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『アルコール依存症』 二手酌目
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「見てみて、じゃじゃーん」
「おーっ。ブルーチーズだー」
「へへーっ。安くなってたんだー」
ほなちゃんが見せてきた三角形のブルーチーズには50%オフのシールが貼られていた。
恋人の戦利品に杏子のテンションが上がる。
ふたりともチーズは大好物で、ブルーチーズも当然イケる口だ。
杏子宅のテーブルにはつまみと、いつもビールを飲む時に使う縁が薄いグラスが2つ。
晩酌の準備が着々と進む。
プルトップをプシュっと開ける係は毎回ほなちゃん。
単純にプシュを堪能したいからだ。あとは注ぎたいから。
「開けるよ」
「はーい。いいよー。ゆっくりひっくり返して底にたまった果汁をー、とかじゃない?」
「チューハイじゃないんだからないでしょ」
ほなちゃんが笑いながらプルトップを開け、高めの位置からグラスに注ぎ、泡が収まるのを待つ。
二人で儀式のようにそれを見守る。
そこから泡を押し上げるようにほなちゃんが更に優しく注ぐ。
教科書通りの注ぎ方。
それは二人とも飲酒に関してはほぼ初心者だからだ。
間違っても缶から直飲みなんてしない。
ビール系はきちんとグラスに注いで飲む。
おまけに今日のはビール飲料ではない。
ちゃんとビールなのだ。
それなりにお値段がするのだ。
第三のビール三本分相当だ。
杏子が一口飲むが、
「んあー」
「どう?」
「どうよ」
訊かれて、同じように一口飲んだほなちゃんに杏子が問う。
「なんか…、普通だね」
ほなちゃんが半笑いになる。
「んー」
杏子も半笑いでもう一口飲む。
美味しくない、というわけでもない。
第三のビールや発泡酒より美味しいはずだ。
だが特徴も感じられない、普通だ。
テーブルに置かれた缶を見る。
こだわった製法で作ったのではないのか。
期間限定なのではないのか。
それら不満から、もしかして第三のビールや発泡酒と変わらないのではと思えてきた。
だけど、と目の前の恋人を見る。
ほなちゃんは、ん?という顔で最近二人がつまみとしてハマっている一口サイズのおせんべいを食べていた。
適度なボリューム感としょっぱい米菓子が日本人のDNAを刺激する。
二人で飲むなら不満も半分になるし、飲む量も半分に抑えられる。
そして愚痴は二倍楽しめる。
二人が出会ったのは、姉がかつて住んでいたアパートだ。
姉は結局旦那さんとは別れた。
別居婚でいつか一緒に住もうと思っていたのだが、向こうにその気がなく、お母さんが倒れただかで故郷に帰ることなった。
可愛く新しい命と新たな家族ではなく、老い先短い母親を選んだ。
その時点でもう姉は見限ったらしい。
今はシングルマザー向けのシェアハウスでみんなと助け合いながらやってるらしい。
ほなちゃんとは姉の子供をお散歩に連れて行ったりしてる時にアパート内の廊下ですれ違った。
ほなちゃんは一目見て杏子をいいなと思ったらしい。そして、同じ組合の匂いを感じた。
自分と同じ、女を愛する女の匂いを。
しかし子持ち。
だが子供は自分の子ではなく、姉の子だと知った。
それを甲斐甲斐しく面倒を見ている。
仕方ないからという距離感と責任感と、生まれながらに標準装備された母性でもって。
そこに惹かれた。
「杏ちゃんそういえばどうだったの?診断。アルコールのやつ」
「うん、上手に付き合えてる範囲ですって」
ほなちゃんが、へえー、という顔でグラスを煽る。訊く前からだろうなという思いはあった。
「あと、でも」
「うん」
「飲み仲間を作ってくださいって」
「へえ」
「出来れば同じくらいお酒強くない人で、同じくらいその探究心あってそれに付き合える人」
なんとなく気恥ずかしくて、たらチーズの袋を引き寄せながら杏子が言う。それに対し、
「あたしじゃーん」
「そうなんだよねえー」
ほなちゃんがふざけてグラスを掲げてみせる。
杏子もヘラーっとした笑顔を向ける。
アドバイスしてくれなくてももう目の前にいるんですよと、電話の向こうのお姉さんに言ってあげたかった。
ほなちゃんと知り合ってから、杏子はお酒の量が増えた。
350ミリ缶一本から1、5本程度に。
あたりかハズレかわからないビール飲料はいつも半分こ。追加でチューハイをそれぞれ一本。
しかし飲酒をする日は減った。
二人で飲むと、飲んでみたいものは結局早く消化されてしまう。
新商品もプライベートブランドもあっという間に飲み尽くしてしまう。
今はマイナーなドラッグストア系プライベートブランドを攻めているが、それもいずれ尽きてしまいそうだ。
「あ、そうだ。この前飲みたいって言ってたやつさあ、レモンサワーの」
「杏ちゃんがスマホで見せてくれたやつ?期間限定の」
「やっぱりもうどこも売ってないみたい」
「この前って言っても結構前じゃない?まだ発売前だったでしょうよ」
「うーん。でも懸賞とかで当たったりしたからさあ。在庫がだいぶあるなあって思ってて。そしたらタイミング逃した」
「後々また安いスーパーとかに流れてくるんじゃないの?人気なくて売れ残ったりして。どうせ杏ちゃんが飲みたいようなやつだし」
「どうせってなんだよぉー」
「杏ちゃん飲みたがるのって変なのばっかじゃん。なんか、うえ、まずそー、みたいのとか」
「だから面白いんでしょー?100円くらいで出来るギャンブルだよー」
「ハハっ、ガチャだガチャ」
「まあ買えなくても別にいいんだけど。縁がなかったってことで。どうせ新商品なんてポンポン出るし」
そんなことを話しながら粗方酒も飲み尽くし、だがつまみは少し余ってるという頃になると、
「お茶飲む?」
杏子がよっこらせと立ち上がりながら訊く。
「うん。ちょうだい」
「あっ、そうだ。この前どくだみ茶買ったんだ。それ飲む?」
「いいね」
飲んでみたいお酒を飲んでみた後。二人は早々に温かいお茶に切り替えた。
いや、その前に、お酒と同量かその倍の水も飲む。
明日に響かないよう、お酒が残らないように。
下戸二人で飲む少しのお酒と温かいお茶で夜は更けていった。
〈了〉
「おーっ。ブルーチーズだー」
「へへーっ。安くなってたんだー」
ほなちゃんが見せてきた三角形のブルーチーズには50%オフのシールが貼られていた。
恋人の戦利品に杏子のテンションが上がる。
ふたりともチーズは大好物で、ブルーチーズも当然イケる口だ。
杏子宅のテーブルにはつまみと、いつもビールを飲む時に使う縁が薄いグラスが2つ。
晩酌の準備が着々と進む。
プルトップをプシュっと開ける係は毎回ほなちゃん。
単純にプシュを堪能したいからだ。あとは注ぎたいから。
「開けるよ」
「はーい。いいよー。ゆっくりひっくり返して底にたまった果汁をー、とかじゃない?」
「チューハイじゃないんだからないでしょ」
ほなちゃんが笑いながらプルトップを開け、高めの位置からグラスに注ぎ、泡が収まるのを待つ。
二人で儀式のようにそれを見守る。
そこから泡を押し上げるようにほなちゃんが更に優しく注ぐ。
教科書通りの注ぎ方。
それは二人とも飲酒に関してはほぼ初心者だからだ。
間違っても缶から直飲みなんてしない。
ビール系はきちんとグラスに注いで飲む。
おまけに今日のはビール飲料ではない。
ちゃんとビールなのだ。
それなりにお値段がするのだ。
第三のビール三本分相当だ。
杏子が一口飲むが、
「んあー」
「どう?」
「どうよ」
訊かれて、同じように一口飲んだほなちゃんに杏子が問う。
「なんか…、普通だね」
ほなちゃんが半笑いになる。
「んー」
杏子も半笑いでもう一口飲む。
美味しくない、というわけでもない。
第三のビールや発泡酒より美味しいはずだ。
だが特徴も感じられない、普通だ。
テーブルに置かれた缶を見る。
こだわった製法で作ったのではないのか。
期間限定なのではないのか。
それら不満から、もしかして第三のビールや発泡酒と変わらないのではと思えてきた。
だけど、と目の前の恋人を見る。
ほなちゃんは、ん?という顔で最近二人がつまみとしてハマっている一口サイズのおせんべいを食べていた。
適度なボリューム感としょっぱい米菓子が日本人のDNAを刺激する。
二人で飲むなら不満も半分になるし、飲む量も半分に抑えられる。
そして愚痴は二倍楽しめる。
二人が出会ったのは、姉がかつて住んでいたアパートだ。
姉は結局旦那さんとは別れた。
別居婚でいつか一緒に住もうと思っていたのだが、向こうにその気がなく、お母さんが倒れただかで故郷に帰ることなった。
可愛く新しい命と新たな家族ではなく、老い先短い母親を選んだ。
その時点でもう姉は見限ったらしい。
今はシングルマザー向けのシェアハウスでみんなと助け合いながらやってるらしい。
ほなちゃんとは姉の子供をお散歩に連れて行ったりしてる時にアパート内の廊下ですれ違った。
ほなちゃんは一目見て杏子をいいなと思ったらしい。そして、同じ組合の匂いを感じた。
自分と同じ、女を愛する女の匂いを。
しかし子持ち。
だが子供は自分の子ではなく、姉の子だと知った。
それを甲斐甲斐しく面倒を見ている。
仕方ないからという距離感と責任感と、生まれながらに標準装備された母性でもって。
そこに惹かれた。
「杏ちゃんそういえばどうだったの?診断。アルコールのやつ」
「うん、上手に付き合えてる範囲ですって」
ほなちゃんが、へえー、という顔でグラスを煽る。訊く前からだろうなという思いはあった。
「あと、でも」
「うん」
「飲み仲間を作ってくださいって」
「へえ」
「出来れば同じくらいお酒強くない人で、同じくらいその探究心あってそれに付き合える人」
なんとなく気恥ずかしくて、たらチーズの袋を引き寄せながら杏子が言う。それに対し、
「あたしじゃーん」
「そうなんだよねえー」
ほなちゃんがふざけてグラスを掲げてみせる。
杏子もヘラーっとした笑顔を向ける。
アドバイスしてくれなくてももう目の前にいるんですよと、電話の向こうのお姉さんに言ってあげたかった。
ほなちゃんと知り合ってから、杏子はお酒の量が増えた。
350ミリ缶一本から1、5本程度に。
あたりかハズレかわからないビール飲料はいつも半分こ。追加でチューハイをそれぞれ一本。
しかし飲酒をする日は減った。
二人で飲むと、飲んでみたいものは結局早く消化されてしまう。
新商品もプライベートブランドもあっという間に飲み尽くしてしまう。
今はマイナーなドラッグストア系プライベートブランドを攻めているが、それもいずれ尽きてしまいそうだ。
「あ、そうだ。この前飲みたいって言ってたやつさあ、レモンサワーの」
「杏ちゃんがスマホで見せてくれたやつ?期間限定の」
「やっぱりもうどこも売ってないみたい」
「この前って言っても結構前じゃない?まだ発売前だったでしょうよ」
「うーん。でも懸賞とかで当たったりしたからさあ。在庫がだいぶあるなあって思ってて。そしたらタイミング逃した」
「後々また安いスーパーとかに流れてくるんじゃないの?人気なくて売れ残ったりして。どうせ杏ちゃんが飲みたいようなやつだし」
「どうせってなんだよぉー」
「杏ちゃん飲みたがるのって変なのばっかじゃん。なんか、うえ、まずそー、みたいのとか」
「だから面白いんでしょー?100円くらいで出来るギャンブルだよー」
「ハハっ、ガチャだガチャ」
「まあ買えなくても別にいいんだけど。縁がなかったってことで。どうせ新商品なんてポンポン出るし」
そんなことを話しながら粗方酒も飲み尽くし、だがつまみは少し余ってるという頃になると、
「お茶飲む?」
杏子がよっこらせと立ち上がりながら訊く。
「うん。ちょうだい」
「あっ、そうだ。この前どくだみ茶買ったんだ。それ飲む?」
「いいね」
飲んでみたいお酒を飲んでみた後。二人は早々に温かいお茶に切り替えた。
いや、その前に、お酒と同量かその倍の水も飲む。
明日に響かないよう、お酒が残らないように。
下戸二人で飲む少しのお酒と温かいお茶で夜は更けていった。
〈了〉
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