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第五章 音無の村
不穏な影②
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京弥は理性的で冷静で顔が美形なぶん、怒りを孕んだ顔は余計に恐ろしい。
同じ無表情でも無愛想なだけで感情は意外と豊かな響と違い、京弥は感情の振れ幅が少ない。
殆ど怒ることはないが、怒らせるとかなり怖いようだ。
初めて見る彼の怒りに、光季はほんの少しだけびびった。
何はともあれ、大きな喧嘩に発展せずに済んだようで胸を撫で下ろす。
京弥に声をかけるついでに、ジュースでも買って飲もうと休憩室に入ろうとした。
しかし、武志と京弥を深刻な空気が包んでいるのを見て足を止める。
「京弥、金のことならお前は配するな。父さんがいなくなった分、俺が稼ぐから。ちゃんとお前を大学まで入れてやる」
「兄貴、言葉はありがたいけど、別に俺は夜鴉で働くのは嫌じゃないからいい」
「嫌じゃないかどうかの問題じゃない。俺は金の為だけじゃなくて、町の人達を守りたいから夜鴉に入隊したんだ。金の為だけに夜鴉を続けるのはどうかと思うぞ。母さんを心配させているんだから」
武志の言葉が胸にチクリと刺さった。
生活の為と言っている京弥よりも、楽しいからという理由で続けている自分は更に、武志から見て不純な動機だろう。
母の言葉を思い出して光季は俯く。
普段は人の意見に左右されることはまったくないのだが、こればっかりは武志が正論で、自分の行動を改めざるを得ない気がした。
一瞬考えかけたが、自分に正義感はなくても夜鴉にいることで妖怪を倒して町を守っていることになると、すぐに思いなおして、考えるのをやめた。
京弥は武志の言葉を受けて何を感じただろう。
光季が見守るなか、彼は珍しく片眉を顰めて、ほんの少し煙たそうな顔で武志を見ていた。
「兄貴がどう思っているかは知らないが、俺は夜鴉であることに正義感は別に必要ないと思う。人それぞれ、戦う理由があってもいいんじゃないか?それに現実問題、兄貴よりも俺の方が稼ぎがいいから、やっぱり俺は夜鴉を辞める気はない」
京弥の言葉に武志は絶句していた。そのまま何も言わずに、彼は踵を返すと足早に休憩室を出ていった。
擦れ違った武志に何か声をかけようかと思ったけれど、掛ける言葉が見つからない。
それに、何も見てないことを装うのが武志にとっては一番ありがたいだろうと光季はドアの後ろに隠れて武志を見送った。
弟にプライドを傷付けられた挙句、後輩にまでフォローされては、武志の立つ瀬がないだろう。
このまま休憩室に寄らずに帰った方がいいだろうか。
そう思ったけれど、喉が渇いていたので、何食わぬ顔で部屋に足を踏み入れた。
京弥に向かって愛想よく手をあげる。
「よー、京弥。おつかれ」
「お疲れ様です、水瀬先輩」
光季は京弥の横をすり抜けて、レモンスカッシュを購入して蓋を開けた。
爽やかな檸檬の味と喉を焼く炭酸の刺激。風呂上がりにぴったりだ。
「先輩、もしかして見てました?」
京弥に尋ねられて、光季は緩慢な動作で彼の方を向く。
「わりー、見てた」
「そうですか。お恥ずかしいところをお見せしました。つい、イラッときて」
珍しくしおらしい態度をとる京弥に、光季は唇の端を吊り上げる。
「おまえが苛立つとかそうとうだな。あいつに腹立てないのって、優さんと朝比奈さんぐらいじゃねーの? あの二人、なんかもう賢者っていうか、もはや悟り開いた仙人だよな」
「ふっ、やめて下さい。想像したら笑えます」
二人は声を上げて笑った。
ひとしきり笑うと、京弥はぴたりと笑うのをやめて、少し真剣な顔で光季を見た。
「俺の入隊動機は先輩も知っての通り、金の為です。軽蔑しますか?」
じっと見詰めてくる蔦色の瞳が年相応の少年の憂いを怯えていた。
自分よりもずっと大人びた京弥がとても可愛らしく思えて、おもわず頬が緩む。
光季は無遠慮にぐしゃぐしゃと京弥の頭を撫でてやった。
「べつになんでもいいじゃねーか!おまえが夜鴉やってることで、間接的にかもだけど、何人も助けられてるんだ。
それに金のためとか言ってるけど、父さんがいなくなったぶん、自分が少しでも母さんを支えようと思って入隊したんだろ。
それさ、家族のためじゃん。おまえは立派だよ、京弥」
にっと笑う光季につられたように、京弥も口角を緩く持ち上げる。
「ありがとうございます、先輩」
「おう」
小さく頭を下げる京弥に、光季は「ご褒美な」と、甘いミルクコーヒーを買って投げた。
甘いのは苦手だと余計な一言を呟きながらも、素直にミルクコーヒーを飲む京弥の頭を、光季はもう一度乱暴に撫でた。
同じ無表情でも無愛想なだけで感情は意外と豊かな響と違い、京弥は感情の振れ幅が少ない。
殆ど怒ることはないが、怒らせるとかなり怖いようだ。
初めて見る彼の怒りに、光季はほんの少しだけびびった。
何はともあれ、大きな喧嘩に発展せずに済んだようで胸を撫で下ろす。
京弥に声をかけるついでに、ジュースでも買って飲もうと休憩室に入ろうとした。
しかし、武志と京弥を深刻な空気が包んでいるのを見て足を止める。
「京弥、金のことならお前は配するな。父さんがいなくなった分、俺が稼ぐから。ちゃんとお前を大学まで入れてやる」
「兄貴、言葉はありがたいけど、別に俺は夜鴉で働くのは嫌じゃないからいい」
「嫌じゃないかどうかの問題じゃない。俺は金の為だけじゃなくて、町の人達を守りたいから夜鴉に入隊したんだ。金の為だけに夜鴉を続けるのはどうかと思うぞ。母さんを心配させているんだから」
武志の言葉が胸にチクリと刺さった。
生活の為と言っている京弥よりも、楽しいからという理由で続けている自分は更に、武志から見て不純な動機だろう。
母の言葉を思い出して光季は俯く。
普段は人の意見に左右されることはまったくないのだが、こればっかりは武志が正論で、自分の行動を改めざるを得ない気がした。
一瞬考えかけたが、自分に正義感はなくても夜鴉にいることで妖怪を倒して町を守っていることになると、すぐに思いなおして、考えるのをやめた。
京弥は武志の言葉を受けて何を感じただろう。
光季が見守るなか、彼は珍しく片眉を顰めて、ほんの少し煙たそうな顔で武志を見ていた。
「兄貴がどう思っているかは知らないが、俺は夜鴉であることに正義感は別に必要ないと思う。人それぞれ、戦う理由があってもいいんじゃないか?それに現実問題、兄貴よりも俺の方が稼ぎがいいから、やっぱり俺は夜鴉を辞める気はない」
京弥の言葉に武志は絶句していた。そのまま何も言わずに、彼は踵を返すと足早に休憩室を出ていった。
擦れ違った武志に何か声をかけようかと思ったけれど、掛ける言葉が見つからない。
それに、何も見てないことを装うのが武志にとっては一番ありがたいだろうと光季はドアの後ろに隠れて武志を見送った。
弟にプライドを傷付けられた挙句、後輩にまでフォローされては、武志の立つ瀬がないだろう。
このまま休憩室に寄らずに帰った方がいいだろうか。
そう思ったけれど、喉が渇いていたので、何食わぬ顔で部屋に足を踏み入れた。
京弥に向かって愛想よく手をあげる。
「よー、京弥。おつかれ」
「お疲れ様です、水瀬先輩」
光季は京弥の横をすり抜けて、レモンスカッシュを購入して蓋を開けた。
爽やかな檸檬の味と喉を焼く炭酸の刺激。風呂上がりにぴったりだ。
「先輩、もしかして見てました?」
京弥に尋ねられて、光季は緩慢な動作で彼の方を向く。
「わりー、見てた」
「そうですか。お恥ずかしいところをお見せしました。つい、イラッときて」
珍しくしおらしい態度をとる京弥に、光季は唇の端を吊り上げる。
「おまえが苛立つとかそうとうだな。あいつに腹立てないのって、優さんと朝比奈さんぐらいじゃねーの? あの二人、なんかもう賢者っていうか、もはや悟り開いた仙人だよな」
「ふっ、やめて下さい。想像したら笑えます」
二人は声を上げて笑った。
ひとしきり笑うと、京弥はぴたりと笑うのをやめて、少し真剣な顔で光季を見た。
「俺の入隊動機は先輩も知っての通り、金の為です。軽蔑しますか?」
じっと見詰めてくる蔦色の瞳が年相応の少年の憂いを怯えていた。
自分よりもずっと大人びた京弥がとても可愛らしく思えて、おもわず頬が緩む。
光季は無遠慮にぐしゃぐしゃと京弥の頭を撫でてやった。
「べつになんでもいいじゃねーか!おまえが夜鴉やってることで、間接的にかもだけど、何人も助けられてるんだ。
それに金のためとか言ってるけど、父さんがいなくなったぶん、自分が少しでも母さんを支えようと思って入隊したんだろ。
それさ、家族のためじゃん。おまえは立派だよ、京弥」
にっと笑う光季につられたように、京弥も口角を緩く持ち上げる。
「ありがとうございます、先輩」
「おう」
小さく頭を下げる京弥に、光季は「ご褒美な」と、甘いミルクコーヒーを買って投げた。
甘いのは苦手だと余計な一言を呟きながらも、素直にミルクコーヒーを飲む京弥の頭を、光季はもう一度乱暴に撫でた。
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