人か友人の顔が頭に浮かんだ。
『誰に会いに行こうかな…』
大きくて目尻がキュッとつり上がった目が“猫っぽい”。覗き込まれると吸い込まれそうになり、笑うと弓形に細くなる黒くて澄んだ瞳。“先生”も確かそんな感じだった。はっきり言ってタイプだった。いつもならうれしくなるのに、この時は複雑な気持ちになる。戸惑いのほうが大きかった。なんで彼女がこのドラマにキャスティングされたのか? 誰かが何か意図してかと勘繰る。何か不自然なものを感じてならなかった。
このドラマの台本を読んでさらに愕然とした。主人公の設定があまりにも自分の体験談と似ていたからだ。その設定とキャスティングにオレは頭を抱えたが、所詮これは役だ。ただの役にすぎないと自己暗示をかけて、その役を忠実に演じることにした。
その内容はこうだった。
初恋の人が保育園の先生の主人公は、既婚者で妻と息子の三人暮らし。夫婦共働きで朝は嫁が息子を保育園に預け、夕方迎えに行くのは旦那の自分だった。そうやって息子を保育園に迎えに行く日々を送るうちに、男はある一人の女性保育士と親しくなっていく。二人は互いに魅かれ合い、ある日朝も自分が息子を保育園に送ると切り出した夫に妻は不信感を抱く。それから妻が動き、事態が急変する。相手に見当を付けた妻はしばらくは黙っていたが、ある日浮気相手と見られる保育士のアパートを訪ねてくる。そこにいた夫と鉢合わせすると、乱心の妻が持っていた包丁を振り回し、それを止めようとした夫が腕を切られ怯んだ隙に、傍らにいた保育士が腹部を刺される。その後保育士は搬送された救急車の中で心肺停止状態になり緊急手術が施されるもその日に死亡。男は幸い軽傷で済んだが、その後妻と離婚。子供は嫁の両親が預かることになり、男は一人ぼっちになるという重たいストーリーだった。
ファンの間ではこれが話題になり、例の雑誌のインタビューで都月歩が語っていた思い出を穢していると批判が殺到しネットや雑誌の記事にもなったが、それについての制作側からの返答は謝罪ではなく、“あくまでもこれはフィクションであり、モデルはいません”というものだった。ここまで再現しておいてよく言うなと、ファンが代弁してくれた。そんな苦情を言われても内容は変更されず、そのドラマは地上波でも放送されることが決定していた。
問題になったその当時、誰がそのドラマを企画し、誰が脚本を書いたのかで憶測や批判が相次いだ。よりによってその監督が過去にもめたことのある人物だったのだ。因縁めいたものを感じてしまうのも無理はない。
オレは昔からよく、儚いと言われてきた。色白で痩せ型だからだろう。身体は弱くないのにいつもか弱そうに見られる。そのせいかイケメン扱いされていながら、複雑な生い立ちだったり、恋人が殺人犯に殺されたり、モテない男の友人に彼女を奪われたりと、幸せになれない役のオファーが来ることが多かった。日焼けしてイメージを変えようとしたこともあったが、事務所から「イメージに合わない」「需要がなくなる」と言われ、日焼け対策を怠ると強く叱責された。
勇ましい刑事役でもくればいいのに、そう思っているとさっきの連ドラと同時期に入った仕事は単発ドラマの警察官役だった。刑事ではないが、やっと来たか! そう喜んだのも束の間。その内容も最悪だった。
前職が警察官で、その仕事を誇りに思ってやっていた自分には屈辱的な役だった。オレが演じる警察官が逃走中の犯人を執拗にパトカーで追跡し、その結果犯人の男がバイクの運転操作を誤り、死亡事故を起こすというものだった。追い詰めた張本人の警察官は、そのことを仕方のないこととして正当化して生きていくという役柄は相当な精神的ダメージを与えられた。そのドラマを見た視聴者から「役にはまりすぎて嫌いになった」というコメントも多く寄せられた。それは役者冥利に尽きる――本来そう思うべきなのかもしれなかったが、オレにはそうはできなかったのも事実だ。だが、だからと言っていつまでも落ち込んではいられない。そもそも自分が見なければ良いことだ。そんなことを引きずっていたら身が持たない。
そんな時オレは、よく自宅にある防音室で音楽を大音量にして聴いていた。叫ぶこともあった。それで“役抜き”ができた。人に知られたら――親しい友人は知っている奴もいるが――変に思われるかもしれないが、別におかしくなったからじゃない。そういう音楽のダークな歌詞に引き寄せられたわけでもない。そうやってオレは、一度そこで感情を最大限に爆発させることで発散していたんだ。崩壊しそうになる自分を……
今となってはこの声を誰にも届けることはできない。
この気持ちを誰がわかってくれるだろう。
誰が本当にオレのことをわかっていたんだろう。
何人か友人の顔が頭に浮かんだ。
『誰に会いに行こうかな…』
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