夜鴉

都貴

文字の大きさ
52 / 70
第六章 鬼の國

鬼の集落②

しおりを挟む
 地下から外に出ると、光季は自然と深く息を吸い込んだ。
 空の色があまり美しくなくても、空気は美味い。

 異界はどこも共通して自然が美しく、空気が澄んでいる。
 人間界と違って、化学物質による汚染がないからかもしれない。

 外は相変わらず静かで、朗らかな空気が漂っていた。
 そんな中スパイみたいな活動をしていると、自分達がとんでもない悪者になった気がして変な気分だが、これも仕事だ。そう割り切らなければ、夜鴉なんてやっていけない。

 一時間も経つと、集落に人間の臭いがすると鬼達が噂し始めた。

 想定内で焦りはしないが、村を巡回する鬼達の目を盗みながらの捜索を余儀なくされ、格段に動き辛くなった。
 まるで、広い村を舞台に本物の鬼を相手にかくれ鬼をしているみたいだ。

「これぞリアル隠れ鬼だな。見つかったら鬼にされちまうぞ」

 虎徹が笑いながら言った。ボキャブラリーの少ない陽平だったら、虎徹のやや高度なジョークの意味が解らなかったかもしれない。
 光季は虎徹の意味するところがわかった。

 鬼にされる、すなわち鬼籍にされると隠喩したのだろう。
 鬼籍、つまりは死だ。

 光季はなんとも思わないが、こんな時に洒落にならない冗談を言われたら、頭にくる人だっている。
 まったく空気を読まない虎徹に、思わず溜息が漏れた。

 やばい、武志さんが青褪めてる。虎徹さんの言った意味がわかっちゃったのか。

 誰が見ても解るくらい青い顔をした武志を、光季は気の毒に思った。
 唇を真一文字に引き結んで押し黙っている武志の代わりに、光季は虎徹に軽いチョップをお見舞いする。

「虎徹さん、面白くない冗談言ってないで、どうするか考えてよ」
「ふっ、悪い悪い。うちには一人チキンがいたのを忘れていた」

 光季は悪びれない虎徹を軽く睨むと、武志に笑いかけた。

「森の中に身を顰めて、鬼の動きしばらく観察しませんか?奴らの行動パターンがわかったら、見つからないように捜索活動を続けられるし、休憩ついでになると思います」

「あ、ああ。そうだな。光季の案に乗ろう。なあ、虎徹」
「まあ、妥当な判断だな。よし、移動するぞ」

 木や家の影に隠れながら、如月隊の四人は人里から数キロ離れた森の中に身を隠した。

 休憩がてら、双眼鏡を使って鬼の動きを観察する。
 暫くすると、二人は森から鬼の動き見張り、残り二人が彼らから鬼の動きを聞きながら、慎重に人家の捜索にあたった。

 思うように捜索活動ができないでいる内に夜が訪れた。
 赤かった空が闇色に染まり、星が煌めく。

 人間界と変わらない普通の夜だ。

 霊体は肉体よりずっと体力が優れており、夜は寝なくても日中と変わらず活動することができる。
 霊力を使わなければ、少なくとも一週間は睡眠をとらずにぶっ通しで動き回れる。

 だが、夜になっても鬼が村を徘徊しているため、慎重な行動が必要だった。
 鬼は夜目がきく。闇に乗じて奇襲をかけたり、捜索をしたりするわけにはいかない。

 霊体の五感は肉体より少し優れている程度で、暗闇でも目が見えるわけではない。鬼よりも不利だ。

「無理に動くのは危険だな。明日、夜が明けたら捜索を開始する。それまで交代で見張りをしながら休んでおけ。まずは俺が見張るから、オマエらは休め」

 双眼鏡を手に、ひらりと虎徹が木の上に飛びあがった。

 光季は太い幹に凭れかかると、携帯食のチョコレートがかかったシリアルバーを齧る。
 霊体の間は腹が減らないし餓死もしない。
 おまけにほんの少しのエネルギー摂取で効率よく栄養が吸収される。
 シリアルバーだけでも十分だ。

 甘いミルクチョコに香ばしいシリアル。携帯食にしては意外と美味しい。

「うまいけど、夕飯がシリアルバーだけとか侘びしいな。食べざかりには辛いよな」

 ポツリと光季が文句を言うと、京弥がくすりと笑った。

「確かに、隠密活動や戦闘になると飯が不十分で嫌ですよね。焼き肉とかカレーとか、がっつりしたものが食いたいですね」

「あー、いいな。おれもコンビニでチキン食いたい」

 他愛ない話をしながらゆっくりとシリアルバーを食べ終えると、光季は目を閉じた。

 眠くはなかったが、いつの間にか眠っていたようだ。
 見張りの交代の時間がきて、虎徹から揺り起こされた。

「すみません、虎徹さん。おれ、寝ちゃってました」
「別にいいぞ。怖くて寝れないやつより、図太く寝ちまえるヤツの方がずっといい」

 虎徹が揶揄するような目を武志に向けた。
 虎徹の視線に気付かない武志は、深刻な顔でじっと闇を睨んでいた。

 今回の渡界は今までより過酷だ。人間に友好的な穏健派の妖怪の助けはないし、強い鬼がうじゃうじゃといる。武志が張り詰めるのも無理はない。

 武志の気を紛らわすような言葉が思い付かない。
 どっちにしても、年下に心配されちゃ年上のメンツが丸潰れだろう。
 光季は武志の様子に気付かないふりをした。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2025/12/22:『かれんだー』の章を追加。2025/12/29の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/21:『おつきさまがみている』の章を追加。2025/12/28の朝8時頃より公開開始予定。 2025/12/20:『にんぎょう』の章を追加。2025/12/27の朝8時頃より公開開始予定。 2025/12/19:『ひるさがり』の章を追加。2025/12/26の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/18:『いるみねーしょん』の章を追加。2025/12/25の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/17:『まく』の章を追加。2025/12/24の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/16:『よってくる』の章を追加。2025/12/23の朝4時頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

処理中です...