私の上司は超がつくほどの潔癖症でした。

日向 ずい

文字の大きさ
6 / 8
第2章 「橘さんについて」

「ランチタイムの橘さん」

しおりを挟む
 「橘主任、一緒にお昼はいかがですか???」

 こう言って、パソコンと向き合っていた橘に声をかけたのは、隣の席でデータ入力を行っていた青花だった。

 「鈴風さん、もうそんな時間??…うーん、どうしようかなぁ。食べに行きたいけどぉ…『潔癖症だから行けないってことですか???』…っ!!!」

 私は、橘さんの反応を見て、つい思っていたことをそのまま口にしてしまったのだ。

 後悔しても遅い…。

 橘さんは、焦った表情をし、どう言葉を返したら良いのか分からず、迷っているようだった。

 仕事が出来る橘さんらしくない振る舞いに、ますます後悔が募った私は恐る恐るこう口にした。

 「あー、えっと…すみません。普段の様子を見て、もしかしたらそういうのかなぁって思ってて…もし違ってたらすみません。」

 私のこの言葉に、橘さんは薄ら笑いを浮かべつつ

 「鈴風さん、いいだろう。一緒にご飯に行こうじゃないか!!」

 と言うと、何かを決意した表情をし、パソコンから手を離すと、スタスタと部屋を出ていった。

 私は慌てて橘さんのあとを追うことにした。

 「…。」

 「……。」

 「おい、鈴風さん。なにか言うことはない???」

 「……えっ!あっ、そうですね。…うーん、先ほどの発言はなかったことに…。」

 「そうじゃなくて…私が潔癖症だって、なんで分かったの???」

 「……えっ、そっち!?…いや、なんでもないです。…えっとですね、ほんとになんとなくですよ。なんとなーく、そうなのかなって。」

 私と橘さんは、会社の近くにあるカレー屋さんに来ていた。

 料理を頼み、橘さんと何を話していいものか…じっと考えていると、橘さんから話題を振られ、私は半ば返答に困っていた。

 だが、橘さんは私がさっき口を滑らしてしまった潔癖症ということに興味津々だったらしく、私は『そりゃあ、部署のみんな知ってますよ??』と言いたい気持ちを抑え、なんとなくという曖昧な言葉で返したのだった。

 そんな私に橘さんは

 「なんとなくか…。なんとなくで、分かるものなのか…??…確かに私は超がつくほどの潔癖症だ。でも、部署のみんなは、何も言わないけど??」

 と言い、不思議な表情をしていた。

 私は、内心笑いたい衝動に駆られ、飲んでいた水を吹き出しそうになった。

 だから部署のみんな知ってるんだってば!!!

 と内心叫び声をあげながら、私は橘さんからそっと視線を外したのだった。

 ここのお店の売りは、福神漬けが食べ放題だというところだ。

 カレーが届き私は、福神漬けを取り皿に取り早速ご飯を食べ始めたのだが…。

 カレーは、辛さの中に甘みがあり、とても美味しかった。

 カレーを、もうひと口食べようとした時、ふと目の前が気になり、視線を前に移すと……

 「うーん、もっと下の方から…よいしょ!!はぁ…やっとカレーにありつける。」

 とこう言い、どっと疲れた表情をした橘さんが、カレーのスプーンにウエットティッシュを巻き付けていた。

 私は、まさかと思い、カレーを口に運んでいる橘さんに

 「…橘さん、今福神漬け……下の方からとってました??」

 と尋ねると、橘さんは不思議そうな表情をして

 「え???…いや、普通でしょ???」

 平然と口にしたのだ。

 いやいやいやいや、普通じゃないでしょ!!!

 なんで下から取るの!???

 ありえないでしょ!!

 意味わかんないし!!!

 こう思い、私はカレーをバクバク口にしている橘さんに

 「いや、普通じゃないですよ…!!なんで???なんで下からとる必要があるんですか!???」

 と声を荒らげ尋ねた。

 驚いた表情の私に橘さんは

 「…えっ、だって……上の方は、誰が触ってるか分からないでしょ???…ほら、自分の口にしたお箸とかスプーンでとってる人もいるだろうし…。そう考えると、下の方から取りたくなるじゃない。」

 とご丁寧に解説してくれた。

 うーん、それは考えすぎなのでは???

 いくら潔癖症でもそこまでは…。

 まぁ、確かにそう言われるとお箸でとってる人もいるかもしれないけど……。

 いや、そう考えるとちょっと嫌かも…。

 私は、橘さんの言葉に少し気持ち悪くなり、福神漬けを美味しく食べることが出来なかった。

 はぁ…橘さんに質問した私が悪いんだけど、せっかくの美味しいカレーが台無しだ…。

 あー、ズボラな私でも嫌だと思うことがあったんだなぁ。

 いやぁ、意外意外。

 私はこう考えると、残っていたカレーを口に放り込み、隣で水のグラスを紙ナプキンで、真剣に拭いている橘さんへと、哀れみの目を向けるのだった。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...