彼女の中指が勃たない。

坪庭 芝特訓

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『花粉症』 2ヘクション目

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 のんちゃん宅からの帰り道、仁実は彼女との会話を思い出しながら帰った。
 何か糸口はないかと。
 のんちゃんは春は憂鬱でしかないと言っていた。
 
 春、といえは新学期、入学式。
 状況が変わる。生活が変わる。
 期待も不安も色々あるが、ワクワクがなかったという。
 ポケットティッシュを服、カバンのどこに仕込むか、かんだティッシュをどう始末するか。
 そればかりが気になっていたと。

「憂鬱…」

 仁実がその二文字を口に出してみる。
 漢字では書きづらいが字は思い浮かぶ。
 更に、

「……抵抗力」

 そんな言葉も思い浮かんだ。
 思い出していたのは、過去に自身が突発的に風邪を引いたときのことだ。


 ちょうど二十歳を過ぎた頃。
 毎年年始には父親の実家に顔を出すことになっていたが、当時の仁実はちょうど自分のことで悩んでいた。
 異性をきちんと愛することが出来ないということに。
 古い人間の親戚は、ボーイフレンドの一人くらいいないのかと10代半ばに差し掛かった頃から訊いてきた。
 従姉妹は子供を連れてきて、いつか仁実ちゃんの子と遊ばせたいねと言っていた。
 そんなことに辟易し、風邪でも引けばいいのにと思ったが結局引かず、具合が悪いからと集まりをサボった。

 そして数日後。本当に体調を崩して風邪を引いた。
 行きたくないということへの憂鬱感。
 加えて行かなくてよくなったという開放感。
 正月という浮かれた時期の寒暖差。
 更に、年末年始のちょっとした疲れと大いなるストレスが風邪を呼び込み、そこを風邪に付け込まれた。
 色々きっかけはあるが、引き金は憂鬱だろうと思っていた。
 それによって抵抗力が下がったのだろうと。

 実家を出て親戚と距離を置くことでそれら行事はどうにかなった。
 寂しい気もするが自分を守るためだ。
 田舎住みゆえ無駄に長生きで、暇で、保守的な親族に、たかだか話の種でメンタルをやられたくない。
 
 仁実が考える。
 花粉は、おそらくウイルスではない。
 だが次の春も花粉症になるという予感は、のんちゃんの中にはずっとある。それこそ一年中。
 今年は猛暑だったから花粉は少ないねだとかそんなことは関係なく、毎年必ず症状が来ると言っていた。
 仮に冷夏であれば、翌年の春はひどくなる。
 半年も前から憂鬱の引き金は存在するのだ。

「抵抗力」

 仁実がもう一度口に出して言ってみる。
 ならばこちらからそれを迎え撃つ引き金を引こう。
 抵抗力をつけるもの、といえば。


「ここ?」
「そうっ」

 ここ?とお店を指差すのんちゃんに、仁実がそうやで、間違いないと答える。
 二人がやって来たのは濃厚豚骨醤油が美味しいラーメン屋だ。
 民間療法としてニンニクを身体に入れれば風邪なんか引かない、というものがある。
 日本ではそれがラーメンだと更に効果的と言われている。
 風邪も花粉症も似たようなものではと思った仁実は連れてきたのだが。

「わあ。美味しそ、あわわ」

 ラーメン丼に顔を近づけるとのんちゃんの花粉除け用のメガネが湯気で曇る。
 そんなメガネユーザーのお約束に仁実が笑う。
 そんなちょっとしたことが楽しかった。
 まだ知らない一面を見れて。

「んふ、ふう、ぐっしゅ」

 だが食べてるうちにのんちゃんからは鼻水がどんどん出てくる。
 客がひっきりなしに出入りするので、そのたびに花粉が舞い込むのだ。
 脂っこいラーメンなため前もってカウンターにティッシュは用意されていたが、これでは食事どころではない。
 それでも仁実よりも時間はかかったものの、のんちゃんはラーメンを平らげた。

『少し調子いいみたい』


 寝る前と、起きたら牛乳を飲む約束を交わし、身体を休ませるために軽くお茶をした程度で二人は別れたが。
 翌朝。仁実のケータイにそんなメールが届いた。

「合ってるのかな」

 報告を訊いて仁実が考えてみる。
 方向性としては間違ってない気がする。
 出した処方箋は間違っていないような気がする。
 だがさすがにニンニクを毎日食べる訳にはいかない。
 となれば、

「うーん…」

 抵抗力という言葉を更に頭の中でいじってみる。
 ひたすら見つめ、ひっくり返し、もっと別の意味や言葉が隠れてないか見てみると、ふと、滋養という言葉が思い浮かんだ。

「…滋養強壮、肉体疲労」

 確か、そんなことを謳った商品がなかったか?
 すると頭の中で茶色い小瓶が浮かんできた。
 試しにネットで調べてみると、

「あああ…」

 仁実が思わず声を上げる。
 滋養強壮、肉体疲労、病中病後まである。
 力強い四字熟語のオンパレードと、おぢさんが飲んでそうなあのフォルムとパッケージ。
 まさかこんなもののお世話になる日が来るのかと思ったが、飲むのは自分ではない。
 しかし、これだと思った。

 早速これはどう?とのんちゃんにメールをする、その前に。
 実際に自分でドラッグストアで買ってみた。
 栄養ドリンクとはそういえばどんなだったかと、飲むとどうなるのかと。
 恋人の口に入れて大丈夫なものかと。

「ゴミ箱そちらになります」

 有名どころの品を一本だけ買うと、店員がそう言って床を手で指し示す。
 見るとレジ近くに小さなゴミ箱があった。
 中には自分が買った商品と同じようなものの空き瓶が、結構な数で捨ててある。
 こんなものがドラッグストアにあるなんて仁実は知らなかった。
 この小瓶をその場でグビッと一気飲みして次の仕事場へと向かう企業戦士を思い浮かべてみる。
 日本の働き蟻の姿を。
 といっても仁実のそれは花粉症対策なのだが。
 だが先人たちに習い、その場で自分も開けて飲んでみた。
 口に広がる、ああ、こんな味だったなという感覚。
 独特かつ結構な甘さに一気には飲めず、結局店の外でくぴくぴと何口かに分けて飲みきった。
 そして効果はどうかと見てみる。
 病中病後でも疲労もないので分かりにくいが、体に染み渡る甘さだ。
 しかしお菓子的なそれではない。
 これが滋養というものなのかと考え、

『栄養ドリンクってのはどうだろう』

 軽いトーンでのんちゃんにメールしてみた。あまり期待させないノリで。

『栄養ドリンク?』

 予想外の品だったからか確認のための返信が来た。
 そんなものを飲む歳でも性別でもないからか。
 いや、すでにふたりとも女子と呼べる歳でもなく、社会人なら頼っても良いのではないかと仁実は思った。

『うん。栄養ドリンク。効くかわからないけどひょっとしたらと思って』

 そう付け足す。まだ飲んでみるまでは効き目はわからない。
 箱で買ってお土産に持っていこうと思ったが、有名所の通常ヴァージョンとお高いヴァージョンと女子向けカロリーオフの三本を買って届けてみた。
 好きなのをどれでもと、合わなかったらこちらが引き取るからと。


『朝、飲んでみた。すごく甘いけど効いた感じがする。甘かったけど』

「ううん…」

 翌朝、送られてきたメールに仁実が唸る。
 のんちゃんは甘いものが苦手なのだ。
 お菓子的な甘さとは違うがそれでも引っかかるらしい。
 飲み慣れないだけで飲んでいるうちに慣れてくるかもしれないが、慣れるまでがかわいそうだ。
 そもそもまだ効くかわからない。
 おぢさん達はなぜあんなものが飲めるのだろう。
 普段甘いものを摂取しないからか?
 そんなことを一日考えていると、

『すごい!昼間全然辛くなかった!栄養ドリンク効果!?』


「おっ」

 夕方過ぎにそんなメールが届いた。
 やはり方向性は間違っていないらしい。

『でも甘さが…。毎日だとなあー』

「ううむ…」

 だが送られてきたメールにまた唸る。
 甘くない栄養ドリンクはと考え、

「エナジードリンクか?」

 一つの候補が上がる。
 エナジードリンク自体日本でいう栄養ドリンクに近いらしい。
 確かシュガーレスなどがあると聞くが、

「ああ、ダメだ」

 のんちゃんは炭酸が苦手だ。
 そして総じてエナジードリンクは量が多い。
 小さいのもあるが小瓶の栄養ドリンクでもちょっととなるのだ。

「えええー?何かないのか。代わるものが」

 仁実が頭を抱える。
 いいところまで行ってる気がするのに。
 あともうひと押しのような気がするのに。


 
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