月見怪異研究所奇譚 海辺の幽霊旅館とバラバラ連続殺人事件

都貴

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第一章 奇縁

奇縁⑥

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「威吹。何故、この蔵に乗り込んだの?」
「探しものをしていた」
「探しものねえ。威吹、ここがどういう場所か知っている?」
「妖怪や幽霊について調査する妙な場所だとは聞いていたが、お前の家だとは知らなかった。お前、家に遊びに来るばかりで、一度も俺を自宅に招いてくれたことがないだろ」

 ちょっと不貞腐れた顔が可愛い。にやけそうになるのを堪える。

「実家を知られたくなかったんだ。僕の家は特殊でね。でもまさか、君が化け猫を飼っていたとはね。一度も見たことないよ、この猫」
「多々羅はお前が来る時は、隠れちまってたからな。お前が苦手なんだと」
「多少は賢いってことか。因みに僕の実家はここじゃない。お家の事情で、今年の四月からここで一人暮らしをしているんだ。まあ、それはいいとして。君はどうやってここを知ったの? 電話帳に載っていないし、ホームページも無いのに」
「多々羅が知り合いに尋ねてここの噂を得た。俺の家に近くてセキュリティも甘そうだったから、侵入した」

 なるほど、あのハチワレ猫は多々羅の友達で、友達の頼みで僕の家を嗅ぎまわっていたわけか。妖気は感じなかったから普通の猫だろう。

「探しものは何?」

 威吹が目を伏せた。哀しげな顔、今まで見たことのない顔だ。
 踏み込まれたくない。威吹がそう思っているのは明らかだった。でも容赦はしない。

「威吹、早く答えなよ。君に黙秘する権利はない」
「兄貴を、探している。千雪兄ちゆきにいだ、お前も何回か会ったことがあるだろう」
「ああ、千雪さんね」

 千雪のことは知っている。威吹の兄の二十代後半ぐらいの長身の青年だ。
 銀色の長い髪を一本に束ね、切れ長の氷色の瞳をした美青年で、顔立ちが綺麗で色素が薄いという点を除けば、威吹とはあまり似ていない。

「千雪さんがいなくなったの?」
「ああ。つい先日のことだ。千雪兄は何者かに襲われて、行方不明になった」
「なにそれ。それでどうして僕の所に不法侵入することになるのさ。千雪さんを襲ったのが霊能力者だったとか?」

 冗談だったが当たったらしい。威吹の瞳がぎらりと光った。

「千雪さんが何故、霊能力者に襲われるんだい?」
 
 威吹は押し黙っていた。
 時間が惜しい、早く寝たい。僕は檻に手を向ける。
 禍々しい気配を感じとったのだろう。威吹はすぐに口を開いた。
「信じられねぇが、千雪兄は雪鬼だ。多々羅には正体を明かしていたらしい」
 千雪が雪鬼とはびっくりだ。千雪とは何度か喋ったが、妖怪だと疑ったことは一度もない。この僕を欺くほどの変化の達人で、妖力を完璧に隠せる大物妖怪が身近にいたとは。

 何故、威吹が雪鬼と暮らしているのだろうか。
 不思議に思ったが、すぐに気持ちが冷める。他人なんてどうでもいい。威吹は興味深い観察対象だし好きだけど、そこまで深く関わる気はない。

「俺が学校に行っている間に家が襲撃された。家に帰った俺は何か恐ろしい影が蠢いているのを見たが、はっきりは見てない。千雪兄に抱えられて、家の裏の森に逃がされた。その時の千雪兄は白い着物姿で、口には牙、頭には細い角が二本生えていた」
「わお。それは驚きだね」

 わざとお道化てみたが、威吹はいつもと違って挑発には乗らなかった。硝子玉のような瞳で静かに言葉を続ける。

「俺は多々羅に連れられて裏の森から更に遠くへ逃げた。家に戻った時には千雪兄は消えていた。多々羅が千雪兄を攫ったのは妖怪をコレクションしている霊能力者だと教えてくれた。だから、俺はここに忍び込んだ」

 淡々と語る威吹からは感情が完全に抜け落ちていた。太陽のように強烈な光の気質を持つ彼が抱える闇を垣間見た気がした。
 威吹には両親や祖父母はおろか親戚の一人もいない、千雪と二人きりの暮らしだ。家族のことを一切喋らない威吹に態とうざったく絡み、僕はそれを知った。でもその理由までは知らない。

「何故、千雪さんを探すの? 家族だからって理由だけじゃないよね」
「どうでもいいだろ」
「兄が妖怪だから自分も妖怪かもと不安になった。だから、千雪さんに自分のルーツを尋ねたい。違うかい?」
 無言。肯定というわけだ。
「解らないね。兄が妖怪だからって自分も妖怪だなんて普通考えないでしょう。十六年、君は普通に暮らしているわけだよね。少なくとも僕は、君が妖怪だと疑ったことはない。それとも君は自分が人間じゃないと疑うだけの何かを抱えているの?」
「それはお前に関係ねぇ」

 無感動な顔に強い拒絶を感じた。掘り下げたいところだが、威吹は口を割らないだろう。無駄な労力は使いたくない。

「了解、君がここに忍び込んだ事情は理解した。残念ながら、君の探し人はいないよ」
「そうらしいな。もういいだろ、さっさと多々羅を解放しろ。帰らせてもらうぜ」
「はいそうですかって僕が頷くと思う?」
「どういう意味だ」
「不法侵入し、僕に不快を与えた罰は受けてもらう」

 悪魔の笑みを浮かべると、威吹がごくりと唾を飲んだ。彼の視線が多々羅を閉じこめた檻に逸れる。
 威吹が苛烈な眼差しで再び僕を見る。殺気にも似た威圧感を放つ瞳に、背筋がゾクゾクとした。常に僕に纏わりついている淀んだ退屈を吹き飛ばす、素敵な眼差し。威吹は刺激を与えてくれる貴重で愉しい存在だ。

「多々羅君に危害は加えない。君が僕の頼みを聞いてくれたらだけど」
「頼みごとだと?」
「簡単さ。僕は陰陽師家系の子孫でね、僕の家は怪異の駆除や除霊を行う、祓い屋みたいな家業を営んでいる。現在紫月家のトップである父は、息子の僕にやりたくない厄介な仕事をよく押し付けてくるんだ。ちょうど今、面倒な仕事を頼まれている。それを手伝って欲しい。そうしたら不法侵入はチャラにして多々羅君を無事に解放してあげるよ。少ないけど給料も出す。悪くないでしょう?」

 目を細めて微笑むと、威吹は胡散臭そうな顏で僕を見た。疑り深い目をしてはいるが、彼はこの件に前向きのようだ。

「なんだよ、仕事って」
「幽霊旅館の調査さ」
「はあぁ? 幽霊旅館だぁ?」

 威吹の素っ頓狂な声が土蔵に響き渡った。




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