辺境領の業務日誌 あるいは新人領主とその秘書官のドタバタな日常

みやび

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帝国歴628年4月4日 新領主のお仕事

新領主のお仕事 6

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 万屋を出た二人は、次に金物屋を訪れた。

 石造りの、周りとは違って丈夫そうな建物の入り口を開けると、土間が広がっており、そこには金床やら炉やらが置いてある。
 扉が開く音に反応して、一人の女性が振り返った。
 金髪で、背が高いツバキよりもさらに長身の女性である。

「いらっしゃい、領主様、ツバキ」
「お邪魔します、サーシャさん」

 金物屋の店主、サーシャである。
 顔なじみのツバキはもとより、アーシェロットも昨日の騒ぎの際、肉を貪り食っていたサーシャのことは知っていた。

「今日は何の用? 剣の整備?」
「え、サーシャさん剣の整備なんてできたんですか?」

 驚きの声を上げたのはツバキだった。
 こんな村だとそもそも剣自体なく、その整備を彼女ができることなどまるで知らなかった。
 驚くツバキに対し、アーシェロットは質問をする。

「失礼だけど、剣の整備の経験は?」
「修行してたのが帝都のバルドル商会だから、その時にそれなりに。最近はしてないから腕が落ちてると思うけど」
「バルドル商会?」
「帝都で一二を争う武器商人だよ。あそこの製造で働いてたの?」
「そう」

 町の外に詳しくないツバキはまるで分らなかったが、帝都生まれの軍人でもあったアーシェロットは当然知っていた。
 製造もおこなう武器商人で、帝都に大きな鍛冶場を持っているところだ。
 知名度は帝国トップクラスであり、最近の魔王討伐でもかなりの武器を作っていた。
 そこ出身の鍛冶師となれば、通常引く手数多なのだが……

「先代は許してたけど、今のトップが女が鍛冶師になるなんて、と方針転換したせいで追い出された。で、ツバキのお父さんが誘ってくれたんだ」
「あー、そういう感じかも」

 今の商会長のことはアーシェロットも知っている。
 女性蔑視が強く、アーシェロットや彼女の率いていた白百合騎士団のメンバーの装備に対しては、お飾りだろうとかなり手を抜いていてトラブルになったこともあった。
 今回最終的に魔王討伐にアーシェロットがかかわったせいでかなり評判を落としているが、もともとは疑いようがないぐらい帝都一、の権勢を誇っていた。
 そこに理不尽に睨まれて、こんな辺境まで逃げてきたのが彼女ということだ。

「で、剣を見せてくれない?」
「これ、聖剣だから整備不要なんだけど」
「いや、多分必要」
「?」

 アーシェロットが肩から下げていた剣をサーシャに渡す。
 剣を引き抜くと、本体をまず台の上に置く。
 取り出した布に油をなじませると、刀身や柄を磨き始めた。

「剣自体は鈍ったり錆びたりしなくても汚れる。戦場ならまだしも、余裕があるときは綺麗にした方がいい」
「ほえー」

 綺麗な剣だと思っていたが、布で磨くと輝きが増していくように見える。錆びない鈍らないと聞いていたが、よく考えたら汚れないとは聞いていない。そういう汚れが剣についていたのだろう。
 剣を磨くと、サーシャは鞘を確認し始める。
 外を触ったり、中を覗いたりして、何かに気づいたようだ。

「この鞘、傷んでる」
「うえぇ!?」
「中が汚れて腐ってる。この鞘、何か効果あるの?」
「聖剣の魔力を使って、所有者の疲労軽減の効果がある魔道具なんだけど……」
「多分回路が腐ってるから効果が無くなってると思う」
「なんか最近効きが悪いなとは思ってたんだよね……」

 何か所か鞘を叩くと、パカッと鞘が開いた。
 外側は綺麗だったが、中は完全に腐っており、ひどい状態だった。
「うわぁ」とツバキも思わず声を上げるレベルっだ。

「直せる?」
「無理。私は鍛冶屋で魔法道具は作れないし、そもそもどんな魔法陣が刻まれてたかわからないし」
「ひーん」
「剣を納められるように腐った部分を削って代わりに木で埋める、私にはそれくらいしかできない。でも」
「でも?」
「同じ魔法陣は無理でも、鞘に何かしらの効果を付与するぐらいなら、ツバキがやってくれると思う」
「へ?」

 アーシェロットはツバキを見る。
 ツバキは非常に面倒そうな表情をした。

「私が作れるのなんて、守護と幸運の気休めの奴だけだよ」

 家にあった本から独学で学んだ程度の知識しかツバキにはなく、初歩中の初歩、おまじない程度の効果しかないといわれる魔法陣しかツバキは作れない。
 だが、この町で魔法陣などかけるのはツバキ以外にはいないだろう。

「ツバキちゃんがつけてくれるなら、ボクは嬉しいな」

 上目づかいで両手を握り、ツバキにおねだりをするアーシェロット。
 ツバキはため息をついた。

「しかたない。どれに彫ればいい?」
「この木片にお願い」

 サーシャは薄い木の板をツバキに渡した。



 丁寧に、彫刻刀で板に文様を彫っていくツバキ。
 それを見ていたアーシェロットは少し疑問に思った。

「魔力筆は使わないの?」

 魔力を流して熱を発して、基材を焼き切る魔力筆は魔法陣作成で一般的に使われる道具だ。
 だが、ツバキは彫刻刀で慎重に木材に文様を彫っていた。

「私、魔力ないから」
「え?」
「少ない、じゃなくてゼロ。全く魔力ないから、魔道具が使えない」
「へー」

 基本、どんなものにも魔力というものは備わっている。
 不可視のその力は、日常でも火をつけたり水を出したりとちょこちょこ使える力だ。
 日常的にも使われる魔力を持ってないのは、生活が大変そうである。
 だが、そういえば、役場の建物内に、魔道具がほとんどないのをアーシェロットは思い出した。

「がっかりした?」
「なんで?」
「無魔力だし」
「日常大変そうだなとは思ったけど、まあ今はボクがいるし」
「気を使わなくても、いやだなと思ったら追い出してくれていいよ」

 町の人とも溶け込んでそうだし、ツバキにとって、そこまで魔力がないことがトラウマになっている理由がアーシェロットにはよくわからなかった。
 だが、かなり気にしているところに触れてしまったようだ。

「よし、できた」
「ツバキちゃん、ありがとう」
「どういたしまし、んぐっ!?」

 アーシェロットはお礼に振り向いたツバキの唇を唐突に奪った。
 あなたが欲しい、という気持ちを込めた。
 魔力がないということは大変だろうと思うが、アーシェロットにとって何らツバキの価値を減ずるものではない。というか、変なライバルが減りそうでラッキーとむしろ謎に肯定的にとらえていた。
 好きだという気持ちを込めたキスであったが……

「ふふ、お礼のキス♡」
「……」
「これでちゃんとしたファーストキ、ふぎゅうううううう!!!」
「この変態領主がぁ!!!」
「伸びて戻らなくなる! 戻らなくなる~!!!!」

 ツバキは全力でアーシェロットの頬を引っ張る。
 アーシェロットの頬はリンゴのように真っ赤になるのであった。
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