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その声がいつも魂の叫びでありますように
28、それでは役者の結婚観についてお訊きします
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スペシャルゲストのビアバスターは団旗の裏から、おそらく転送装置だろう、何やら物々しい機械音とスモークともに帰っていった。
その流れでエンディングトークが始まった頃。
「響季」
「…は、はイ!?あ、ありがとう。れい、ちゃん」
ステージの方を見ながら小声で名前を呼んできた零児に、響季が今更ながらフォローしてくれたことに感謝するが、
「いや…、私のせいだし。…ごめん」
零児はぽそと謝る。
あんなにも狼狽えると思わなかったのだろう。
ほんのいたずらのつもりでやったので、悪いことをしたと零児は反省していた。
「そんな、いいよ。ありがとう」
おかげですごい体験が出来た、思い出が出来たとステージの方を見たままもう一度、響季がありがとうと言う。
本当はもっときちんとお礼を言いたかったが、それは後で伝えることにした。
まだ収録は続いている。
ありがとうごめんなどのおしゃべりは無粋だ。
今はとりあえず、フォローするためにマイクを握ってくれた小さな手を、響季はそっと握った。
ターキッシュハーレム「それでは諸君」
ターレム・ブラルシ 「来週もまた、会議に集合だっ!」
そう張りのあるニつの声に合わせ、悪役二人がマイクに向かって現実には聞こえない最後の言葉を言う。
そして最後に悪役然とした優雅さを纏ったまま客席に手を振った。
子供も親も大きいお友達も、精一杯それに手を振り返す。
大好きな、愛すべき悪役達に。
こうして虚構と現実を繋げる夢の様な時間は終わった。
「はあー」
会場内にあるベンチに腰掛けた響季がため息をつく。
いくつかあるベンチには他の客もちらほら休んでいたが、響季のため息は疲れからではなく、高揚感からだ。
まだ興奮が収まらなかった。
画面からそのまま出てきたようなビアバスターと話をした。そして頭をポンポンしてもらったその事実に。
「ふっ、んふふ」
むずむずするような嬉しさと気恥ずかしさに、つい口許が緩んでしまう。だが、
「人妻か…」
「ぐっ」
買った芋焼酎アイスを手に、ぽそっと言った零児の一言が突き刺さる。
胸をときめかせても誰かのもの。
その事実がどういうことか、女子高生にはよくわからない。
漠然としたやきもちや嫉妬というには温度が低すぎる。
しかしよくよく考えてみれば、
「……悪くないな」
顎に手をやり、響季が言う。それもいいなと。
誰かのもの、手を出してはいけない存在というそれが、役者として、女として妙な艶っぽささえ与えていた気がする。
「人妻好き?」
人妻という背徳的な立ち位置を堪能している響季に、零児が眉を顰めて言う。同い年の女子高生のオンナの趣味について。
「いや、あの、そうじゃなくてさ。余裕を持って仕事してる女の人の方がいいかなーって」
「家庭を持つことで生まれる余裕?」
「まあ…、ね。守るものと、守ってくれる人と守ってくれる場所がある上で仕事してたらさ」
「役者って焦燥感があった方がいい芝居出来ると思うけど」
「役者って言っても声優さんだからなあ。子供向けのお仕事で焦燥感見せられてもさあ」
「……そっか」
プラスチックのスプーンを咥え、零児が納得する。
いつもは響季が納得してしまう側なのに、珍しく。
いつもと違う感じに妙な居心地の悪さを感じつつ、
「結婚かあ」
そう呟き、響季は改めて考えてみる。
年齢からすればもうそろそろ出来てしまうそれを。
「響季はするの?」
「へ?」
「結婚」
「いや、まあ、どうだろねえ」
訊かれた問いに、響季は曖昧に答える。
「相手がいれば、だけど」
そう言った声はほんの少しだけ揺らいでいた。嘘にも満たないその言葉を口にしたことで。
それを誤魔化すように、
「えっと、れいちゃんは?」
なんだか一人でも生きていけそうな彼女にそう訊くと、
「相手が望むなら」
そんなツンとした答えを言う。
「へえ」
予想していたような答えに、響季はどこか気の抜けた返事をする。
だが零児からすればそんなまだ夢うつつにいるような返事が気に食わなかった。
まだ先程の余韻に浸っているような、こちらの意図することを汲んでくれないようなもどかしさ。
だから零児は、小さいカップアイスをわざと肘を張って食べ、アメリカ映画の子供がテレビを見ながらバケツサイズのアイスを食べるようにぐあぐあ掻っ込んでみせる。
「アイスちっさいちっさい。動きおっきいおっきい」
それを響季が適当にツッコむが、その片手間感も零児は気に入らず、
「ここ押して」
「なに?」
自分の右肩あたりを揃えた指でとんとん押すように指示する。
響季が言われた通りにすると、
「きたせんじゅ、きたせんじゅ」
肩を二回押すと、零児がロボットのような硬い声で二回地名を言う。
訝しげな視線を向けたまま響季が反対の肩を押すと、
「にしふなばし、にしふなばし」
またしても零児は地名を、先程とは違う地名を二回言う。
そしてもう一度右肩を押すが、
「ひがしくるめ、ひがしくるめ」
「わかんないです」
響季は意図するボケがわからないと言い出した。
その言葉に零児はああん?とガラの悪い顔をした後、
「もういい」
冷たい怒気を放ちながら、離れたゴミ箱にアイスのカップを捨てに行った。
「えー?なにー?」
明らかに怒っている背中に、響季がどういうボケだったのか教えてくれよぅと呼びかけるが、零児はその声にも苛立っていた。
北千住、西船橋、東久留米と来たら最後は南でオチがつくだろう、もう一回肩を押してくれたら南浦和あたりを言い、綺麗にオチがついたのにと。
いや、もう一度北に戻り、南ちゃうんかい!でもいい。
しかし響季はその流れを理解せず、わからないと放り投げた。空中分解させてしまった。
単純なボケだ。単純な笑いだ。それなのにと。キレの悪いツッコミに苛立っていた。
憧れの声優との思わぬ出逢いと頭ポンポンに、ツッコミがグダっているのはわかった。だが、それでも。
そして、ふと気づく。
頭の中で描く地名。それに東西南北が入っていることは字面でなら理解出来るかもしれない。
だが相手が音声のみで捉えていたら気づかないかもしれない。
零児は昔感じたズレを思い出した。
自分の笑いのレベルに対し、相手の知能が低すぎることへの苛立ち。
しかしそれは自分の描く笑いの流れを、机上の空論で描いてしまったからだ。
字面でならわかりそうなボケを音声化した時のズレ。
小学生の頃、すでにラジオのネタ職人となっていた時気付き、理解したはずの悪い癖がまた出たのだ。
カップを捨てながら零児がまた反省する。
自分が面白そうと思ってやったことが、そうはならなかっただけだと。
別に誰もそんなことを、面白いことなどを望んではいないのにと。
離れた場所から響季を見ると、ミニカー展の入り口で来場者特典として貰ったミニカーをベンチでコロコロさせて遊んでいた。
その背中と、変形させたミニカーがとても寂しそうに見え、零児は先程より早足で戻る。
「響季」
「ああ、れいちゃん」
戻ってきた零児に響季は申し訳無さそうな目をし、
「ごめんってばさあ。生で声優さん見たの初めてだし、ちょっとふわふわしてるというか」
自分の笑いに対する勘の鈍さをそう詫びるが、
「…前に見たじゃん」
零児が冷静な瞳で言う。
以前ショッピングモールのライブで鳴島慧を見たじゃないかと。
「えっ!?ああ、そうか!忘れてたっ!」
芸人系声優と実力派人妻ホヤホヤ声優だと有り難みが違うので忘れていた。
響季のそのうっかり発言で停滞していた空気が晴れた。
浮かれた空気と、それに被さるどんよりした空気が。
それを察知し、零児がふうと軽く息を吐く。
同時にボケを汲んでくれなかったこと以上に、目の前の友人が美人声優に夢中で心ここにあらずだったことに苛立っていたのだと気付く。
自分は、やきもちを焼いていたのだと。
「そもそもなんでするの?結婚なんて」
そんな淡い嫉妬の炎を胸に留めながら、零児が実に十代らしい質問をすると、
「好きだから、とか。子供を産み育てるため?」
響季も人間の自然の摂理を説き、
「子供が要らなかったら?」
「…好きだから?」
「好きで一緒になって、その後もずっと好きなまま一緒にいれるのかな」
零児がわざと追い詰めるようにヒネたことを言ってみる。まだ苛立ちが身体の何処かでくすぶっていた。
「……昔、なんかで聴いたことあるんだけどさ」
どこかご機嫌斜めな空気を感じ取った響季が、視線を床に落として言う。
「体育の授業とかで先生が二人一組になってーって言うじゃん。柔軟やる時とか。結婚ってあれみたいなもんなんだって」
パートナー。運命共同体。そんなものより、もっと単純なものだと響季は言った。
「だから、あぶれないためのパートナー作りみたいなもんじゃないのかな」
「そんな焦燥感漂うことやってんの?何千年も前から人間は」
「そう、だね」
零児の皮肉に、響季は力ない笑みを浮かべる。
遠足の班作り。体育の二人一組。皆一人ぼっちにならないよう慌てて相方を探す。
あのヒリヒリ感をいまだ克服出来ないのだとしたら、人間は相当進歩がないが。
「じゃあ打算的な関係作り?経済面も含めて」
「まあ、そうかな」
零児の更なる言葉に響季はまた苦笑する。
あまりにも愛だのなんだのいう感情が置いてけぼりだがと。だが、
「例えばさ」
今度は零児が視線を落としたまま言い、響季が言葉を待つ。
「相手を、独り占めしたいとか、自分の傍に置いときたいって思いから一緒になるのは?」
「ああ、それもいいんじゃない?」
むしろそれが基本であるべきだった。
この人と一緒にいたい。この人となら一生ずっといられる。
そんな相手と巡り会えるのは、たかだか15年ほどしか生きてない女子高生には奇跡みたいな気がしたが。
「もしそんな人と巡り会えたら」
言って零児が天井を見つめる。老舗百貨店ゆえ、低く、いまだLEDではない明かりを。
「私は、」
そう言う零児の横顔を見つめ、響季が言葉を待つ。
いつでもこのコは大事なことを自分に教えてくれると信じていたからだ。
聡明な瞳を自分に向けて。
だが、そのクールなアーモンドアイが潤んで見えた。
まるでいつか見たあの目のように。
深夜のマンションの玄関ロビーで見たあの目のように。
それを思い出し、ずぐ、と響季の胸が疼く。
なぜだかわからないが、その先は聴いてはいけない気がした。少なくとも今はまだ。だから、
「へっぐしっ!」
顔を背け、くしゃみをした。
声と動作の大きいコントくしゃみを。
「あー、鼻むずむずしゅる」
そして顔のパーツを真ん中に寄せるようにきゅーっとしかめ、ぐしぐしと鼻を擦ってみせる。
「んーと、なんだっけ?」
「…別に」
「そっか」
意図的にやったぶち壊しくしゃみで熱っぽい雰囲気は霧散していた。
逃げたのだ、と二人は理解していた。
相手が、そして自分も。
その流れでエンディングトークが始まった頃。
「響季」
「…は、はイ!?あ、ありがとう。れい、ちゃん」
ステージの方を見ながら小声で名前を呼んできた零児に、響季が今更ながらフォローしてくれたことに感謝するが、
「いや…、私のせいだし。…ごめん」
零児はぽそと謝る。
あんなにも狼狽えると思わなかったのだろう。
ほんのいたずらのつもりでやったので、悪いことをしたと零児は反省していた。
「そんな、いいよ。ありがとう」
おかげですごい体験が出来た、思い出が出来たとステージの方を見たままもう一度、響季がありがとうと言う。
本当はもっときちんとお礼を言いたかったが、それは後で伝えることにした。
まだ収録は続いている。
ありがとうごめんなどのおしゃべりは無粋だ。
今はとりあえず、フォローするためにマイクを握ってくれた小さな手を、響季はそっと握った。
ターキッシュハーレム「それでは諸君」
ターレム・ブラルシ 「来週もまた、会議に集合だっ!」
そう張りのあるニつの声に合わせ、悪役二人がマイクに向かって現実には聞こえない最後の言葉を言う。
そして最後に悪役然とした優雅さを纏ったまま客席に手を振った。
子供も親も大きいお友達も、精一杯それに手を振り返す。
大好きな、愛すべき悪役達に。
こうして虚構と現実を繋げる夢の様な時間は終わった。
「はあー」
会場内にあるベンチに腰掛けた響季がため息をつく。
いくつかあるベンチには他の客もちらほら休んでいたが、響季のため息は疲れからではなく、高揚感からだ。
まだ興奮が収まらなかった。
画面からそのまま出てきたようなビアバスターと話をした。そして頭をポンポンしてもらったその事実に。
「ふっ、んふふ」
むずむずするような嬉しさと気恥ずかしさに、つい口許が緩んでしまう。だが、
「人妻か…」
「ぐっ」
買った芋焼酎アイスを手に、ぽそっと言った零児の一言が突き刺さる。
胸をときめかせても誰かのもの。
その事実がどういうことか、女子高生にはよくわからない。
漠然としたやきもちや嫉妬というには温度が低すぎる。
しかしよくよく考えてみれば、
「……悪くないな」
顎に手をやり、響季が言う。それもいいなと。
誰かのもの、手を出してはいけない存在というそれが、役者として、女として妙な艶っぽささえ与えていた気がする。
「人妻好き?」
人妻という背徳的な立ち位置を堪能している響季に、零児が眉を顰めて言う。同い年の女子高生のオンナの趣味について。
「いや、あの、そうじゃなくてさ。余裕を持って仕事してる女の人の方がいいかなーって」
「家庭を持つことで生まれる余裕?」
「まあ…、ね。守るものと、守ってくれる人と守ってくれる場所がある上で仕事してたらさ」
「役者って焦燥感があった方がいい芝居出来ると思うけど」
「役者って言っても声優さんだからなあ。子供向けのお仕事で焦燥感見せられてもさあ」
「……そっか」
プラスチックのスプーンを咥え、零児が納得する。
いつもは響季が納得してしまう側なのに、珍しく。
いつもと違う感じに妙な居心地の悪さを感じつつ、
「結婚かあ」
そう呟き、響季は改めて考えてみる。
年齢からすればもうそろそろ出来てしまうそれを。
「響季はするの?」
「へ?」
「結婚」
「いや、まあ、どうだろねえ」
訊かれた問いに、響季は曖昧に答える。
「相手がいれば、だけど」
そう言った声はほんの少しだけ揺らいでいた。嘘にも満たないその言葉を口にしたことで。
それを誤魔化すように、
「えっと、れいちゃんは?」
なんだか一人でも生きていけそうな彼女にそう訊くと、
「相手が望むなら」
そんなツンとした答えを言う。
「へえ」
予想していたような答えに、響季はどこか気の抜けた返事をする。
だが零児からすればそんなまだ夢うつつにいるような返事が気に食わなかった。
まだ先程の余韻に浸っているような、こちらの意図することを汲んでくれないようなもどかしさ。
だから零児は、小さいカップアイスをわざと肘を張って食べ、アメリカ映画の子供がテレビを見ながらバケツサイズのアイスを食べるようにぐあぐあ掻っ込んでみせる。
「アイスちっさいちっさい。動きおっきいおっきい」
それを響季が適当にツッコむが、その片手間感も零児は気に入らず、
「ここ押して」
「なに?」
自分の右肩あたりを揃えた指でとんとん押すように指示する。
響季が言われた通りにすると、
「きたせんじゅ、きたせんじゅ」
肩を二回押すと、零児がロボットのような硬い声で二回地名を言う。
訝しげな視線を向けたまま響季が反対の肩を押すと、
「にしふなばし、にしふなばし」
またしても零児は地名を、先程とは違う地名を二回言う。
そしてもう一度右肩を押すが、
「ひがしくるめ、ひがしくるめ」
「わかんないです」
響季は意図するボケがわからないと言い出した。
その言葉に零児はああん?とガラの悪い顔をした後、
「もういい」
冷たい怒気を放ちながら、離れたゴミ箱にアイスのカップを捨てに行った。
「えー?なにー?」
明らかに怒っている背中に、響季がどういうボケだったのか教えてくれよぅと呼びかけるが、零児はその声にも苛立っていた。
北千住、西船橋、東久留米と来たら最後は南でオチがつくだろう、もう一回肩を押してくれたら南浦和あたりを言い、綺麗にオチがついたのにと。
いや、もう一度北に戻り、南ちゃうんかい!でもいい。
しかし響季はその流れを理解せず、わからないと放り投げた。空中分解させてしまった。
単純なボケだ。単純な笑いだ。それなのにと。キレの悪いツッコミに苛立っていた。
憧れの声優との思わぬ出逢いと頭ポンポンに、ツッコミがグダっているのはわかった。だが、それでも。
そして、ふと気づく。
頭の中で描く地名。それに東西南北が入っていることは字面でなら理解出来るかもしれない。
だが相手が音声のみで捉えていたら気づかないかもしれない。
零児は昔感じたズレを思い出した。
自分の笑いのレベルに対し、相手の知能が低すぎることへの苛立ち。
しかしそれは自分の描く笑いの流れを、机上の空論で描いてしまったからだ。
字面でならわかりそうなボケを音声化した時のズレ。
小学生の頃、すでにラジオのネタ職人となっていた時気付き、理解したはずの悪い癖がまた出たのだ。
カップを捨てながら零児がまた反省する。
自分が面白そうと思ってやったことが、そうはならなかっただけだと。
別に誰もそんなことを、面白いことなどを望んではいないのにと。
離れた場所から響季を見ると、ミニカー展の入り口で来場者特典として貰ったミニカーをベンチでコロコロさせて遊んでいた。
その背中と、変形させたミニカーがとても寂しそうに見え、零児は先程より早足で戻る。
「響季」
「ああ、れいちゃん」
戻ってきた零児に響季は申し訳無さそうな目をし、
「ごめんってばさあ。生で声優さん見たの初めてだし、ちょっとふわふわしてるというか」
自分の笑いに対する勘の鈍さをそう詫びるが、
「…前に見たじゃん」
零児が冷静な瞳で言う。
以前ショッピングモールのライブで鳴島慧を見たじゃないかと。
「えっ!?ああ、そうか!忘れてたっ!」
芸人系声優と実力派人妻ホヤホヤ声優だと有り難みが違うので忘れていた。
響季のそのうっかり発言で停滞していた空気が晴れた。
浮かれた空気と、それに被さるどんよりした空気が。
それを察知し、零児がふうと軽く息を吐く。
同時にボケを汲んでくれなかったこと以上に、目の前の友人が美人声優に夢中で心ここにあらずだったことに苛立っていたのだと気付く。
自分は、やきもちを焼いていたのだと。
「そもそもなんでするの?結婚なんて」
そんな淡い嫉妬の炎を胸に留めながら、零児が実に十代らしい質問をすると、
「好きだから、とか。子供を産み育てるため?」
響季も人間の自然の摂理を説き、
「子供が要らなかったら?」
「…好きだから?」
「好きで一緒になって、その後もずっと好きなまま一緒にいれるのかな」
零児がわざと追い詰めるようにヒネたことを言ってみる。まだ苛立ちが身体の何処かでくすぶっていた。
「……昔、なんかで聴いたことあるんだけどさ」
どこかご機嫌斜めな空気を感じ取った響季が、視線を床に落として言う。
「体育の授業とかで先生が二人一組になってーって言うじゃん。柔軟やる時とか。結婚ってあれみたいなもんなんだって」
パートナー。運命共同体。そんなものより、もっと単純なものだと響季は言った。
「だから、あぶれないためのパートナー作りみたいなもんじゃないのかな」
「そんな焦燥感漂うことやってんの?何千年も前から人間は」
「そう、だね」
零児の皮肉に、響季は力ない笑みを浮かべる。
遠足の班作り。体育の二人一組。皆一人ぼっちにならないよう慌てて相方を探す。
あのヒリヒリ感をいまだ克服出来ないのだとしたら、人間は相当進歩がないが。
「じゃあ打算的な関係作り?経済面も含めて」
「まあ、そうかな」
零児の更なる言葉に響季はまた苦笑する。
あまりにも愛だのなんだのいう感情が置いてけぼりだがと。だが、
「例えばさ」
今度は零児が視線を落としたまま言い、響季が言葉を待つ。
「相手を、独り占めしたいとか、自分の傍に置いときたいって思いから一緒になるのは?」
「ああ、それもいいんじゃない?」
むしろそれが基本であるべきだった。
この人と一緒にいたい。この人となら一生ずっといられる。
そんな相手と巡り会えるのは、たかだか15年ほどしか生きてない女子高生には奇跡みたいな気がしたが。
「もしそんな人と巡り会えたら」
言って零児が天井を見つめる。老舗百貨店ゆえ、低く、いまだLEDではない明かりを。
「私は、」
そう言う零児の横顔を見つめ、響季が言葉を待つ。
いつでもこのコは大事なことを自分に教えてくれると信じていたからだ。
聡明な瞳を自分に向けて。
だが、そのクールなアーモンドアイが潤んで見えた。
まるでいつか見たあの目のように。
深夜のマンションの玄関ロビーで見たあの目のように。
それを思い出し、ずぐ、と響季の胸が疼く。
なぜだかわからないが、その先は聴いてはいけない気がした。少なくとも今はまだ。だから、
「へっぐしっ!」
顔を背け、くしゃみをした。
声と動作の大きいコントくしゃみを。
「あー、鼻むずむずしゅる」
そして顔のパーツを真ん中に寄せるようにきゅーっとしかめ、ぐしぐしと鼻を擦ってみせる。
「んーと、なんだっけ?」
「…別に」
「そっか」
意図的にやったぶち壊しくしゃみで熱っぽい雰囲気は霧散していた。
逃げたのだ、と二人は理解していた。
相手が、そして自分も。
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