あの日の音色

ジャンマル

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あの日の音楽は。(前編)

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「綺麗な音色だね」
 全ては彼女のこの一言で始まった。 彼女の耳は本来なら全てが雑音に聞こえるはずだった。しかし、僕のヴァイオリンの音色は…ちゃんと彼女の耳に届いた。彼女はそう僕の耳元で囁いた。不思議だ。それまで僕は人に褒められたことすらないのに・・・初めて人に褒められた。褒められたのと同じに僕は彼女に何か不思議な感情を抱いた。これが僕の初めて他人に思った気持ち・・・それが「恋」って気づくのはまだ先の事……

「今日も疲れた~」

 いつもと変わらぬため息を吐いた僕の名前は「五幡詩音」(いつはたシオン)。音楽専門学校、音雲中学の2年生。みんなからはシーとか詩人なんて言われてるけど……これでも一応ヴァイオリンを弾いてるヴァイオリニストだ。でも、僕はいつもいつも音楽の成績が悪く、よく友人に「ヴァイオリンやめちまえ」なんて言われる。こんなでも毎日ちゃんとヴァイオリンを頑張っているのにこんなことばっか言われてしまいには「お前引くより作詞のが才能あるんじゃね?」と言われる始末……

「詩音君、今お稽古からお帰り?」

 彼女は僕のクラスの学級委員の美月乙姫(みつきおとひめ)。家はお金持ちで音楽も「一万人に一人の才能」と言われるほどで、僕とは真逆だった……彼女は名前のとおり、すごく和風の女性だ。クラスでも1、2を争うほどの女性であり僕は彼女に少しだけど憧れてた。彼女の音楽の才能に憧れていることに彼女は気づいていない。

「詩音君……?大丈夫?少し顔が赤いよ?」

 当たり前だ、憧れとは言え僕の好きな人がいるんだから。

「だ、大丈夫……それより、美月はここでなにしてたんだい?」

 それを聞いたとき、彼女は少し暗い顔になった。でも、少し間をあけて話してくれた。

「ここはね、お兄ちゃんとの思い出の場所なんだ」

 ああ……聞いちゃいけないこと聞いたな。そう思いつつも彼女の話を聞いた。

「お兄ちゃんはね?私が生まれてすぐの頃に事故にあったんだって。ピアノの発表会に向かう途中だったんだって」

 涙をこぼしながら彼女は僕にそう教えてくれた。

「そう……なんだ」
「うん。だからね?お兄ちゃんができなかった事をしたいんだ」
「できなかったこと?」


「ピアノの発表会。お兄ちゃんは世界でも通用するって言われてたんだって」

 兄弟揃って音楽の才能がある。それに比べて僕なんて微塵も才能がないのに……口はそんなことも気にせずに動いているものだった。

「その夢、僕に何か協力できないかい?」
「え?そうね……」

 特に何も考えなんてなかったけど無意識にその言葉は口に出ていた。だけどこれでいいんだ。

「うん。とりあえずは応援しててくれること……かな?」

 予想外の回答に少し僕は戸惑っている。意外にも直接的なことではなく応援して欲しい。それだけだったのだ。

「わ、わかったよ。うん……応援するよ!」

 応援するだけそれだけでも僕は充分に満足していた。そんな気持ちになる事が出来たのも彼女のおかげだから。

「ありがとう。私、頑張るね!」
「う、うん!」

 僕は一瞬にして彼女の純粋な瞳に引き込まれた。その目は今僕に向けられている。だけどどんなに伸ばしても届きそうにないその瞳には何が見えているのだろうか?

「あ、そうだ」
「?」
「明日の放課後に音楽室に来て?」
「え? うん。わかった」

 その日の放課後僕は彼女に言われるがままに音楽室に来ていた。

「美月~!」
「あ、詩音君」

 少し薄暗い雰囲気の彼女の声はどこか元気がなく、力が抜けていた気がした。それでも僕に心配をかけないためか彼女は必死に笑顔を崩すまいと振る舞う。

「そ、それより、始めちゃおうよ。ヴァイオリンの練習」
「う、うん」

 それからしばらくは幸せな時間が続いた。
 それから数時間がたったあと僕も彼女も演奏続きで疲れきってきたところで彼女の方からヴァイオリンをケースにしまい始めた。

「ふう。詩音君も帰ったし…そろそろ帰らなきゃ…」
ザクッ
「え…?」
教室に…鉄の刺さる音が鳴り響いたが…聞いたものは誰もいなかった。
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