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これより洗礼の儀を執り行う

3、ショッピングモールはダンステリア

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「響季」
 「なに?」

  ショッピングモールの休憩スペースで。
  響季が買った雑誌から顔を上げると、ちょうど自分の真正面に、手ぶらな状態で零児が立っていた。
  零児は何度か感触を確かめるようにスニーカーの爪先や靴底、踵でタンタン、と床を撫でるように叩くと、突然、

♪タン、タン、タン、タタタ、タタン、タカタタカタタカタタンッ

 と、スニーカーでタップダンスを踊り始めた。



 「うぇ」

  その様を想像し、柿内君が変な声をあげる。
  予想の斜め上を行っている。女子高生の放課後のスケジュールではない。

 「私は声すら出ませんでしたよ」

  その時の様子をこちらはリアルに思い出し、はあ、と響季がため息をつく。


♪ンッタンッ、ンッタン、タタタタタン、パン!パン!

  手拍子も交えて零児がダンスを形作っていく。
  鉄板を仕込んでいないのでタップダンス特有の硬質な音は出せないが、代わりにスニーカーのラバーソールが乾いた景気のいい音を奏でる。
  休憩スペースにいた老人客がその音に鬱陶しそうにこちらを見て、そして視線を釘付けにされる。
  スペースの外にいた客達もリズミカルな音と、なにより軽やかなステップに何だとこちらを見る。
  ある程度タップダンスを披露した零児はタップを踏みながらその場で回転して、着ていたカーディガンの両袖を捲る。
  白い腕を顕にすると、今度はスカートをなびかせ、顔の横でパン!パン!パン!パン!と手を叩き、フラメンコダンスに移行した。
  響季は即座にそれを理解し、異国の旅番組か何かで見たように靴で床を踏み鳴らし、手を叩いてダンスに添えるリズムを刻んでいく。
  口ではやはり見よう見まねで、あの火が爆ぜ、燃え上がるような魂の歌を奏でる。
  ギターとカスタネットの足りない、その単純なリズムと付け焼き刃なメロディに乗って、零児は足を蹴りあげ、そう長くもないスカートを捌く。
  片腕でフラミンゴのしなやかに伸びる首を、両腕で優雅なその羽根を表現する。
  その間も、零児は妖艶で誘うような表情を響季だけに見せていた。
  いつものクールな少女からは見られない、情熱的の視線に響季は釘付けになるが、

 「あっ!?あれ!?」

  踊り子がいつの間にか手にしていたものを見て、自分が買った雑誌の入っていた袋を漁る。
  付録が無い。正確には雑誌の間で、ボール紙の箱に入れられていたものが。
  零児は響季が買った雑誌の付録についていたバーサングラスをかけていた。
  買った本人からすればその付録が目的で買ったようなものだが。
  買ったところでいつどこで使うかも決めていなかったそれをかけると、零児はロボットダンスを披露しだした。
  さっきまでのしなやかさを消した、直線的な動き。
  バーサングラスというサイバーな雰囲気を醸し出す小道具も相まって、不思議な空間が生まれていた。

  それが終わると見えない小銃を抱え、鋭角的な軍隊の行進のようなステップを踏み、進んだ分だけムーンウォークで戻ってくる。
  先程とは違い、キュッキュッ、キュッという無機質で耳障りな音しかしないが、それでも観客は釘付けになった。
  小銃を構え、客に向けると、見えない銃を向けられた客がわあきゃあと色めき立つ。
  観客も巻き込んだ突発的なダンスショー。
  そんなものがショッピングモールのなんてことない休憩スペースで展開される。
  次々披露されるダンスに、パフォーマンスに、周りにいた人達が魅了される。
  響季にはわかっていた。
  零児は面白さを提供したいのだ。
  楽しませたくてこんなことをしている。退屈だというのもあるだろう。
  今この瞬間ではなく、日常が。
  だから零児は持ちうる限りのダンススキルを駆使して踊りだしたのだ。
  あのスニーカーは抜け忍ゆえ追手から逃げるためではない。こんな、いつでも街中で軽やかなダンスが踊れるようにだ。
  そう思えるぐらい、零児のダンスは見事だった。
  そしてそれらは周囲にではない、響季ただ一人に向けられていた。
  休憩スペースを勝手にステージにし、踊りだす。
  そのエキセントリックな笑いを響季一人にぶつけていた。
  周りなんか関係ない、銃を向けたのもちょっとしたサービスだ。

  しかしダンスのクオリティが思った以上に高過ぎ、《ショッピングモールの休憩スペースで突如踊り狂う女子高生》という面白さの図式を超えていた。
  例えば零児がもっとぽっちゃりボディなら、おかしな衣装を身に纏っていたらそのダンスは笑いとして昇華されていたかもしれないが、それの一段階上に、ただの女子高生パフォーマーに収まっていた。
―ちがう、ちがうよれいちゃん!おもしろさの上をいっちゃってるよ!
  そう伝えたくても、その声が無粋過ぎて響季は伝えられない。
  だから、この面白ショーにおいて選ばれた、ただ一人の観客役に徹しなくてはと、響季はふんぞり返った姿勢で足を組み、顎に手をやる。
  まるでお手並みを拝見しているダンスの先生のように。

  そして頃合いを見計らい、わざとパンパンと生徒にお粗末なステップを見せられた先生のように皮肉った拍手をして立ち上がる。
  立ち上がった女子高生に新たなパフォーマーかと周囲が期待するが、響季は零児の横に立ち、後頭部に手を添え無理やり、けれど優しくお辞儀をさせた。
  零児だけはバレエの一番のポジションで。
  周囲からは、なんだもう終わりなのと残念そうなため息が上がるが、零児の首根っこを掴むと響季は引きずるようにしていつの間にか出来た輪を出て行った。
  輪を出る時、小さい女の子がゆかいなお姉ちゃんにバイバイと手を振る。
  サングラスをかけたまま、零児はロボットのような固い動きで小さくバイバイを返した。


 「あとは?」
 「あとは、なんかあたしにしか見えないようにパントマイムのエスカレーターやったりとか。でもそれガラスで透けてっから下がってくとこ丸見えだよとか、そんな感じ」

  そう言葉を区切り、響季がペットボトルのミネラルウォーターを飲む。
  あの日いたモールの観客と同じく、なんだもうおしまいかと残念そうな顔をしながら柿内君が腕を組む。
  そんな楽しい楽しい話を聴き終わった後、

 「で、どこまで作った?」
 「えっ?」

  親友に言われた言葉に響季が固まる。

 「今の話、ちょっと盛ったろ」

  眉との距離が近い目を細め、生まれつき口角の上がった口を皮肉そうに歪めると、柿内君はお見通しだとばかりに言った。
  響季は深夜の声優ラジオの、柿内君は雑誌の読者コーナーを狩場にしたネタ職人だ。
  そういったものに送るメールを面白おかしくするため、ネタ職人というのは普段からつい話を盛ってしまう癖がある。
  誇張、脚色。言い方はあるが、それらに該当することを意識せずにやってしまう。
  当然自分もそれに含まれる柿内君は、どうせ今の話も盛ったのだろうと訊くが、

 「えーと…、お母さんがヴォーグだよーって言ったのと、レジのお姉さんが吹いたってのは、…盛った」

  ぽそぽそと、響季が脚色箇所を自白する。
  盛った箇所がそうとわかってしまうのも恥ずかしいが、自白させられるのも相当恥ずかしい。

 「あとは?」
 「それだけだよ?」

  もう無いよ?と響季が困り顔で言うと、

 「…そうか」

  柿内君の追求の勢いが弱まる。
  親友が嘘をついているようには見えない。
  つまりはヴォーグも、タップダンスも、フラメンコも、ロボットダンスも、パントマイムエスカレーターも、全て実話だという。

 「随分クレイジーで、エキセントリックな友達だな」

  親友の新しい友達について、柿内君が感想を述べると、

 「…えっ!?」

  響季が信じられないといった顔で見てきた。

 「なん、だ?」

  その反応に、なにかまずいことでも言ったかと柿内君が焦るが、

 「カッキー今…、零児とクレイジーと、掛けた?」
 「えっ…、あっ!!」

  そう指摘されてぼひゅっ、と耳まで真っ赤になる。
  意図しない偶然ダジャレほど恥ずかしいことはない。
  それこそ死んでしまいたいレベルだ。

 「だっ、ひゃだ!ち、違うわヨ!!偶然よ偶然!!」
 「ちょっとアンタ!偶然でもドッカン事故レベルよ!?あー、やだ!ホォー、やだ!ヒィー、恥ずかちぃー!」
 「やぁのやぁの!やだやだやめてちょうだい!いやああー!成仏しなっせー!!」
 「成仏しなっせ―!!」

  二人で適当なオカマちゃんキャラになりきってきゃあきゃあと騒ぎ、偶然ダジャレをご供養する。
  そしてひと通り騒いで成仏させたことで、

 「はあ…」

  二人揃って無理やり上げた熱を下げる。
  こういったテンションで騒ぐオモシロは、長引けば長引くほど恥ずかしくなり、寒々しくなってくるからだ。

 「まあ…、退屈しないな」

  柿内君が改めてエキセントリックで、変わり者な友人の友人を評価する。
  名前一つでこんなに盛り上がれるなら尚更だ。

 「退屈しないよ」

  退屈しない、そして疲れまくった、楽しかったデートを思い出し、響季がこき、と首を鳴らす。
  零児は常に真顔なので、ボケの入り口がわからない。
  本気なのかボケなのかわからない。いやボケなのだが。
  こちらは更に周囲に迷惑を掛けないようボケに乗り、振られた笑いを着地させなくてはならないのだ。

 「気を許したことによって向こうのボケが解放されたのか」

  言って柿内君は胸の前で両手の先を合わせ、ポッピングも見事にガシャン!ガガー、とゲートオープンの様を表現する。
  そこからワーワー、ボケタイボケタイー、と高音ボイスで、まだ写真でしか見たことのない零児がミニミニれーじ君となり、小ボケを求めてわらわらと溢れてくる様も表現する。

 「たぶんそうじゃなくて、いやそれもあるかもしれないけど」

  その中から響季が一匹を摘み上げる。
  目には見えないミニミニれーじ君は二頭身で、おそらくフィギアにしても可愛いのだろう。
  だが扱いに困った響季は、一旦それをパソコンデスクの隅にちょこんと置いた。
  それでも尚ミニミニれーじ君はボケタイボケタイと欲求が止まらない。

 「発散の場が無くなっちゃったんだと思う。たぶん」

  その原因は響季にあった。
  普段の零児は口数が少なく、感情も豊かではない。
  それがひとたびコントスイッチが入ると途端に饒舌になり、喜怒哀楽を顕にする。
  言葉が、表現が押し寄せてくる。
  だからつい響季は乗ってしまうのだ。
  可愛らしいが、零児は狂気の子だった。
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